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江戸時代後期、急速に広まっていったのが、「いろはかるた」です。
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子どもから大人まで庶民の遊びとして流行しました。
よく知られた教訓や道徳心をうたったことわざが用いられ、日本人に最もなじみ深いかるたです。
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いろはかるたの収集をはじめて二十年以上になる時田昌瑞(まさみず)さんです。
週に一度は行くという骨とう市でさまざまな珍品と巡り合ってきました。
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中でも、珍しいのがこちら。「井のふちのちゃわん」ということわざで始まる男女の姿を描いた春画。
ちょっとでも触れると、井戸に茶わんが落ちるという意味で、二人の危うい関係を示しています。
かるたが大人の風俗に、うまく利用されていたことが分ります。
時田「私はこれ、ぱっと見て、私は本当ぎょっとしてびっくりしてね。で、これはすごい資料だと思って、子どもの遊びであると同時に、並行的に大人独自の文化・美術というものとして存在したんじゃないかというのが私の今の見解なんですけどね」
かるた鑑賞、最後のツボは
「かるたは文化を映す鏡」
かるたの伝える日本文化を見ていきましょう。
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こちらは、能のかるた。演目で歌われる和歌と演者を合わせるという、古典芸能の教養が試されるかるたです。
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一風変わったこちらのかるたは、幕末に作られた英和かるたです。開国当時、外国語を学ぶために作りました。
ことわざに留まらず、時代の文化を伝承する道具としてかるたが広く流行していたのです。 |
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ひな人形の生産地である静岡市。ここに、かるたを使って日本の伝統文化を伝えようとしている職人がいます。
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ひな人形に着せる十二ひとえの生地で作っているこのカードが、実はかるた。
言葉や絵はない代わりに、色を表したカルタなのです。
日本の色は、古来、草木染めから多くの名前が付けられてきました。
代表的な二十四色をかるたにし、色の文化を伝えようとしています。
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色のかるたを作っている望月和人(もちづきかずひと)さんです。
望月さんは、かるたが持つ「伝達」の役割に着目しました。
望月「自然の中にある造形を、そのまま色の名前にするという、日本人の自然と一体化した色感覚っていうのを、今の人にも分ってもらいたいなと思って、やっぱり手に取って楽しんでもらいたい、プラス、学んでもらいたい、それが両方できるのが、やはりかるたかなと思ったもんですから。かるたにしてみたんですけど」
平安時代に付けられた色の名前は一つの色を表すだけではありません。
貴族たちは、着物を重ね合わせてできる色の組み合わせにも名前を付けていました。
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こちらは名付けて「雪の下」。
白いかるたは、うっすらと庭に降り積もる雪を、その下には春の訪れを待つ花と新緑の色を配しています。
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こちらは「山吹(やまぶき)」と呼ばれる秋の配色。
紅葉する木々が混じり合う山の情景を、朽葉色(くちばいろ)や苅安色(かりやすいろ)で重ね合わせています。
かるたで知るいにしえの色彩。
かるたは、さまざまな日本の文化を伝えることのできる優れた遊び道具でもあるのです。
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