バックナンバー

File57 漆器


壱のツボ 赤と黒は魂の色


クリックで拡大表示

古くから日本の食卓を彩ってきた器。それが漆器です。


クリックで拡大表示

料理を引き立てる艶(つや)やかな光沢。
気品に満ちた赤と黒が、食事の一時を華やかに盛り上げます。




石川県輪島市。
日本でも有数の漆器の産地です。
ここで漆器の生産が始まったのは、室町時代のことです。

光を包みこむような塗りの作業。
いつの時代も職人たちは、赤と黒の美しさにこだわってきました。

江戸時代から続く漆器工房の八代目・中室勝郎さん。
漆器の赤と黒には、どんな意味があるのか教えていただきましょう。

中村「漆の本質はやはり“魂の器・魂のこもる器”ということで“精神性の器”だったと思います。日本人は“食”というその命の元である食を盛る器に魂の器を選んだ。その精神性の器が、最も強く人の心に訴えていたのは、赤と黒という色だったと思います。」


クリックで拡大表示

漆器鑑賞 最初のツボは、
「赤と黒は魂の色」

漆は数千年の昔から、人の手によって植えられてきました。
塗料や接着剤になる自然の恵みです。

古来人々は、漆には特別な力があると、信じてきました。
触ると、ひどくかぶれる漆には、邪悪なもの寄せ付けない力があると考えたのです。

漆器は、日本では縄文時代から作られていました。
発掘された漆器のほとんどが赤。
縄文時代既に、今と変わらない漆の技術が確立されていました。

赤を生み出す顔料の中で、最も上質とされてきたのは「朱」です。

かつて朱は、辰砂(しんしゃ)という鉱石を砕いて作られました。

発色の良い塗料を作り出すには漆を精製する高度な技術が必要です。

 

かくはんし、熱を加えた漆に朱を混ぜることで、初めて光沢のある赤ができるのです。
こうして作られた赤は、ほかのどの顔料よりも鮮やかに発色します。

数千年たっても、あまり色あせることはありません。



クリックで拡大表示

かつて、貴重な朱を用いた器は、儀式の場に用いられるなど、位の高い人々しか使うことが許されませんでした。

漆器が庶民の間に普及した中世以降も、赤は高貴な色として珍重されたのです。

縄文の人々が生み出した漆の赤。
数千年の時を越え、日本人にとって特別な色となりました。


クリックで拡大表示

一方、黒い顔料を塗った漆器が生まれたのは、弥生時代。
以来、日本人は限りなく深い黒を追い求めてきました。

漆器の歴史を研究してきた四柳 嘉章(よつやなぎ かしょう)さん。中世の漆器には、より深い黒を出すための秘密があったと言います。

当時の漆器には、ススを混ぜた黒い漆の上にさらに純粋な漆を塗り重ねられていたことが分かったのです。

四柳「特に中世の時代は、良い品物には必ず中塗りにススを混ぜた漆を何層か塗って、その上にさらに透明な漆を塗り重ねています。完成した時には本当に底艶のある、美しい漆に仕上がるのです。そういうくふうを時代ごとにいろいろ重ねて今日に至っているのです。」


クリックで拡大表示

輪島の老舗(しにせ)、中室さんの工房では、中世の黒を復活させようとしています。

細かい炭素の粉末を混ぜた漆を塗っていきます。
わずかなムラがあると光を拡散し、深い黒は出せません。

わずかに残る刷毛の跡や1ミリ以下の凹凸は、炭を使って磨いていきます。
最後に飴(あめ)色に透きとおった漆を重ねます。
透明な漆を通して深く沈んだ黒が立ち現れます。
「漆黒」と呼ばれる漆の黒は、底知れない闇のような、最も美しい黒です。


クリックで拡大表示

中室「漆の赤と黒。黒は果てることのない宇宙の色、夜の空の色。それが黒だと思います。赤は太陽の赤、血の赤、すなわち命の赤という言う風に言えると思います。」

漆が生み出す、鮮やかな赤と深い黒。
それは数千年に渡って日本人が追い求めてきた究極の色だったのです。

 

弐のツボ 歳月が生む 偶然の美を味わう


クリックで拡大表示

朱塗りの漆器が、長年使われ、下地の黒が浮かび上がってきたものを根来(ねごろ)といいます。
主に室町時代のもので、赤と黒が織りなす偶然の美が珍重されてきました。


漆芸家の田中敏夫さん。
漆器の中でも根来の美しさが最高だと言います。

田中「ちょっと黒が出て自然でしょ。自然がなせる業ですからね。使っているうちにこうなる。古くなったとは言わない、新しく魅力が出てきた。根来というのは、朱の色だけじゃなく、ふくらみがあるんですよ。」


クリックで拡大表示

漆器鑑賞 弐のツボ
「歳月が生む 偶然の美を味わう」



奈良・東大寺で毎年2月に行われる「お水取り」。
修行僧は寺に受け継がれてきた漆器で食事をとります。
根来の多くは、こうした寺院で、長年に渡って使われてきた実用の器でした。

東大寺に伝わる根来の盆があります。
堅牢(ろう)な作りのため、数百年に渡って使用されてきました。

長い歳月の間に、人の手では生み出すことができない斑(まだら)文様が浮かび上がりました。
ここに美を見出した人々によって、根来は今の時代まで伝えられてきたのです。

田中さんは、先人が愛してきた根来をあえて、日々の暮らしで使い続けています。


クリックで拡大表示

料理を載せると、その表情はさらに引き立ちます。

料理とともに根来を味わう。
「良い根来は、使うほどに風合いが増す」と、田中さんは言います。

長い年月(としつき)が生み出した偶然の美を愛(め)でる。
それは古びたものに趣を見いだす日本人ならではの美意識です。

参のツボ 漆が引き出す木の個性


クリックで拡大表示

木に漆を何度も塗っては拭(ふ)いて、木目を透かして見せる。
こうした技法を「拭き漆(ふきうるし)」と言います。

無限の広がりを見せる年輪。
木が生きてきた歳月の重みが伝わってきます。


版画家・木田安彦さん。 
漆器のコレクターとして知られる木田さんのお気に入りは、拭き漆の器。

木田「塗料としては漆というのは最高です。堅さ、そして使ううちに色が変化してゆく。この酒樽(さかだる)は材料はスギですが、漆が柔らかい所には漆は吸い込まれて、堅い所は盛ります。元の材質を非常に分かるように作っているというのが拭き漆の楽しむ一番の見所です。」


クリックで拡大表示

漆を塗ることで、木目はいっそう引き立ちます。
白木(しらき)のままでは目立たない木目。


クリックで拡大表示

そこへ漆を塗ると、柔らかい部分、硬い部分、それぞれに色の濃淡が出て、木目がより際立つのです。

木の表情を存分に生かすのも、漆ならではの力。


漆器鑑賞、最後の壺は、
「漆が引き出す木の個性」



クリックで拡大表示

石川県山中温泉。
ロクロを用いて木の器を作る木地作りが行われてきました。

木地師の川北 良造(かわぎた りょうぞう)さんです。

川北さんは、精巧な木地作りの技を今に受継ぐ名工です。





クリックで拡大表示

ロクロで木材を回転させながら形を作っていく木地挽(び)き。
木は回転しているため、木目は見えません。指先に伝わるわずかな感触と音の変化だけで、木の表情をとらえていきます。

そこで、木目をさらに浮き出たせるために、なくてはならないのが漆です。

木は、いくらヤスリで磨いても表面の繊維を完全に削ることはできません。
しかし漆を塗ると、水分で繊維が立ち上がり固まります。これをやすりで削ることで、いっそう木目を際立たせることができるのです。

なめらかになった表面に仕上げの漆が重ねられます。

使うのは、艶と粘りがある最高級の漆です。
漆を薄く何度も塗っては、拭き取るという作業を繰り返します。


川北「白木もそのままでも美しいですけれど、漆を塗ることによってよりキレイに浮き上がらせてくれるという。これは漆のすごいところでね。」




クリックで拡大表示

川北さんが手がけた、拭き漆の作品です。

木目の美しさを最大限に引き出したケヤキの盆。


クリックで拡大表示

つややかな木肌。
一流の木地師だけが生み出せる輝きです。


クリックで拡大表示

日本の風土が育んできた木の文化。それを支えてきたのが、縄文の昔から伝わる、漆の技だったのです

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Rose of Rio Grande Modern Jazz Quartet
Mood indigo Charles Mingus
Moten swing The Oscar Peterson Trio
They say it's Wonderful John Coltrane
Cat walk The Mal Waldron Trio
Italian concert in F major,BWV97 Jacques Loussier
Tenderly Chet Baker Quartet
Concorde Modern Jazz Quartet
Melancholy mood Horace Silver
Gigue Ron Carter
Tenderly Ella and louis
Delauney's dilemma Modern Jazz Quartet
Stella by starlight Joe Pass
Wadin Horace Parlan
Red pepper blues Art Pepper
Tenderly Sarah Vaughan
Joy spring Clifford Brown