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File22 風呂敷

 

壱のツボ 柄はめでたく願いを込めて

古くから日本人の暮らしに欠かせなかった風呂敷。そもそも、お風呂と何か関係があるのでしょうか?

時は室町時代。都では、大きな館や寺院に、蒸し風呂が作られました。
武士や貴族たちは、脱いだ着物を布に包み、入浴が終わるとその上で着替えをしました。

風呂で敷いたから風呂敷。それが名前の由来といわれています。湯上りの女性が風呂敷包みを抱える、粋な姿。
江戸時代になると銭湯が流行し、庶民の間に風呂敷が普及します。やがて、ものを包む布のことを、風呂敷と呼ぶようになりました。

 

贈り物を包む、荷物をまとめるなど、風呂敷は、人々の暮らしに欠かせないものになってゆきます。そして、木綿や麻で作られた布地は、さまざまな絵柄で飾られるようになりました。

まずは、風呂敷の文様に注目です。泥棒のイメージが強い、唐草文様の風呂敷。どうして泥棒とこの文様が結びつくようになったのでしょうか?


じつはこの風呂敷、明治から昭和にかけて大量生産されたものでした。

手ぶらで忍び込んだ泥棒は、まずタンスから大判の風呂敷を見つけだします。

大きな荷物を持って逃げるのに適した風呂敷といえば、たいていはこの唐草文様の風呂敷だったというわけなのです。

 

それにしても、唐草の柄はなぜ人々に好まれたのでしょうか。

宮井株式会社 久保村正高さん 「唐草の柄自体は、四方八方に伸びて限りがない、延命長寿で非常におめでたい柄なんです。当時は、嫁入り道具、夜具地なんかは大きな風呂敷で包んだんですが、それが唐草の柄でした」


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古代エジプトで生まれた唐草文様。シルクロードを通って日本へ伝わり、江戸時代には、風呂敷の柄として定着しました。生命力が強いつる草に、人々は長寿や繁栄の願いを込めたのです。唐草などのめでたい文様は「吉祥文様 (きっしょうもんよう)」と呼ばれます。

 

身近に使う風呂敷に、人々は縁起のよい吉祥文様をあしらうようになりました。

風呂敷鑑賞 一のツボ、「柄はめでたく願いを込めて」。

 

島根県出雲市。昔ながらの風呂敷作りが行われています。「出雲の嫁入風呂敷」。大判の木綿を、藍で染めた風呂敷です。


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かつて、裕福な家は、婚礼にあたって豪華な風呂敷をあつらえました。風呂敷は、大切な婚礼道具のひとつ。この地方では、今もその伝統が引き継がれています。

千年もの長寿を誇る鶴と、冬も緑を保つ松。中央の家紋を取り巻くのは、すべて、吉祥文様です。春一番に花を咲かせる梅。力強く成長する竹。亀もまた、長寿を象徴しています。
嫁いでゆく娘の幸せを願って、このようにめでたさを尽くした柄が選ばれました。

 


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長田茂伸さん 「子供が生まれたときに、おばあさんが、婚礼のために、生まれたときから注文すると。風呂敷だけは持たせる、というような気持ちですかね。」

 

婚礼の際に持参する風呂敷は、いわば「一生の宝」。冠婚葬祭さまざまな場面で使い続けられました。

こちらは、江戸時代後期の風呂敷。この風呂敷を飾る吉祥文様は、「宝尽くし」です。福を招く、たくさんの縁起物が並べられています。

こちらは、「宝鑰(ほうやく)」。大切な財宝を守ってくれる、蔵の鍵です。


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「丁字(ちょうじ)」。香辛料のクローブのことで、薬としても珍重されていました。

そして、「隠れ笠」。これを被れば、姿を消して身を守ることができます。
さまざまな用途に使われた、身近な布・風呂敷。その柄に、人々はありったけの願いを込めたのです。

 

弐のツボ 包んで魅せる美しさ

家紋入りの風呂敷を、一点一点注文で作っている、京都の染物店。掛札英嗣さんは、「印染め(しるしぞめ)」職人。印とは、家紋のことです。

 

こちらは、結納などに用いられる、格式の高い、絹の風呂敷。ここでも、家紋は、ナナメに入っています。 なぜなのでしょうか?

掛札さんに、実際に包んでもらいました。

これは、贈り物を届ける時の、「平包み(ひらづつみ)」。結び目を作らない、礼儀を重んじる包み方です。ナナメに入っていた家紋は、贈る相手に対して正面を向きます。

掛札英嗣さん 「家紋というのはそのお家を示すものですから、家紋そのものが、プレゼントされる方のお家の印、ということですから、その印を正面に、というようなことだと思います。」

この風呂敷では、家紋そのものが重要なメッセージ。贈り物を届ける際の改まった気持ちを表しています。


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では、タテに家紋が入っていた風呂敷は、どのように使われたのでしょうか。

例えば、祭の時に出す料理の重箱に、こうして掛けて使われました。家紋を見れば、どの家の差し入れなのかが、一目でわかります。風呂敷は、包む時の形や目的を考えて、作り分けられてきたのです。

 

風呂敷鑑賞二のツボ  「包んで魅する美しさ」。

それでは、包みの技が生み出す美をご紹介しましょう。

風呂敷を現代の暮らしに生かそうと、さまざまな包み方を研究してきた、森田知都子さん。

 

まずは、ワインのびん2本を包んでみます。


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風呂敷を広げ、握りこぶしひとつ分ぐらい、間を空けてびんを置きます。そして、くるくると転がし、びんを立てて上の端を結べば、出来上がりです。

こちらが使った風呂敷。赤と白の二色で染め分けられています。

 

風呂敷は、ものを包んだとき、意外な配色の効果を生み出すのです。

次は、長い箱。これでは、両端が届かず、結べません。こんな時は、たっぷり余っている方の
端と端とを交差させ・・・ このように、となり同志を結びあわせます。
ちょっとした工夫で、長いものでも小さい風呂敷で包むことができます。

 

使った風呂敷は、異なる色で両面が染められたもの。裏地の色が、全体に、彩りのアクセントを添えます。

「四つ包み」。重いものをしっかりと包みたいときに使います。

中に入っているのは重箱。そして、使った風呂敷はこちらです。

四つの角を、それぞれ染め分けたデザイン。包むと、4色の角が結び目に集まって、華やかな雰囲気を生み出します。

ふろしき研究会代表 森田知都子さん 「風呂敷って広げると平面なんですが、中に物を置いて手で包むと、違う表情になるんですよ。
永遠に残る形じゃないですね。包み上がったんだけども、あ、きれいだな、と思うんだけど、それをどなたかに贈り物として届けたそのあとは、結果的にほどかれてしまう。だからとても切ない感じなんですけど、その切なさがいいんじゃないかな。」

 

風呂敷には、モノを包んだときにだけ現れる、変幻自在の美が秘められています。

参のツボ 刺し子は母の手のぬくもり

最後に、とっておきの風呂敷をご紹介しましょう。

千葉県船橋市、豊田満夫さんのお宅。屋根裏には、40年にわたって集めた風呂敷のコレクションが、ぎっしりと積み上げられています。

東京・日本橋の木綿問屋に勤めていた豊田さんは、骨董市などをこつこつとまわり、およそ3000枚の風呂敷を買い集めてきました。

特に力を入れて集めたのが、行商などに使われていた、大判の風呂敷。こうした、ふだん使いの風呂敷は、それぞれの家で手作りされていました。

重い荷物を繰り返し運んでも破れないよう、補強のためのステッチがほどこされています。「刺し子」と呼ばれる技法です。


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豊田満夫さん 「この、刺し子ですね、奥さんたちが、糸で針で刺して、そういうことを考えると大変な仕事ですよね、それと同時に、ご主人に対する愛情とか、家庭的な雰囲気もわかるし、なんかほっとするような感じ。」

 

補強と装飾を兼ねた、刺し子。それぞれの家庭の中で女性たちによって受け継がれてきました。

風呂敷鑑賞 三のツボ、 「刺し子は母の手のぬくもり」。

この見事な風呂敷をご覧下さい。刺し子の名人と呼ばれた、金津ちかさんが昭和40年代に作り上げたものです。

角を飾るのは、菊の文様。先に行くほど針目が細かくなるため、いたみやすい角の補強に最適です。庶民の手から手へと伝えられた知恵です。


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そして、中央にもご注目。二つの布を縫い合わせた継ぎ目があるのがおわかりですか。


じつは、庶民がふだん使う風呂敷は、着古した着物をいったんほどき、継ぎ合わせて作っていました。着物は、ほどけばまた反物に返ります。

 

その幅は34センチ。風呂敷の大きさは、この幅を基本として、二巾 (ふたはば)、三巾(みはば) と反物の幅の倍数になっています。

かつて貴重だった木綿の布。風呂敷は、暮らしの中で、布地を大切に再利用しながら作られていたのです。
 

金津美智子さんは、刺し子の名人だった金津ちかさんの、義理の娘に当たります。  

姑のちかさんから教わった刺し子の技法を受け継ぎ、40年もの間、家事や育児の傍ら、風呂敷を作り続けてきました。

 

金津美智子さん 「手が止まないんですけど、朝、子供を学校にやらなきゃいけないし、ある程度、12時1時2時っていうのはザラですからね。眠いっていうのは、全然感じなかったですね。」

母親が夜なべ仕事で作った刺し子の風呂敷。 縫い込まれた模様にも、じつはちゃんと意味がありました。これらも、すべて吉祥文様だったのです。

丸を重ねた「七宝つなぎ」。 重なり合って無限に続く図柄は、家庭の円満と発展を表します。


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「麻の葉」の文様。日に日に伸びゆく麻にあやかり、子供が丈夫に育つように願いました。

 

普段使いの刺し子の風呂敷。 家族の幸せを願う気持ちを一針一針縫い込んだ、母のやさしさに満ちています。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
I’M AN OLD COWHAND SONNY ROLLINS
NUAGES DJANGO REINHARDT
SIDEWINDER TURTLE ISLAND STRING QURTET
FIESTA PHILLY JOE JONES
DON’T BLAME ME JOHN LEWIS
THE MORNING AFTER CHICO HAMILTON
I’M AN OLD COWHAND SONNY ROLLINS
BLUES-ETTE CURTIS FULLER
OPUS AND INTERLUDE MILT JACKSON
KING PORTER STOMP WYNTON MARSALIS
PARISIAN THOROUGHFARE STEPHANE GRAPPELLI
LOVELEE LEE KONITZ
I’M AN OLD COWHAND SONNY ROLLINS
A NICE DAY CHICO HAMILTON
I’LL CLOSE MY EYES JIMMY SMITH
STARDUST ELLA FITZGERALD
BLACK BOTTOM STOMP WYNTON MARSALIS