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File54 五重塔


壱のツボ 軒の曲線に木の技を見よ


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空高くそびえ立つ五重塔(ごじゅうのとう)。
じつに日本らしい風景です。

そもそも、五重塔とは、何のために建てられたのでしょうか。


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これが、五重塔の遠い祖先です。

古代インドの、ストゥーパと呼ばれる塔。
お釈迦様の骨「仏舎利(ぶっしゃり)」を納めたお墓です。
ストゥーパが姿を変え、日本で発達したのが五重塔です。


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こちらは、ご存じ奈良・興福寺の五重塔。高さは50メートル。
13階建てのビルに相当します。


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中は吹き抜けになっているので、「五階建て」ではありません。
張り出した屋根「軒」が五つの層を刻みます。


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手すりや窓は、実際に使うためのものではなく、塔の姿を整える、飾りです。


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屋根の上には、青銅で作られた相輪(そうりん)。
一説には、この部分が、インドのストゥーパの名残だとも言われます。

五重塔とは、実用的な建物ではなく、拝む対象として建てられたものなのです。

まずは、「軒」に注目です。

お寺や神社の建築を手がける「宮大工」。
小川三夫さんは、数々の文化財の修復や再建に携わってきました。



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小川さんが最も美しいと考えるのが、法隆寺の五重塔。
1300年前に建てられた、日本で最も古い五重塔です。

大きく張り出した五つの軒が、くっきりとしたシルエットを描いています。

小川「軒が深いということはやっぱり美しいですよね。軒が浅いより。
軽く見えますわね。こうきてスッとはばたくような感じでしょ。
それが日本の軒の反りですな。」


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翼を広げたような軒の曲線。
そして、軒先の微妙な反りが生み出す、軽やかさ。

五重塔鑑賞、最初のツボは
「軒の曲線に木の技を見よ」

創立1400年の歴史を誇る、大阪の社寺建築会社。
現在三つの五重塔を手がけています。


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軒の部材は、原寸大のベニヤ板を「型紙」のように用いて、削り出します。

微妙なカーブは、計算によってではなく、宮大工のカンで決められます。

しかし、組み上げた後も、この曲線がそのまま保たれるわけではありません。

土居「木というものは、もうすべてクセありますわな。
乾燥の段階で割れてきますわね。
これはこうねじるな、と。 こうねじりますわな。」


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木は、一本一本、クセや強さが異なります。
構造上、大きな力がかかるので、たわんでしまうこともあるのです。

そうした木材の変化を予測し、すっきりとした軒の曲線を作るのが、宮大工の腕のみせどころ。


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その技は、見えないところにも隠されています。

軒を支える最も重要な部材が、「桔木(はねぎ)」。
塔自体の重みを受け、テコの原理で軒先を支えます。
桔木をうまく効かせることで、ゆるやかな曲線を保つことができるのです。

長い経験を持つ宮大工の技が作り出した、軒の曲線。
塔に独特の軽やかさを与えています。

さらに、軒下にもご注目。
この複雑な木組みは「組物(くみもの)」と呼ばれます。

組物は、飾りではなく、軒を支える機能を持っています。


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五重塔の場合は、必ず「三手先(みてさき)」という、複雑な組み方を用います。

木を、一手(ひとて)、二手(ふたて)、三手(みて) と段階的に組み上げることで、軒を長く張り出すことが可能になりました。

小川「軒を深くするのは技術的にはものすごく難しいんですよ。
瓦の重みに耐えなくちゃならないんですから。それをやり遂げたということでしょうな。」


空に優美なシルエットを描き出す、長くゆるやかな軒の曲線。
それは、木の性質を知り抜いた宮大工の技に支えられていたのです。

 

弐のツボ 層が刻むリズムを味わえ


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つぎは、塔のプロポーションに注目しましょう。

一口に五重塔といっても姿かたちは、さまざま。
その鑑賞の手がかりとなる塔がこちらのお寺にあります。
薬師寺・東塔(とうとう)。
六つの軒があるように見えますが三重塔です。

その複雑な軒の構造から、あるニックネームがつけられました。


村上執事長「大小3組の軒の重なりがリズミカルな動き、律動感を生んでいることから、「凍れる音楽」と呼ばれる」

折り重なった軒とそれぞれの層が生む、独特のリズム。
そこにプロポーションの美しさの秘密があります。

五重塔鑑賞、二つめのツボは
「層が刻むリズムを味わえ」


五重塔研究の第一人者、M島正士さん。
M島さんは、全国の五重塔のデータを集めてきました。
数値によって、塔のプロポーションを分析できるといいます。

M島「初重の平面に対して、上へ行くほど逓減(ていげん)、すぼまっていますよね。まずそれを最初に見ますね」


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逓減率とは、初層に対する五層の幅の割合を言います。五層が初層の半分ならば、逓減率は0.5。安定感のある形になります。
逓減率を0.7にすると、すらりと背が高く見えます。

図:左が逓減率0.5 右が逓減率0.7


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それでは、逓減率を元に、各地の名塔を鑑賞していきましょう。

まずは、法隆寺の五重塔です。

逓減率は0.5。
軒は下に行くほど大きく張り出し、どっしりとした安定感を感じさせます。

重厚なベースのリズムが似合いそうです。

 


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つづいて、山口市の瑠璃光寺(るりこうじ) の五重塔。

逓減率は、0.68。
すらりと細身に見える塔の代表です。
長く美しい曲線をもつ軒が、上に向かって少しずつ小さくなっていき、優雅な印象を生みます。

バイオリンの独奏のような、上品なリズムです。


 


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そして、理想的なプロポーションを持つと言われるのが、京都・醍醐寺(だいごじ)の五重塔です。

逓減率は、0.61。
この逓減率は、安定感がありながら、
高さも感じさせる、バランスのよい数値です。

柱や組物に使われた部材が太く、堂々としたリズムを刻みます。 
さまざまな音色が響き合う交響曲のハーモニーを思わせます。


塔が刻むさまざまなリズム。 
あなたも、五重塔の前で耳を澄ませば、きっと音楽が聞こえてくるはずです。

   

参のツボ 塔に込められた祈りを感じよ


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池上本門寺の五重塔は、二代将軍・徳川秀忠公の乳母正心院が、秀忠公の病気平癒に感謝して寄進したものとわかります。
五重塔にはどうも、さまざまな祈りが込められているようです。


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ここは日光東照宮。

鳥居をくぐってみると・・・そこには五重塔。
鳥居があることでお分かりのとおり、ここは神社です。

じつは五重塔は、お寺だけではなく神社にも作られてきました。


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日本の五重塔は、お釈迦様の墓という本来の意味を越え、さまざまな信仰のよりどころとなっていったのです。

五重塔鑑賞、最後のツボは、
「塔に込められた祈りを感じよ」。


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日本一の高さを誇る、京都・東寺の五重塔。

東寺は、平安時代、日本に「密教」を広めた、空海が造営しました。

ここでは、毎日、若い僧侶がある「行」を行っています。

塔に向かって何かを唱えています。
一体何を唱えているのでしょうか?


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塔の中に、その答えがあります。

密教の世界観を表した12体の仏像が、四角い大きな柱を取り囲むようにまつられています。
「心柱(しんばしら)」と呼ばれる五重塔の中心を貫く柱です。


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橋詰「私共、東寺の五重塔は、真ん中の心柱を大日如来さまとしまして、塔全体を、大日如来さまとしてとらえております。」


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大日如来は、密教において宇宙そのものを表す偉大な存在です。

東寺の五重塔は、大日如来の姿だとされています。
初層から順に、大日如来のひざ、腹、胸、顔、頭に相当すると考えられているのです。

修行僧たちが、塔に向かって唱えていたのは、大日如来に帰依する言葉でした。


最後に、山形県・羽黒山の五重塔をご紹介しましょう。

杉木立の中にただ一基しずかにたたずむ五重塔。
室町時代に作られました。



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白木作りの簡素な美しさ。
山のシンボルとして長く愛されてきました。
羽黒山は、古くから、修験道の聖地として栄えました。
かつては30もの寺院が、この山を埋め尽くしていました。

ところが、明治時代、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の影響で、羽黒山の多くの寺院建築は破壊されました。

羽黒山五重塔の中を見てみると・・・日本の神・大国主命(オオクニヌシノミコト)が祭られています。

人々は、本来ここにまつられていた仏像を隠し、日本の神をまつることで五重塔を救ったのです。

五重塔には、日本人の心をとらえて離さない、特別な力が秘められているのでしょう。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Chrissie Chico Hamilton
Sumi-E Toshiko Akiyoshi
Precious Joy Modern Jazz Quartet
I Get a Kick Out of You Paul Desmond
I’ll Remember April Richard Twardzik
Versailles Modern Jazz Quartet
What’s New Bill Evans-Jeremy Steig
On Green Dolphin Street Miles Davis
Takin’ a Chance on Love Chico Hamilton
Bourree 1 Ron Carter
Schoen Rosmarin Ivry Gitlis
Symphony No.7 4th.mov Carlos Kleiber
Rise Up in The Morning Modern Jazz Quartet
On The Sunny Side Street Louis Armstrong
Hackensack Thelonious Monk
A-10-205932 Toshiko Akiyoshi
Las Vegas Tango Gil Evans
Flute Song Gil Evans
Stardust Wynton Marsalis
Corcovado Nara Leao