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File39 雛(ひな)人形

 

壱のツボ 面立ちに王朝の雅が薫る

3月3日は雛祭。
女の子の健康と幸せを祈るこの日、雛人形が飾られます。

男女一組のお雛様を中心に、様々な人形や道具が並ぶ雛壇。このような形で飾られるようになったのは、江戸時代後期のことです。

 


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最上段に飾られる男雛と女雛は、若い貴族のカップルです。 三人官女は女雛に仕える侍女たち。宮中の女官がモデルです。

一方、五人囃子は大名家に仕える能の囃子方がモデル。宴に興を添える専属ミュージシャンといったところでしょうか。

 

公家風・武家風をとりまぜ、華やかな暮らしへの憧れをあらわした、空想の世界です。

 

雛人形の起源は平安時代に遡ります。「ひいな」と呼ばれる小さな人形で、女の子達が遊んでいました。

また、旧暦3月3日には紙の「ひとがた」に災いをうつして流すという行事が、ありました。

それがいつの頃からか、人形を祀るという風習を生みます。


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江戸初期には、こうした「立ち雛」が登場しました。

雛人形は江戸時代を通して、庶民にまで広がり、より大きく豪華なものになっていったのです。

まずはお顔に注目です。

江戸時代、個性豊かな雛人形が次々と登場しました。「享保雛(きょうほうびな)」。豊かな町人の間で流行しました。

能面を思わせる神秘的な表情のお雛様です。

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こちらは江戸後期に流行した「古今雛(こきんひな)」。

 

浮世絵美人のような顔立ち。現在の雛人形の多くは、このスタイルを受け継いでいます。

 

こうした雛人形は、当時の人々がイメージする貴族的の顔だちをあらわしたものでした。

なぜ江戸時代に、貴族の顔を持つ人形が愛されたのでしょうか。


人形研究家 小林すみ江さん 「江戸時代になって源氏物語が普及して、読み本になって色んな方に読まれるようになりました。そうしたことから、王朝文化への憧れがお雛様の形の中に取り入れられてきたのではないでしょうか」


雛人形観賞、ひとつめのツボ。 「面だちに王朝の雅が薫る」
王朝文化への憧れを鮮やかに映し出すのが「次郎左衛門雛(じろうざえもんひな)」です。

江戸中期に京都で生まれ、人気を博しました。

 

作り手が参考にしたと言われるのが、平安貴族を描いた絵巻物です。

「引き目・鉤鼻(かぎばな)」。貴族を描く時に用いた技法です。細く引かれた目に、小さな鼻。

次郎左衛門雛には、女性達が憧れた平安貴族の面影が映し出されているのです。

 

こうした貴族的な面だちは、今も受け継がれています。


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京都の頭師(かしらし)・川瀬猪山さんの仕事場。頭師とは、人形の顔を作る職人です。

肌の白さを際立たせるために、貝殻から作った胡粉を塗り重ね、目や口を彫り出します。
人形の品位は、口元の表情で決まると言います。

川瀬さん 「高貴な方ですし、ちょっと微笑んでいる感じの方がいいと思いますけど」
口元にたたえた、かすかな微笑み。そこに高貴さが漂います。

 

 

顔が出来上がると、頭(かしら)は髪付師の手に渡ります。
生糸を黒く染めて作る髪の毛。

宮中で生まれた「おすべらかし」という髪型です。 乱れのない、つややかな黒髪は、古くから、高貴な女性を女性を象徴するものでした。



江戸から明治にかけて作られた様々な顔を持つ雛人形達。 集めたのは、人形作家の林駒夫さんです。これは江戸時代から林家に伝わるお雛様です。

 

林さん 「雛人形の性格として子供を守るという神様的な性格があるので男女の表情の違いを出さないという心得が作り手にもある。仏像と同じなんですよ。位のある人形ですからね。だから、ある種の人間以上の強い力を持っている存在として飾るということが、雛の本義ではないでしょうか」

とっておきの鑑賞法を教えていただきました。

江戸時代、人々はぼんぼりに灯をともして、雛祭の宵を過ごしたと言います。

ほのかな灯りの中、雛人形の表情は、一際、雅で神秘的です。

 

弐のツボ やわらかな姿に命あり

つづいては、優雅なお姿の秘密です。

雛人形は、着付師と呼ばれる職人によって完成されます。


着付の第一人者、大橋弌峰さん。


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ここには、頭、手足、小道具など、専門の職人が手掛けた、たくさんの部品が集まってきます。

雛人形は、着物だけでも150以上の部分からできています。


これは人形の胴。藁を紙で包んだだけのものです。

大橋さんがひとつにまとめあげると、まるで肉体があるかのような、生き生きとした姿があらわれます。

大橋さん 「お雛様の形ではなく姿ですね。柔らかいというか、美しい姿を出すのです。というのは、やはり色目とか、手の位置、角度、またはお顔とかで色んなもので気品さが出る。なんぼ、ええ顔つけても、いいお雛様にはなりません。トータルにバランスがとれて、いいお雛様と言えます」

着付け師が、命を感じさせる自然な姿を生み出します。


雛人形観賞、ふたつめのツボ  「やわらかな姿に命あり」

大橋さんがお手本と仰ぐ雛人形が京都にあります。

皇室や公家の女性が歴代の住職をつとめたこの寺には、 貴族が大切にした雛人形が伝えられています。貴族のありのままの姿をうつした雛人形です。

田中惠厚さん 「当時の公家の生活ぶり、衣装、道具、お化粧、すべて当時の姿をそのまま小さくお雛様に作ってございます。上品で趣のあるお雛さんだと思います」

 

なで肩で、こころもち背中を丸めた姿勢は、どこまでも自然です。
ゆったりと着物をはおった姿は、くつろいだ貴婦人そのもの。このやわらかな居ずまいこそ、着付け師、大橋さんの理想です。


宝鏡寺 蔵

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宝鏡寺 蔵

では、その大橋さんのお手並みを拝見しましょう。

 

人形の衣装は、小さな柄を織り出した特製の絹織物で作ります。

針金に藁を巻き、和紙で包んだ腕。ここに衣装を重ねます。胸や肩、そして背中にも綿を入れて、女性らしいシルエットを作り出していきます。

最も重要なのが、腕を折り曲げる「腕(かいな)折り」という工程です。

大橋さん 「腕折りの姿によって、人形の善し悪しが決まるほど難しい部分なんです。肘を張っていてもいけないし、馬の手綱を引いているようでもいけないし、自然体を心掛けています」


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完成した女雛。ゆったりと扇を持つ手から肩にかけての表情を ご覧ください。

自然でやわらかな姿に、人形の命が息づいています。

参のツボ 道具に詰まった親心


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徳川記念財団 蔵

雛道具にも、見どころがあるんです。

徳川将軍家の子孫に伝わる雛道具の数々。 歴代の将軍夫人がお輿入れのとき持参したものです。
徳川典子さんも、幼いときからこの雛道具に親しんできました。

 

徳川さん 「この辺のものは化粧道具です。鏡もあります」
武家の女性が身づくろいに使った道具のミニチュアです。蒔絵の箱の中には、たくさんの化粧道具が納められています。


徳川記念財団 蔵

指先ほどのハサミ。

雛道具はこんなに小さくても、本物と同じ材料や技法で作られています。
お出かけの時に乗る駕篭(かご)まであります。中には、金地に松竹梅をあしらった、豪華な障壁画(しょうへきが)が描かれています。

 

徳川さん 「子供には幸せでいてほしいという親心が雛道具には込められていると思います。嫁いだ先で、変わらずに幸せに家風に馴染んでゆくように、やっぱり願いをこめて、ひとつひとつ丁寧に作っていくんじゃないでしょうか」


徳川記念財団 蔵

雛人形観賞、最後のツボは  「道具に詰まった親心」。

 

これは読み書きに使う道具です。紫式部や清少納言のように、教養ある女性になってほしいという願いでしょうか。

唐草をあしらった蒔絵の容れ物をあけると、小さな貝がたくさん入っています。

これは貝合わせという遊びに使うもの。裏返して、対になる貝を探し当てます。ぴったり合うのは、この世に一組だけ。雅な遊びの中に、夫婦の固い絆を祈る思いが込められています。

世代を超えて、女性たちのため息を誘う雛道具の世界です。


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徳川記念財団 蔵
関西には、一風変わった雛道具も伝わっています。

白木づくりのお勝手道具一式です。上方の商家では、幕末から明治にかけてこのような雛道具が 流行しました。

 

井戸や竈など、炊事場の様子がこと細かに再現されています。

将来、立派に家庭を切り盛りしてほしいという願いを託しました。小さな雛道具には、親が娘に寄せる、たくさんの思いが込められています。


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今週の音楽

 

曲名
アーティスト名
Flamingo Stephan Grappelli
Fisherman And Devil Crab Miles Davis
Misty Ray Bryant
Maria Branford Marsalis
Misterioso Kronos Quartet
Lush Life Harry Allen
Come Sunday Sweet Jazz Trio
I Remember April Stephan Grappelli
The Big Top Wynton Marsalis
Flute Song Gil Evans
East Of The Sun Paul Desmond
I Loves You Porgy Keith Jarrett
I Can’t Get Started Stephan Grappelli
The Queen’s Fantasy Modern Jazz Qurtet
My Song Keith Jarrett
My Baby Just Cares For Me Nina Simon