バックナンバー

File82 備前焼


備前焼は、暮らしに自然の息吹を届けます。
大地や海の恵みとみごとに調和する食の器…
ついつい一献傾けたくなる温かみある徳利(とっくり)やぐい呑(の)み…

岡山県備前市伊部。
ここが備前焼のふるさとです。
備前焼は、千年近くの歴史を持ち、現在、窯の数は四百以上あります。
これまで、五人の人間国宝を生みました。


岡山県備前陶芸美術館 蔵

備前焼最初の人間国宝=金重陶陽の作品。
一見素朴な造形ですが、よく見るとその表情は、実に変化に富んでいます。

こちらは、備前焼を数多く扱っている焼き物ギャラリー。
オーナーは、アメリカ人のロバート・イエリンさん。
二十年以上前から、備前焼に魅了されてきました。

ロバート「まず、ビックリしました。この素朴な味の何が美しいのか… 日本人は、どこが良いと思っているのか… 僕には謎でした。これを理解すれば、日本の心が理解できるかなと思って…やっぱり、言葉にならない。英語にならないね。頭じゃなくて心。自分のテーブルで使って心で感じることだと思いますね。」


岡山県立博物館 蔵

備前焼のルーツは、これ!
須恵器(すえき)と呼ばれる焼き物です。
古墳時代に朝鮮半島から伝わり、各地に広まりました。
須恵器は「焼締め」という方法で作られています。
釉薬(うわぐすり)を使わず、高い温度で時間をかけて焼き上げることで、粘土が堅く締まります。


藤原啓記念館 蔵

備前焼は、須恵器から「焼締め」の技法を受け継ぎました。
このような焼き物は、現在では、世界でも、たいへん珍しいものです。
釉薬を使わないからこそ生まれた土の柔らかな質感と赤茶色の肌。
古代の記憶を今に伝えます。

 

壱のツボ 炎の足跡を見よ


備前焼の表情を決めるもの… それは炎です。
窯たき。備前焼独特の表情を生み出すためには、薪(まき)を使う昔ながらの窯でなければなりません。


岡山県立博物館 蔵

桃山時代の大徳利。
まるで炎が躍るような、不思議な模様です。
釉薬も絵の具も使わずに、どうやって描くのでしょうか?

焼く前には、何の模様もありません。
しかし、焼き上げるうちに、窯の中で大きな変化が起きます。
窯変(ようへん)です。

窯変は、どのようにして生み出されるのでしょうか…
備前焼五人目の人間国宝、伊勢崎淳さんです。

伊勢崎淳「太古の時代から人間が焼き物に携わって、縄文土器を例えば作る。それも、土と水と炎でやってる。その姿がそのまま今に伝わってきているような。備前の場合は、火の特徴というか、そういうものを知らないと、なかなか窯は焼けない。だから、土と炎の特徴に逆らわないように、助けてもらいながらやっていく。」

炎をあたかも筆のように操り、窯の中で完成させた絵…

備前焼鑑賞、最初のツボ
「炎の足跡を見よ」

備前焼の窯たきは十日から二週間。
ほかの焼き物と比べ、倍以上の時間をかけます。
使われる粘土の性質が、その理由です。

伊勢崎満さんも、現代の備前焼を代表する作家の一人です。

伊勢崎満「火に弱いので、収縮が多いとか、そういうことがあるので、ゆっくりと長い時間をかけて温度を上げていかないと、壊れることがある。それが備前の特徴にもなった。」

割れないように、ゆっくり焼き上げるうちに、炎の中でさまざまな窯変が起こります。

窯に詰めた状態を再現してみました。
なぜか、横に寝かせてあるものも…
上と下では、火の当たり方が違います。

桟切(さんぎり)と呼ばれる窯変が現れました。
上になって炎が直接当たった部分は、粘土に含まれる鉄分が酸化し、赤茶色に…
灰に埋もれて酸素が不足したところは、黒っぽい発色です。

薪は赤松に限ります。
含まれる松脂(まつやに)が火力を強め、窯の奥まで炎が届くからです。
この薪が燃えたあとの灰も、窯変に影響を与えます。
灰のかかりやすい場所に置かれたものには、独特の風合いが現れます。

中央の色が変わっている部分、胡麻(ごま)と呼ばれます。
高温で溶けた灰が、冷えるときにガラスのように固まったもの。

緋襷(ひだすき)を作るためには、窯に入れる前に藁(わら)を巻きます。 緋襷は、器を運ぶ時に使った藁を取り忘れたことから、偶然生まれたと考えられています。

緋色の模様は、藁に含まれるアルカリ分と、粘土の鉄分が反応して、浮かび上がったもの。
まさに、炎の足跡のようです。

桃山時代の徳利。「かぶせ焼き」です。
焼くときに器を重ねた部分だけ、質感が変わります。
茶色い所が、器を被せた部分。
一方、炎が直接当たった部分には、胡麻が現れ、豊かな表情です。
炎が描き出す変化に富んだ窯変…
自然の力を巧みに生かす備前焼ならでは味わいです。

弐のツボ 「強さ」「荒さ」に命あり

次は、土そのものの味わい。
土味(つちあじ)に注目しましょう。

備前焼の粘土は、伊部の北にある山々から雨水に流され、数億年もかけてたい積した土です。
この土は、ヒヨセと呼ばれ、地下三メートルほどのところから掘り出します。
ヒヨセには、植物性の有機物が含まれています。
黒い部分には有機物が特に多く、多彩な窯変を生みます。
水を加えて練り上げるとき、目の荒い土や小石をあえて残すのが備前の特徴です。

ロバート・イエリンさん。 備前焼に出会うと、まず手にとって土味を確かめます。

ロバート「これも五百年近く前に作られたものですが、今、僕生きてるし、同じ美しさを感じるね。その辺が、備前のみごとさですね。すごい荒いですね。こういう肌を見ると、ポコポコ穴があるし、ホントに土そのままに使っているんですね。こういう、力を持っているものとか美しさは、現代を生きている方たちも感じている。やっぱり、良いものは残りますね。」

備前焼の荒々しい土味は、大地の力強さそのもの。

備前焼鑑賞、二つ目のツボは
「「強さ」「荒さ」に命あり」


岡山県備前陶芸美術館 蔵

鎌倉時代から室町時代にかけて、伊部で焼かれた日用の器は、全国で使われていました。
特にすり鉢は、「備前すり鉢、投げても割れぬ」といわれ、人気を博します。
長い時間をかけて、じっくりと焼締めた丈夫さが売り物。
壷(つぼ)や甕は、水や穀物の保存に欠かせないものでした。


藤原啓記念館 蔵

備前焼に「美」が見いだされたのは、室町から桃山時代にかけて。
千利休をはじめとする茶人たちが、独特のたたずまいを好み、茶道具に見立てたのです。
「見立て」とは、あえて違う使い方をすることで、風雅を味わうこと。
酒を運ぶために作られた徳利は、花入に見立てられました。
茶人たちは、茶室に「土の香り」や「野の風」を呼び込もうとしたのです。

備前焼は、重く肉厚なものが好まれます。
轆轤(ろくろ)に向かっているのは、伊勢崎満さん。

伊勢崎満「粘土を押さえて押さえて、力強く肌がなるように作ると、焼き上がりで、肌の重さが違います。」

表と裏から押さえて、土を強く締めます。
こうすることで、他の焼き物にはない重量感が出てきます。

桃山時代、水差しに見立てられた種壷(たねつぼ)。
茶人たちが注目したのは、下の方にある傷…

高温で焼き上げるときに、粘土に含まれていた小石が弾けた跡です。
武骨な土味に息づく美しさ。
お分かりいただけましたか?

参のツボ 土の声を聴け

使ってこその備前焼です。
備前焼が食器として注目されるようになったのは、昭和になってから。
食材の魅力が引き立つと人気です。

岡山市にある日本料理店。
羽村敏哉さんは、備前焼が持つ野性味にひかれています。

羽村「土を一番感じる。日本人が、なんていうか、土への郷愁というか、そういうのがみんなあるんじゃないですかね。郷愁を感じるんですかね。土に対して。」

土と語らいながら、料理を盛る…

備前焼鑑賞、最後のツボは
「土の声を聴け」

桃山時代、窯の中で器を積み重ねるために用いた陶板です。
昭和になって、料理の器に見立てられ、備前焼が食の器として使われるきっかけになりました。

羽村「野性味というか、野趣を前面に出して…切った、盛った。焼いた、盛った。みないな感じで盛りつけるほうが自然にいくような…」

瀬戸内の恵みをざっくりと盛りつけます。
備前焼に料理を盛るとき、余計な飾りは禁物。
あるがままの姿で、すべての食材が主役になります。

備前焼と長く付き合うためのコツを教えていただきました。
料理を盛りつける前に、十分から十五分、水につけます。
土の味わいが増すだけでなく、油やにおいが染み込みにくなります。
備前焼の器は、使い込むほどに表面の細かい角が取れ、色合いも柔らに…

太古の記憶をとどめる土で焼き上げた備前焼。
心静かに耳を傾けれてみましょう。
きっと、土の声が聞こえてくるはずです。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

焼き物ギャラリーのオーナー、ロバート・イエリンさんが「この素朴な味の何が美しいのか、最初は謎だった」とおっしゃっていたのが印象に残りました。
確かに、白くて滑らかで軽い磁器とは対極にあるような焼き物が備前です。窯の中で変色してしまっても、粘土に含まれていた石が弾けて傷ができても、それは失敗ではない!自然のなせる技を楽しんでしまおうという美意識、自然に逆らわず、助けてもらうという感覚・・・ロバートさんのおっしゃるとおり「これを理解すれば日本の心がわかる」かも。  私も、特に酒器は、備前のような土味がするものが好きです。「わびさび」につながるようなシンプルで飾り気のない風情もそうですが、「人生思い通りにならないこともある」「人間完璧でなくていいんだよ」・・・そんな、人の気持ちを楽にしてくれるような力も持っているように感じます。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
The lady in red Stan Getz Quartets
Mamma Dollar Brand
Laird baird Charlie Parker
Oliloqui valley Herbie Hancock
Tokai Jim Hall Trio
You stepped out of a dream Dollar Brand
You stepped out of a dream Stan Getz Quartets
Jacqui Clifford Brown, and Max Roach
Pretty memory Nat Adderley
Salaam-Peace-Hamba Kahle Dollar Bland
In your own sweet way Miles Davis
Long island sound Stan Getz Quartets
In the wee small hours of the morning Art Blakey & the Jazz Messengers
Indian summer Victor Herbert