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File42 掛け時計

 

壱のツボ 和洋折衷の妙を味わう

壁いっぱいに飾られた「掛け時計」…岐阜県・下呂市の喫茶店です。 レトロな雰囲気の中で、珈琲を味わってもらおうと、店の主人・野村辰己(たつみ)さんが22年前から集めてきました。

野村 「1個集めたのが2個3個、どこの席に座られても時計が見られるようにしたいことから、9テーブルありますので、その壁面を3台に、4台にしようと始まって、今、120台くらいになりました。」

ノスタルジックな「掛け時計」が、ゆったりとした時を刻んでいきます。

客「本当に今、時を刻んで生きてる。その生きてる時計がたくさんあってすごく良い雰囲気になっている。」

「掛け時計」のルーツは、中世ヨーロッパの教会にあります。

礼拝の時を知らせるために使われた16世紀頃の機械時計。 こうした「機械時計」は、その後、改良が重ねられ、コンパクトになって、「掛け時計」に進化していきました。


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19世紀末に作られたアメリカ製の掛け時計。当時、欧米の家庭で広く普及しました。

文字盤にはスリムなローマ数字、繊細な針が、時を表示します。

そして、規則正しく振れる「振り子」。

 

「掛け時計」が日本に輸入されるようになったのは、明治時代初めのことです。

「文明開化」の時代…、「掛け時計」は、その象徴でした。

当時は「舶来モノ」といわれた高価な輸入品。庶民にとって、『一家に一台、掛け時計』は憧れだったのです。

最近手に入れたばかりの「掛け時計」を磨くのは、古時計研究家の戸田如彦(とだ ゆきひこ)さん。
戸田さんは、35年にわたって全国のアンティークショップや骨董市を巡り、国産の「掛け時計」を集めてきました。

   

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戸田さんの自慢の逸品が、この「掛け時計」です。

周囲には、日本の伝統工芸である木彫が施され、高級感 あふれる仕上がりになっています。

掘り下げた部分には赤漆、浮き出た部分は黒漆、和風の装飾が施されています。


戸田「機械の部分と日本的な漆と彫りの部分で、西洋にない日本独特の時計の作り方。まさに和洋折衷といっていいと思います。」

文明開化の象徴として人々の心をとらえた「掛け時計」。
そこに施された日本の伝統の技が、「掛け時計」をぐっと身近なものにしました。


掛け時計鑑賞、壱のツボは、「和洋折衷の妙を味わう」



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「掛け時計」が日本で本格的に作られ始めたのは、明治20年ごろ。
当初は、外国のものをそのまま真似たコピーが作られました。
これは、当時人気を博した「だるま型」の掛時計、右がアメリカ製、左が国産、形や色合い…まさにうり二つです。


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戸田さんは国産「掛け時計」に、当時の職人の技と意地を感じるといいます。 こちらの文字盤は、右が外国製、左が国産です。
戸田さんが注目したのは丸い枠の部分です。


戸田「この文字盤、国産の最たるものでして、この部分が金属じゃなくて木でできているわけです。轆轤(ろくろ)でひき、その上から漆を掛け、またその上から金箔を貼って金属に似せてあるわけです。」


外国の物は、真鍮(しんちゅう)でできています。薄い金属の板をプレス加工したものです。 一方、国産は木でできています。 まだ、プレスの技術が無かったため、職人が轆轤(ろくろ)や漆の技を用いて、見劣りの無いものにしました。


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明治後期になると独自のデザインのものが作られます。 磯千鳥がまき絵で描かれています。西洋生まれの機械に施された日本的な意匠が、和洋折衷の面白さを引き立てています。


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この掛け時計は、富士山。

戸田「ここまで来ると西洋のコピーから、逸脱して、まさに日本という象徴みたいな時計になってくるわけです。とっぴでなおかつアイディアに富んでいると、それは、もう国産しかないですよね。」

西洋生まれの「掛け時計」…。そこに、日本人は和の感性を掛け合わせたのです。

 

弐のツボ  時を刻む歯車に 命あり


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文字盤の裏にはムーブメントと呼ばれる機械が、収まっています。


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往復運動を繰り返す振り子。
その動きは、アンクルと呼ばれる両端がL字型の金具と連動しています。
その動きに合わせて、ガンギ車が一つずつ回転、針を動かします。
〈チックタック〉と時を刻む音はここから出るのです。
まさに、時計の心臓部です。

「掛け時計」コレクターの福島左門(さもん)さん。何よりも、歯車の動きに魅了されるといいます。

福島「そのカチカチという音を聞く、そうすると機械の健康状態、機械の調子、そういうのが全部分かるんです。ああこれは今日も元気に動いてくれているなとか。そういうところに時計の愛着というか、いとおしさを感じます。」

均斉の取れた機械は、正確な動きの中で美しさを増します。

掛け時計鑑賞、弐のツボ。「時を刻む歯車に 命あり」

明治時代に作られた国産のムーブメントです。 最初は外国のコピーから始めた機械職人たちは、やがてそれらに負けない精密な機械を作り上げていきました。
しかし、こうした機械式「掛け時計」は日本では、もう製造されていません。
大手時計メーカーでは、その技術が途絶えないようにと、次の世代を育成しています。

教えるのは、技師の小林雄司(こばやしゆうじ)さん。すでに定年を過ぎていますが、後身の指導に当たっています。

こちら、機械式時計を本格的に扱うのは初めてという渡辺裕行さんです。

機械の中で、取り扱いに一番神経を使うのが、ガンギ車とアンクルです。

この部分には長い経験を持つ職人にしか分からない技術が、必要とされます。


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アンクルとガンギ車の噛み合う微妙な角度や深さが、時計の正確さに大きく影響します。
二つの部品の接触面は、ごくわずかです。

技術者「細かい所になりますと、スケール・物差しをあてて寸法がいくらと測りきれない。これは手取り足取り教えないと、なかなかできない。感覚の世界なんです。」

振り子のリズムから時を生み出す。このデリケートな調整は、熟練の職人の手でしかできません。

渡辺「自分が真剣に時計と向かい合って、調整すれば調整するほど、機械の方が応えてくれます。」

正確に時を刻む掛け時計の歯車、まるで小さな命を宿しているかのようです。

参のツボ レトロな時報に 個性あり

東京都内にある甘酒屋の朝の風景です。 店の主人・天野博光(ひろみつ)さんは、週に一度、開店前に「掛け時計」のゼンマイを巻きます。

 

開店時間は、9時。一斉に時報を打ちます。

天野 「明治大正のレトロな感じを味わうような音色がいいですね。静かに聴いているとタイムスリップした感じでなかなか良いもんですよ」

懐かしい音色とともに、一日が始まります。

機械式「掛け時計」 なら何でも修復してしまうという井上悦朗さんです。時報が鳴る場所を見せていただきましょう。

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裏板に取り付けられた渦巻 き 状の金属線、渦巻きリン。


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ハンマーがこの金属線を打ち、ボンボンという音色を奏でるのです。

井上「私は、個人的に時計は一つの楽器だと思っています。この手の時計は半分「鳴る」っていう機能があります。腕時計にはない機能なんです。やっぱり半分は音のよしあしで時計が決まると思います。我々もこうして開けた時にどんな音かと、一番興奮しますね。」

「掛け時計」は、それぞれが特色ある音色を持つ、一つの楽器。

掛け時計鑑賞、参のツボ。「レトロな時報に 個性あり」

こちらは、「棒リン」と呼ばれる まっすぐな金属線。

長さの異なる物を数本組み合わせ、メロディーを奏でます。

 


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なぜ金属線で、こうした響きの良い音が出るのでしょうか?

井上さんお気に入りの「掛け時計」を使って、ちょっとした実験をしていただきました。

まずは単独で金属線を鳴らしてみます。

井上 「ちょっとたたいてみましょうか」

( 音色 )

思ったほど響きません。

 

井上 「板に付けて、音がどれだけ響きが変わるかちょっとやってみます。」

( 音色 )

「さっきより少し、余韻が…」

 

同じ金属線を、木のケースの中に内に取り付けた状態では…

( 時報 )

井上 「さっきの音を、もう一回やってみます。」

( 音色 )

井上 「ちょっとやはり金属的な音が、木の温もりと申しましょうか、そういう柔らかい音がしますね。」

ヴァイオリンやギターなどの楽器と同じく、音が木箱の中で共鳴し、余韻が生まれるのです。

「掛け時計」は、まさに一つの楽器。見て良し、聞いて良し、音色はさまざまでも、どこか懐かしく心に響きます。

 

今週の音楽

 

曲名
アーティスト名
Nutty Thelonious Monk
This Year's Kisses Lester Young
Never Let Me Go Wynton Marsalis
Oleo Miles Davis
Whisper Not Ray Bryant
April In Paris Thad Jones
All Blues Miles Davis
Autumn In New York MJQ
Milestones Miles Davis
Dance Of The Infidels George Washington
The Best Things For You Stan Getz
Nobody Knows The Trouble I've Seen Grant Green
Misty Ray Bryant
If I Were A Bell Miles Davis