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File79 鼓


壱のツボ くびれが生む妙なる響き

能に始まり、歌舞伎や狂言など、伝統芸能の囃子(はやし)に使われてきたのが、鼓です。
鼓の原型は奈良時代、大陸から日本に伝わってきたといいます。

室町時代以降、能が武家の教養に欠かせないものになると、鼓は形も音色も洗練され日本独自の楽器として発達しました。

鼓には大きく分けて「大鼓(おおつづみ)」と「小鼓(こつづみ)」の2種類があり、音色を使い分けて演奏します。

まったく異なる音色を発する、大鼓と小鼓ですが、基本的な形は同じです。 それでは、鼓の構造を見てみましょう。

鼓は、ふだん、それぞれの部分をばらばらに保管し、演奏する時に組み立てます。

「鼓胴(こどう)」と呼ばれる、音を共鳴させる部分。砂時計のようなくびれた形をしています。

「表と裏」、2枚の革は「調べ緒(しらべお)」によって鼓胴に固定されます。
この鼓独特の「形」にこそ、美しい音色を生み出す秘密が隠されているのです。

そこでまずは、鼓の「かたち」を探っていきましょう。

こちらは、日本でも数少なくなった、小鼓の製作修理師、鈴木理之さん。

鈴木「鼓胴の部分は、音質とか音量とかを決定する、とても大切な部分で、いわば、鼓の心臓部に当たる、といわれているんです。くびれが美しいと音も美しくなる。形態が大事。」

鼓鑑賞、一つ目のツボは
「くびれが生む妙なる響き」

それでは、「鼓胴」の形に秘められた音の秘密をひもといていきましょう。

一本の木材を、砂時計型に型取りし、中をくり抜いていきます。

職人は、鼓胴の内部を経験と勘によって、正確に円筒状に彫り出していくのです。

実は、鼓の音は、この内部の形によって決まります。
両端はすり鉢状に。そして、その間をつなぐ部分は中心に向かって直径が微妙に小さくなっていくように彫られています。
その差は、わずか数ミリです。

鈴木「良い鼓というのは、音がいかに良く抜けるかというところをポイントに作っているわけです。表を打った音が裏へいかにして空洞を通って伝わっていくか、これが非常に大事なところ。中のこう配を彫る技術が一番大事。」

鼓の音は、表革を打った時の空気が中で圧縮され、それが破裂するように 裏側に抜けていきます。
そのため音が、より大きく聴こえるようになるのです。

かつて鼓は屋外で演奏されることが多い楽器でした。
そのため、遠くまで良く音が通るくふうが重ねられ、このような形に発達していったのです。

鼓の音は、表革を打った時の空気が中で圧縮され、それが破裂するように 裏側に抜けていきます。
そのため音が、より大きく聴こえるようになるのです。

かつて鼓は屋外で演奏されることが多い楽器でした。
そのため、遠くまで良く音が通るくふうが重ねられ、このような形に発達していったのです。

さらに、名品の音抜けの良さは、中の空洞を見ればわかります。

レントゲン写真で見てみると、 ゆがみが無く、寸ぶん違わずシンメトリーな形にくりぬかれています。
見えない内部を完璧な形に彫り出す超絶技巧、みごとです。

鼓胴、革、調べ緒が三位一体となって奏でる、鼓の音色。
それは、長い時間をかけて洗練されてきた形あってのことなのです。

 

弐のツボ 遊び心に隠れた究極の技

鼓は、美術工芸品としての価値も高く、珍重されてきました。

鼓研究家の生田秀昭さんも、その美しさに魅了された一人です。
その魅力について、生田さんにうかがいました。

生田 「飾りをじっくり見ていくと、 製作者の思いや、卓越した技術を求める向上心、あるいは時代背景、遊び心などが込められているのがわかる。いわば、飾りには雄弁に語りかけてくるメッセージが詰まっているように思います。」

季節を表す草花や勇壮な動物。遊び心あふれるデザインには、卓越した技術が隠されています。

鼓鑑賞、二つ目のツボは
「遊び心に隠れた究極の技」

まずは、絵柄に込められた遊び心を読み解いていきましょう。 こちらは、江戸時代に盛んに描かれた模様。
葡萄(ぶどう)です。
能は武家のたしなみ。そこで、「武道を極める」という意味が隠されていたのです。

こちらも鼓の模様によく使われる「くりの実」。
さて、どんな意味が込められているのでしょうか?
くりの実ははじけることから「音がはじける」。
また、「実がよくなる」ことから「音がよく鳴る」ようにとの願いが込められているのです。

こちらは、鼓胴全体にススキのまき絵をあしらったもの。
群生するススキの葉がバランスよくみごとに描かれています。

この模様を平面図に起こしてみました。
画面は、天と地で3倍ほどの長さの違いがある、極端に変形した扇形。

よく見ると、背の高いススキはある一点に向かって描かれています。
こうすることで、空にむかって伸びているように見えるのです。

さらに、背の高いススキを均等に配し、丈の低いススキを地面に近い位置におくことで全体の調和が計られていたのです。

最後に、ふだんは見えない飾りをご紹介しましょう。
鼓動の内側に刻まれた模様。「印(しらせ)カンナ」と呼びます。
波模様をいくつも重ねた「青海波(せいがいは)」。

こちらは、木の葉を散らした模様。
鼓職人は自分が作った印としてこうした「印カンナ」を入れました。

極めつきはこちら。細かいさざ波模様がびっしりと刻み込まれています。
その幅、わずか1ミリ足らず。

それが、内部の壁全面に精密に施されています。
いまだどのようにして彫ったか解明されていない、究極の技です!

鼓を飾る遊び心あふれる模様の数々。
そのどれもが、凝りに凝った職人技によってのみ、描きだされたものなのです。

参のツボ 間が音を生かすと心得よ

鼓は通常、大鼓と小鼓が一組となって演奏されます。

大鼓を奏でるのは、葛野流・亀井広忠さん。
小鼓は、大倉流・大倉源次郎さんです。

大倉さんに鼓の演奏を鑑賞するコツをうかがいました。

大倉「息を合わせるという言葉がありますが、私たちは息を合わせて間を作ることによって、大鼓小鼓の音色の違いをお互いに生かしあって、で、独特の世界が生まれていくわけです。ですから、間が非常に重要です。」


鼓鑑賞、三つ目のツボは
「間が音を生かすと心得よ」

鼓は演奏する前の準備が大切です。
準備によって、音色がまったく違ってきます。
大鼓の場合、演奏前に必ず、1〜2時間炭火に当て、革を乾燥させます。
乾燥させることによって、どんな季節でもハリのある力強い響きを発します。

小鼓の場合は、大鼓とはまったく逆の準備をします。
口にくわえて適度にぬらした和紙を、革の裏側に貼付けていきます。

また、革に息を吹きかけて、湿り気を持たせます。
こうすることによって、小鼓の音色は、やわらかく、深みのある余韻が生まれるのです。

能の舞台では、大小の鼓がかけあうことで深遠な世界をつくりだします。

大倉「能の囃子というのは、間が生きることによって、お客様の中にある、日本人として今まで自然感で培ってきたイメージを舞台の上に引き出す。例えば、春という言葉とポン!という鼓の音でその人の中に持っている春というイメージが喚起されるということだと思います。」

絶妙な間を取って奏でられる鼓の調べ。
そこに、日本人は季節の移ろいや自然の風景など、さまざまなイメージを想像してきました。
さて、皆さんは鼓の間にどんな情景を思いうかべるでしょうか?

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

小鼓を演奏してくださった大倉源次郎さんがインタビューでおっしゃっていたように、お囃子の「間」と「掛け合い」は、まさに「日本人が自然に培ってきたイメージを引き出す」もの。数字に置きかえるのは難しい、複雑なリズムと思われるのに、日本人には自然と心地よく、しっくりくるから不思議です。
目の覚めるような大鼓の音と、ふっくらとした小鼓の音・・・大鼓のほうが小鼓よりも高い音が出るというのも、考えてみれば不思議ですよね。(「大きい楽器のほうが低い音」という西洋の楽器の法則を完全に逸脱してます。)
以前、鼓の演奏家を追った番組で、豆だらけになってあちこち皮がむけている手や、練習後、熱を持った手を氷で冷やす様子を見たことがあります。自分の耳で音色を判断し、皮や調べ緒を調節することといい、どれだけの鍛錬がいることでしょう。
取材したディレクターが握手をした演奏家の手は、いずれも大きく分厚く力強かったということです。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Peace Ornette Coleman
Odjenar Miles Davis
Children’s Song No.5 Chick Corea
I Loves You, Porgy Miles Davis
I’m An Old Cowhand Sonny Rollins
The Baghdad Blues Horace Silver
Round About Midnight Kronos Quartet
Congeniality Ornette Coleman
The Seductress Wynton Marsalis
Soft Shew Gerry Mulligan
Delauney’s Dilemma Ray Bryant
I’m An Old Cowhand Sonny Rollins
All The Things You Are Jim Hall & Pat Metheny
Stardust Wynton Marsalis
Chronology Ornette Coleman
So What Bill Evans & Jeremy Steig
Someone To Watch Over Me Keith Jarrett
Just For You Ornette Coleman
St. Thomas Branford Marsalis