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File83 歌舞伎入門 役者編


壱のツボ 役は化粧で読み解け

 

しなやかな身のこなし。
きらびやかな衣装に、派手な化粧。
立ち居振る舞いのすべてが様式美に彩られた歌舞伎は世界に誇る日本の伝統芸能です。
派手な格好をした歌舞伎役者たちは、娯楽の少なかった時代、庶民を熱狂させました。

「演目」には大きく分けて2種類あります。
時代物は、江戸時代以前の歴史上の事件や人物を描いたもの。
『義経千本桜』などが有名です。
源義経をめぐり、平家の武将がおん念をはらそうとする物語です。
世話物は、庶民の人間模様を扱った、いわば、当時のトレンディドラマ。
盗賊、弁天小僧の物語などが知られています。

歌舞伎に関するエッセイを数多く発表している、山川静夫さん。
歌舞伎の一番の魅力はどこにあるのでしょうか。

山川「歌舞伎は"役者を見る"演劇。役者の芸を見るのが歌舞伎だと思います。その芸を見るのには"役柄(やくがら)"というものがある。この"役柄"を楽しんでいただきたい。」

 

歌舞伎では、物語をわかりやすくするため、性格がパターン化された役を配しています。
それを"役柄"といいます。
善人の男性役である『立役(たちやく)』。
悪人の『敵役(かたきやく)』。女性の役、「女方(おんながた)」などがあります。

この役柄、まずは、どこに注目すればいいのでしょうか?

山川「一つの方法としてはね、"化粧"。これは、役柄によって違うんですよ。それを見ると、役者の性格とか物語の背景が見えてくるんです。」

歌舞伎鑑賞、一つ目のツボは、
「役は化粧で読み解け」

 

『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』は、多くの役柄が勢ぞろいする演目。
曽我の兄弟が親の敵(かたき)である、工藤祐経に対面する物語です。
立ち役である曽我の兄弟。
化粧によって性格が区別されています。

兄・十郎の役は、『和事(わごと)』というスタイルで演じられます。
「和事」はやわらかみのある演技が特徴で、顔を白く塗った色男の化粧です。

一方、弟・五郎は、『荒事(あらごと)』。
力みなぎる、荒々しい演技をひときわ派手な化粧で強調します。

そして、工藤祐経は『実事(じつごと)』。
敵討ちにはやる兄弟を押さえる思慮深い演技をするため、現実感のある化粧をしています。

こうした歌舞伎独特の化粧の中で最も強い印象を与えるのが、荒事に使われる、『隈取(くまど)』です。

こちら、歌舞伎俳優、十代目・坂東三津五郎さん。
7年前の襲名披露公演では、荒事・曽我五郎をみごとに演じました。

坂東「実は赤い隈取りというのは、人間がガアッとゲキした時に、赤い血管が浮き出た、極限の状況をわかりやすく化粧として表現している。この五郎の場合は、青年らしい一本気な強さ、そして、一つの香気というんでしょうか、香りのようなもの、そういうようなものが、この隈取りから表れなければいけないと思っています。」

さらに、『隈取』の色によって、どんな役が演じられるのかわかります。 「紅隈(べにぐま)」と呼ばれる、赤い『隈取』は、正義感や力強さを表す、ヒーローの色。

対して、青い『隈取』は邪悪な心を表す、悪人の化粧。

茶色い隈取は、よう怪変化などに多く用いられます。 こうした、化粧の特徴を理解すれば、その役を役者がどのように演じるか、期待をこめて見ることができます。

このように、化粧に注目する事で歌舞伎独特の様式美に彩られた役を味わうことができるのです。

 

弐のツボ 見得(みえ)は、切り取られた瞬間の美


見得は、芝居の見せ場で、役者がその動きを止め、美しいポーズを決めることをいいます。

坂東「見得というのは、歌舞伎の中で非常に特徴的な演技の一つです。現代の映像で言えば、ストップモーションのようなもの。ここを見て下さい!そして心に焼き付けて下さい。 という、そういった効果があると思います。」

そこで、歌舞伎鑑賞、二つめのツボは、
「見得は、切り取られた瞬間の美」

見得は、荒事という激しい演技から生まれたものです。
『寿曽我対面』では、荒事・五郎による華やかな見得が、何度も登場します。

まず、足をななめ前方に踏み出し手を伸ばして、顔を正面に向け、客席から最も大きく見えるようなポーズをとります。

体のポーズが決まったら、首を動かして顔に観客の注意を引き寄せます。

そして、最後に大きく目を動かして止まります。

こうして、段階的に動きを止めることで、注目すべき一点へと観客の視線を誘導する、クローズアップのような効果を生むのです。

坂東「見得というのは、役の持っている内面、火山でいえばマグマが盛り上がって盛り上がって火口からほとばしり出る瞬間を、バシッと切り取って、お見せする。役者の方も、がぁっと高潮した気持ちを一瞬に込める。そういうものなんですね。」

 

「絵面(えめん)の見得」と呼ばれる、究極の見得。
曽我兄弟が敵討ちを果たせず口惜しく別れる、最後の場面。
工藤祐経は立ち上がって、ひときわ威厳のある見得を見せます。
屈辱をこらえる曽我の兄弟。そして、それを取り囲む舞台上の役者がすべて絵のようなポーズを決めます。
これこそが舞台空間をいっぱいに使って表現する、「絵面の見得」です。

舞台は見得によって強烈な印象を残しながら、幕切れを迎えるのです。

参のツボ かたちがつくる女性らしさ

 

お姫様から遊女まで歌舞伎の女性の役を「女方」といいます。

歌舞伎の舞台写真を40年にわたり撮影してきた、岩田アキラさんに、女方の魅力をうかがってみましょう。

岩田「女方の美しさは、その洗練された"かたち"にあると思う。例えば、首のかしげ方や指先から目の表情にいたるまで、緊張感あふれる美しさを感じます。もともと男性が女性を演じるわけですから、現実の女性以上に女性らしく見せるすべにたけているのではないでしょうか。」

歌舞伎鑑賞、三つめのツボは、
「かたちがつくる女性らしさ」

 

歌舞伎における"かたち"とは、長い時をかけて洗練され、様式化された、 "しぐさ"のことをいいます。

まず、立っている時の姿勢。ひざをつけて内またになり、腰を落とします。
また、肩を落としてなで肩をつくると女性らしくなります。
目線は、あごをひいて、少し上目使いに持ち上げます。
そして、指先の表現も大切です。 指は広げず、少し反るようなかたちがようえんな美しさを醸し出します。

 

瀬戸内の恵みをざっくりと盛りつけます。
備前焼に料理を盛るとき、余計な飾りは禁物。
あるがままの姿で、すべての食材が主役になります。

 

演目「本朝廿四孝」
死んだと聞かされていた恋人が目の前に現れるものの、別人だとそっけなくあしらわれ、悲嘆にくれる、"くどき"の場面。

"くどき"というのは、心の中の思いを義太夫節にのせて、情緒的に表現する見せ場のこと。

かなわぬ恋に胸を焦がす、少女の心が、指先や目の表情などで繊細に表現されています。
かたちによって、少女の思いがみごとに演じ切られています。

 

坂東「歌舞伎の場合は、重い大きなカツラ、それに見合うような衣装を着た上で、それが全体としてきれいに見えるということは、実は、体は非常に過酷な動きを強いられているんですね。その上で、そのかたちがきれいに見えるためには、役者は実は、実に苦しいかたち、苦しい格好をしている、その絞ったかたちが美しく見えるんですね。不思議なもので、役者が自分が楽な形をしていては、お客様からは美しいとは見えないんですね。」

体を極限まで酷使し、心から役になりきる。
歌舞伎はそんな"かたち"が生み出す美の表現なのです。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

ニュース番組を担当していた時、中村鴈治郎さん(現在の坂田藤十郎さん)にインタビューをする機会がありました。ごあいさつをかねてけいこ場にお邪魔しました。ちょうど「仮名手本忠臣蔵」の「一力茶屋の場面」で、大星由良之助に扮する鴈治郎さんが密書を読んでいるところでした。巻紙を繰っていく鴈治郎さんの手の動きに私は釘付け。何となめらかで美しい・・・何気なくなさっている動きなのに、指の先まで神経が行き届き、一分のすきもありません。歌舞伎をもっと知りたい!と思った瞬間でした。以来、仕事を通じてお話をうかがった俳優さんたちの芸と人柄にひかれ、今では毎月歌舞伎を見るようになりました。
「好きな歌舞伎俳優を追いかける」ことが歌舞伎を知る近道とよくいわれます。毎日昼夜2回の公演で、1人の俳優が一日に2つ3つの役を演じるのが当たり前の歌舞伎の世界。
ひいきの俳優さんのいろんな姿が見られるのはファンにはたまりません。
今回ご出演いただいた坂東三津五郎さんは、日本のお城めぐりが趣味で、日本の文化にたいへん関心の高い方。美の壺もよくご覧になってるそうです。谷啓さんとのかけあいは絶妙でした!

* 私が担当している『日本の伝統芸能』(教育テレビ水曜午後2時他)も4月は『歌舞伎入門』、片岡仁左衛門さん、坂東三津五郎さんが歌舞伎の魅力をわかりやすく、そして深く教えてくださいます。どうぞご覧ください。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Don’t Take Your Love From Me Lou Donaldson
Haiku 山下 洋輔
Prayer Miles Davis
Song For My Father Horace Silver
Opus Pocus Milt Jackson
Milestones Turtle Island String Quartet
Kyoto Paradox 秋吉 敏子
Alligator Bogaloo Lou Donaldson
Nutty Thelonious Monk
No.5 Chick Corea
Desert Lady 秋吉 敏子
Willow Weep For Me John Lewis
In A Sentimental Mood Turtle Island String Quartet
Maria Branford Marsalis
Oh Lady Be Good Turtle Island String Quartet