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File33 鉄瓶

 

壱のツボ 鋳肌に<茶の心>が宿る

囲炉裏や火鉢の上の主役と言えば鉄瓶。
戦前までは、どの家にも一つはあった道具です。

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江戸時代後期に作られた鉄瓶…
こうした古いものは、今では大変貴重です。

鉄の鋳物でできた、お湯を沸かすための道具。そこに、日本人の美意識が潜んでいます。

鉄瓶の渋い味わいは、ここ数年、脚光を浴びています。

横浜にある日本茶専門の喫茶店…

モダンな店の真ん中に、古い鉄瓶がどっしりと腰を据えています。鉄瓶のお湯で煎れたお茶は美味しいと、お客さんから評判です。

お店を経営する小方奈緒さん。親から譲り受けた鉄瓶をずっと使い続けています。

小方さん 「日本茶を入れる際に、鉄瓶でお湯を沸かすと、お湯が円やかになります。水道水でもカルキ臭さが取れて、日本茶がとても美味しくはいります」

岩手県盛岡市。鉄瓶は、江戸時代、ここで生まれました。

盛岡の周辺では、古くから良質の砂鉄が豊富に採れました。そのため、砂鉄を使った鋳物作りが盛んに行われていました。盛岡は、江戸時代初期から茶道が盛んだったことでも知られます。

茶道でお湯を沸かす道具といえば、鋳物の釜。

当時から、盛岡の鋳物師は、優れた「茶の湯釜」を作っていました。その後、煎茶が登場すると、お茶は手軽に楽しめるようになります。使いやすい湯沸かしの道具が必要とされました。

そこで考え出されたのが鉄瓶。江戸時代中頃のことでした。

「茶の湯釜」を小さくして、取っ手と注ぎ口を付けてみよう!そんなアイデアから生まれた鉄瓶は、たちまち全国へと広まりました。

 

その後、たくさんの名品が作られていきます。

重厚な鉄の質感。 繊細な文様。 飽きの来ない形。

 

日々の暮らしの中で、洗練された姿が育まれてきたのです。

まずは、鉄瓶の表面=「肌」に注目しましょう。鉄瓶独特の肌は、どのようにして作るのでしょうか…

 

鉄瓶は鋳物。最初に、川の砂に粘土を混ぜたもので鋳型を作ります。


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鋳型に流し込むのは、摂氏千四百度の溶けた鉄。

一分もしないうちに、鉄は冷えて固まり、鋳型に刻まれた通りの肌を持つ鉄瓶が出来上がります。

鋳物独特の肌を「鋳肌(いはだ)」と呼びます。


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「霰(あられ)」と呼ばれる文様。小さな点が、規則正しく並びます。

躍動感のある鶴の姿…

文様を付けずに柔かな表情を引きだしたもの…

いずれも、鉄の持ち味を生かした肌合いです。

鉄瓶コレクターの佐々木繁美さんです。鋳肌を鑑賞する壺を教えていただきましょう。

佐々木さん 「お茶の世界だと、侘びとか寂という言葉もありますが、鉄瓶は、お茶道具の延長線でもありますので、その鋳肌を見ることによって、味わい深さが出てきます。枯淡に見せかけるって言うか、時代を付けるって言うか… 鋳肌から侘びの深さが心眼で見えてきます」


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鉄瓶鑑賞・一の壺、『鋳肌に「茶の心」が宿る』

 

鉄瓶の代表的な文様=霰(あられ)は、茶道と深い関係があります。

華やかさを抑えた繊細な表現が好まれ、多くの「茶の湯釜」に、この文様が施されていたのです。

 

四百年の歴史を持つ盛岡で最も古い鋳物工房です。

十五代目の熊谷志衣子さん。霰文様の名手です。

一つひとつ、細い金属の棒で鋳型に文様を押していきます。

根を詰めても、鉄瓶一個に三日はかかります。


熊谷さんの霰文様。茶人たちに愛されてきた伝統の美が、息づいています。

茶の湯の美意識をさらに強く感じさせるのは、文様の無い鉄瓶です。 ざらりとした鋳肌は、「わびさび」そのもの。

この鉄瓶を作ったのは、十代目小泉仁左衛門さん。江戸時代に、鉄瓶を生み出した鋳物師の子孫です。

 

文様の無い鋳肌に表情を出すために、受け継がれてきた技があります。

水で溶いた砂を鋳型の表面に筆で置いていきます。
砂の目の細かさや、置き方によって、鋳肌の表情は大きく変わります。


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古びた鉄の質感が出るように、肌は、あえてデコボコに…


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「虫食い」と呼ばれる小さな穴。鋳型の表面に、炭の粒を置いて作りました。

枯れた趣きをもつ鉄瓶の肌。そこには「茶の心」が宿っているのです。

 

弐のツボ 意匠に遊び心あり


盛岡手づくり村 蔵

つづいて「かたち」に注目です。

大正時代に作られた鉄瓶。全体が竹をモチーフにデザインされています。

鉉(つる)と呼ばれる取っ手は、竹の枝を二本合わせた瀟洒な形。

つまみも竹という凝りようです。

 

十代目小泉仁左衛門さんは、細部にいたるまで「かたち」にこだわり続けています。

小泉さん 「胴の部分だけじゃなくて、蓋(ふた)、つまみ、それから鉉の形… これらが、鉄瓶の”かたち”の大きな要素なんです。『趣向を凝らす』という言葉がありますが、それはある意味で、作者にとっては、一つの『遊び心』じゃないかなと思うんですよ」

 

鉄瓶鑑賞・二の壺、「意匠に遊び心あり」

 

鉉は、「鉉鍛冶」と呼ばれる専門の職人が作ります。

田中二三男さんは、盛岡でたった一人の鉉鍛冶。

丁寧に作られた鉄瓶の鉉には、ちょっとした秘密が隠されています。 よく見ると、内側に合わせ目があります。中は空洞。軽くて、熱くなりにくいのです。


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鉉は、鉄を叩いて、少しずつ丸めて作ります。
このように中が空洞の鉉は、「袋鉉」と呼ばれます。

完成した袋鉉(ふくろづる)。この古びた表情も、鉄を叩くことで作り出すものです。

こんな鉉もあります。

穴を空けて、風化した鉄の質感を出しながら、熱を逃がす効果も高めています。

作り手の遊び心を伝える、もうひとつの部分。それが、つまみです。

このつまみ、中に小さな鉄の玉を仕込んでいます。

仁左衛門さんの仕事場には、様々なつまみの木型が残されていました。

小泉さん 「つまみですが、具体的に言うと、これは瓢箪をモチーフにして作ったのものです。これは、ご覧いただけば分かるとおり、松の実を元にして作りました」

柚子を思わせる鋳肌。つまみは、柚子の枝をかたどっています。

六角形の不思議な形をしたクチナシの実も、つまみの定番の一つ。どのつまみも、下の方がくびれて、持ちやすくなっています。

 

胴体の形にも工夫があります。裾広がりの大きな鉄瓶。囲炉裏で使われてきました。 鋳肌が煤で汚れないようにと考え出された形です。 文様を描く部分が広くなり、自由奔放な表現が花開きました。


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豊かな「遊び心」が溢れる作品をもう一点。大正時代に作られた巾着形の鉄瓶です。
鉄で布の柔らかさを表現しました。 紐をかたどった鉉は、手で持った時の柔らかさも考えています。

作り手たちの遊び心は、機能と美しさを兼ね備えた「かたち」を作りだしてきたのです。

参のツボ 使い込んだ姿を愛でる

錆もまた味わいのうちです。

鉄瓶の表面は、使い込むほどに、かすかな錆に覆われてきます。毎日、布巾で空拭きするだけで、この風合いが生まれるのです。

前田千香子さんは、日本茶や中国茶の焙煎師。いわばお茶のソムリエです。

三年間、毎日お湯を沸かしてきた愛用の鉄瓶は、うっすらと赤味を帯びています。

前田さん 「使い込めば使い込むほど良くなります。使っている人が、毎日沸かして、磨いたりしているうちに、肌の色合いも、どんどん変わってきて… 初めは工房の人が作ったものかも知れないけれども、使っている人それぞれが育てていく。鉄瓶はそういう道具だと思います」

鉄瓶鑑賞、三つ目の壺。「使い込んだ姿を愛でる」

十年以上使い込まれた鉄瓶。

表面を薄く覆う錆が、趣をそえています。しかし、鉄を深く蝕む赤錆は防がなくてはいけません。実は、鉄瓶には、特別な仕上げが施されています。

漆を焼き付け、赤錆を防ぐ膜を作ります。

完成したばかりの鉄瓶は、輝くばかりの光沢をまとっています。

さらに、お茶と鉄さびを混ぜた液体を塗ります。

漆と化合して赤錆を防ぐ効果を高め、独特の風合いも生み出します。

 

このあと、少しずつ変化しながら、深い味わいを身に付けていきます。使い込まれた鉄瓶には、作り手の予想を越える美しさが生まれると言います。

熊谷さん 「永いこと火に掛けて、人が触ったりしているうちに、鉄の地の色って言うか、使い込まれた磨かれた色って言うんでしょうか、そういうものが出てきます。永く大事に使っている方のは、本当にきれいなので、それ見たときはすごく嬉しいなと思います」

熊谷さんの工房には、三世代・六十年以上に渡って使われてきた鉄瓶があります。

時だけが与えることのできる鉄の風格です。


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変化するのは、外側だけではありません。

使い込まれた鉄瓶の内部。
白っぽくなっているのは、水に含まれるカルシウムが付着したからです。 カルシウムは赤錆を防ぐだけでなく、お湯の味を良くする働きもします。磨いて落とす必要は無いのです。


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鉄瓶の本当の名品はどこにも売っていません。

毎日使い続けることで、自分だけの名品を作ることができるのです。

今週の音楽

 

曲名
アーティスト名
Telephone Ron Carter ,Jim Hall
Little brown jug Super Trombone
Little brown jug Stan Getz
Don't take me your love from me Milt Jackson & Coleman Hawkins
When I fall in love Art Farmer
Season of the rain Roby Lakatos
Tuxedo junction Super Trombone
The st. vitus dance Horace Silver Quintet
Moonlight seranade Glenn Miller orchestra
My melanchory baby Matt Dennis
Will you still be mine ? The Red Garland Trio
A nightingale sang in Berkeley Square Anita O'day