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File66 野仏



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野にたたずむ神様や仏様。
これらを総称して私たちは「野仏」と呼び、親しんできました。

最も良く見られるのが「お地蔵さま」。
特に、子供を守ってくれる仏として、いつのころからか涎(よだれ)掛けがかけられるようになりました。

「観音さま」も、各地で出会うことのできる野仏です。
悩める人の声をじっと聞き、苦しみから救ってくださいます。


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こちらは、目を見開き怒りをあらわに鎮座する「不動明王(ふどうみょうおう)」。
力強く恐ろしい姿をしていますが、どんなに悪い人間でも改心させようとする憐(あわ)れみの心をお持ちです。

こうした野仏の多くは、江戸時代に作られました。
地域の守り神として、あるいは供養塔、道しるべとして、人々の生活と深い関わりを持ってきました。

社会が安定した江戸時代、各地に「講」と呼ばれる組織が作られます。
「講」とは、同じ信仰を持つ人々の集まりで、地域の交流を深める場でもありました。
野仏は、講に属する人たちが信仰の証しとして建てたものです。

さまざまな民間信仰と結びつき、その表情も変化に富んでいます。
素朴な願いが生んだ野仏は、今も人々の心のよりどころです。


壱のツボ 肌合いに千の表情


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まずは、石に刻まれた彫りの美しさに注目しましょう。
長野県・高遠にある楊柳(ようりゅう)観音。
石の硬さを感じさせないしなやかな姿と、柔らかな面持ち。
江戸時代、この地で活躍した石工(いしく)の作品です。


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手にした壺の表面には焼き物のようなざらついた質感。


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軽やかにまとった衣の表面には、滑らかな布の流れが。
それぞれ、遠目には分からない細やかな彫りを見ることができます。

愛知県岡崎市。
観音像にノミを入れるのは、野仏を彫りつづけて28年になる石工・中澤茂政さんです。

愛知県岡崎市。
観音像にノミを入れるのは、野仏を彫りつづけて28年になる石工・中澤茂政さんです。

長年培ってきた経験で、硬い花崗岩(かこうがん)に表情をつけていきます。

中澤 「衣は非常に軽いものですから、その軽さを表現したり、逆に重たく見せたいものは粗い仕上げをすれば重たく見せることができます。
職人さん一人一人みんな違った個性を持っているので、ノミの入れ方とかそういうものによってすべて違う表情を見せるようになりますね」


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石に刻まれていくノミの跡が、観音像に豊かな表情をつけています。

野仏鑑賞、壱のツボ。
「肌合いに千の表情」


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石には「石目」と呼ばれる、割れやすい方向があります。

石工の仕事は、石目を見極めることから始まります。

中澤 「石の肌を触ってみると、こちらがツルツルこちらがザラザラということで・・・。この石の場合、目はこのように走っています。仏さんを作る場合は目に沿って作るので、目に逆らって仏さんを作ろうとすると、首が折れたり破損しやすいものになります」


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粗く削り出された観音像。
昔ながらの手作業で、衣に表情をつけていきます。
まずは、粗い表面を少しずつ滑らかにします。


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使うのはビシャンという道具。
縦横に切り込みが入ったビシャンの刃。

出したい表情に合わせて使い分けます。




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繰り返し叩けば、凹凸がなくなり滑らかな表面に。


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逆に、凹凸を残せば、ざらついた重々しい質感を出すことができます。

続いて使うのはタタキという道具。
衣に流れを出していきます。
細かい線を、流れを出したい方向に沿って深く、丁寧に。

細かな彫りが生み出す繊維の流れが、衣全体を軽やかに見せます。

ビシャンやタタキによって、石工たちは冷たい石に温かい表情をつけていくのです。

中澤 「僕が生まれるずっと前から石は石としてこの世に存在していたわけで、それを仏様に変えるというおこがましい事は考えていません。これは野に建てられてからやっと仏様になる。年月が経ってやっと仏様になるというものだと僕は思っています」


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繊細な彫りが施された像は、野に出て初めて命が吹き込まれます。
龍の姿をした倶利迦羅不動(くりからふどう)。
長い年月の間、滝の水しぶきにさらされてきました。
豊かな造形から荘厳さが漂います。

タタキによって彫られた、天をも突き刺す鋭い剣(つるぎ)。
そこに絡みつく、龍の荒々しい肌合い。

あたかも、この滝壷から出現したかのような龍の姿。
激しい水の音とともに、霊気に満ちた龍のなき声が聞こえてきます。

 

弐のツボ 観音さまに母の優しさ


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長野県茅野市にある長円寺。
ここに百体の観音様が並んでいます。
一口に観音様と言っても、その姿はさまざま


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こちらは十一面観音。
その名のとおり十一の顔を持ち、あらゆる方向に耳を傾けて、人々の祈りを受け止めます。


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千本の手を、全ての人々に差し伸べ救ってくれる千手観音。
一本一本の手に優しさがにじんでいます。

野仏を訪ね歩いて50年になる、研究家の坂口和子さんです。

坂口 「観音様はやはり優しくて表情も穏やかでお姿も穏やかで大変美しい。やはりそこに母親って言うようなものが重なって、多くの方に愛される観音様なんだと思います」


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観音様の優しい姿に、人々はいつしか母親の姿を重ねるようになってきました。

野仏鑑賞、弐のツボ。
「観音さまに母の優しさ」


観音様がさまざまな形に彫られてきたのには訳があります。
古来、観音様は、あらゆる姿に変化(へんげ)すると考えられたからです。
生きとし生けるものすべてを救うため、相手に応じて姿を変える。
それが観音様なのです。

こうした観音様への信仰は、江戸時代に大きな広がりを見せます。
そして、どんな時も全てを受け入れてくれる観音様に、母親の姿を重ねるようになったのです。

坂口 「特に女性にとりましては、妊娠、出産、子育て、いろんな悩みを抱えていましたから特に観音様にお願いしたいってことは、あったんだと思います。野の仏に観音様が多いのも、女性の信仰の厚さを物語っているものではないでしょうか」



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野仏の多くは、庶民が自分たちの願いを込めて作ったもの。
特に観音様は、女性にまつわる野仏として建てられました。

墓地の一角。
頬(ほお)に手を添えて、物思いにふけるのは如意輪(にょいりん)観音。


光背に刻まれているのは女性の戒名。
如意輪観音は、特に女性の墓標として彫られました。

家族は観音様に亡くなった女性たちの姿を重ねて供養したのです。
一つ一つの表情に、亡き妻、亡き母への愛情が感じられます。


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埼玉県秩父にある観音霊場。
赤ん坊を抱えこみ、そっと乳房を差し出す慈母観音です。

寄進したのは、妻子を相次いで亡くした江戸の商人。
生前の妻と子をモデルに作らせたものと言われています。


我が子に乳を与える妻の優しい姿。
そんな面影を永遠に残したい。
観音様に込められた想いです。

参のツボ 自由な造形に庶民の心


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最後は、ユニークな姿をした神様をご紹介しましょう。

八百万(やおよろず)の神がいると言われる日本。実にたくさんの像が作られてきました。

長野県・安曇野に多く見られるのが道祖神(どうそじん)。
村の守り神であり、道の神、縁結びの神としても親しまれています。


刻まれているのは平安朝の衣装をまとった男女の神。
手を取り合う微笑ましい姿が、道行く人を和ませてくれます。


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もともと道祖神はただの石を置いたり、文字だけを刻んだりしたものでした。


道祖神の歴史を研究してきた
石田益雄さんです。

石田「何か神様のお姿が欲しい。やっぱり人間が考えるのは、神様の姿は人間じゃないでしょうかね、当然ね。これはそれぞれ村の皆さん方が、イメージする神様、親しみやすい村を守ってくれる、見つめていてくれる神様というようなイメージが、ここに表されているんじゃないかなと思うんですが」


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人々は決まりにとらわれない自由な発想で、神様の姿を考え像にしました。

野仏鑑賞、最後のツボ。
「自由な造形に庶民の心」




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四方を山に囲まれた長野県は、多くの野仏があることで知られています。
修那羅(しょなら)山・安宮神社は、厳しい風土の中で生きる人々の信仰を集めてきました。



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神殿の脇をくぐり抜けると・・・
霧に包まれた山に点在する神々の像。

江戸後期から村人たちが建て始めたもので、その数は800近くあると言われています。




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そんな神々の像から、人々の生活をうかがい知ることができます。
こちらは桑姫さま。

手に持っている桑の葉。
生糸の原料・繭を作る蚕の餌です。
養蚕業が盛んだったこの地方では、桑の葉は貴重なものでした。
人々はたくさんの繭が採れる事を願ったのです。


こちらも立派な養蚕の神様。
蚕を食べるねずみを退治してくれる猫です。

かつてこの地方の人々は、度重なる飢きんや災害に対し、ただ身を委ねるしかありませんでした。
そのため日々のあらゆる願いを、野仏に託したのです。


宮坂 「石屋さんに頼むにもお金がかかると言った事で、その時代にこの辺なんかは特にですけど、お金もちの人なんか数えるほどしかいなかったでしょうから、そうなれば自分でやらなければしょうがない、何でも自分でやろうと。いろんなことでも小さなことでも、ここにお願いすれば願いを叶えてくれるんじゃないかと、切なる願いじゃないですかね」


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まさかりを持つ神様の像。
山仕事に関わる人が建てたのでしょうか。
どこかユーモラスで、不思議な美しさをたたえています。




人々の願いが託された野仏の数々。
たとえ素朴な造形であっても、ひとつひとつは神様の姿そのものです。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Reflections Thelonious Monk
Sunayama 山下 洋輔
Polka Dots And Moondreams Claude Thornhill
Autumn Leaves Stan Getz
Lotus Blossom Kenny Dorham
One Never Knows MJQ
In A Sentimental Mood Turtle Island String Quartet
Enonel Thelonious Monk
Amefuri 山下 洋輔
Naima Turtle Island String Quartet
Shenandoah Keith Jarrett
We See Thelonious Monk
I’m Old Fashioned Paul Desmond
Tenderly Oacar Perterson
Cheek To Cheek Ella Fitzgerald And Louis Armstrong