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File21 蒔絵

 

壱のツボ 金が生み出す豊かな奥ゆき

暮らしを華やかに彩る蒔絵の器。光沢をたたえる黒の上に 金で施された繊細な模様。
漆黒と黄金がうみだす華麗な蒔絵は、日本独自に発展してきた技法なんです。

蒔絵は、まず漆で模様をえがきます。そのうるしが乾かないうちに金粉をまきつける。金をまくから蒔絵、なんですね。
蒔絵の技法は奈良時代には完成していたといいますから驚きですね。

平安貴族にとって、贅沢な蒔絵はステータスシンボルでもありました。

桃山時代、渡来した宣教師が注文して作らせた厨子。こうした品々はヨーロッパの王侯貴族たちを夢中にさせ、大量の蒔絵が輸出されたのです。

まずは金に注目してみましょう。

ツボを教えていただくのは古美術商の小西基仁さん。平安から明治・大正にいたるまで、あらゆる時代の蒔絵をあつかってきた目利きです。
見せて下さったのは室町時代の手鏡の箱。金の画面に松と梅が描かれていますね。いったいどこをみるといいんでしょう?


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じっと目を凝らす小西さん。なんと金の粒を見るというのです。
小西さん 「金粉が あの 使い方の違いによって絵に奥ゆきがでてくるんですけれども、そういうふうなところをみることが、ひとつの蒔絵のテクニックを見わける楽しみ。」

たしかに色や大きさが異なる金粉が使われています。

 

蒔絵鑑賞最初のツボは、「金が生み出す豊かな奥ゆき」。

金の使い方で遠近を描き出す、その技を味わいます。

漆器の産地として知られる石川県輪島。
漆器は、素地を作る人、うるしを塗る人など分業で作られます。蒔絵を施すのは蒔絵師と呼ばれる職人さん。その熟練の技をみせてもらいましょう。

 

描くのは山水の図案。この文様に、どうやって奥ゆきをだすのでしょうか。

 
山全体にうるしを塗ったあと、そのまわりに金粉を置きます。

そして山にむかって筆で金粉をはきかけます。

 

稜線はくっきりと、裾野に向かっては霞んでいくように、筆の加減でグラデーションを作るのです。

遠くの山にはごく薄くまきます。


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金粉の密度をかえることで遠近感がうまれました。

金粉の種類にも秘密があります。川の上に撒く金粉は、山に撒いたものとは形が違います。 平目粉と呼ばれる、不規則な平たい形の粉で、水面のきらめきが生れます。

一方山には丸い均一な金粉が使われ、やわらかな霞があらわされています。金粉の種類や蒔き方で、平面に見事な奥ゆきが生まれました。


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さらに、蒔絵は、立体的な奥ゆきをも表現できます。
文様を盛り上げる「高蒔絵」とよばれる技法。炭の粉をまきつけて、厚みをだします。乾燥させては塗り重ねる作業を繰り返すため数ヶ月かかることもあります。


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最後に金をのせると、文様が手前に立ち上がってきます。

水守さん 「花が一番手前に来ますよね。ぱっと見。ですから背景より幹よりもう一段こっちにくるようにするには、きりっと/ やっぱりこう より高く、際をはっきりさせることでこちらにくるんで。」

くっきりと立ち上がる花びら、葉。そこにはわずか百分の一ミリ単位で段差がつけられています。卓越した技が奥ゆきをさらに深めていたのです。

では、古く鎌倉時代の名品をご紹介しましょう。

描かれているのは秋の野山の情景です。岩間を流れるせせらぎ。奥から手前へと、微妙な高低差が高蒔絵で表されています。

千鳥の背景まかれたまばらな金は、吹きぬける秋風を表現します。

金を自在に使いこなし、奥ゆきを描き出す技の素晴らしさ、おわかりいただけましたか?


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遠山記念館所蔵

遠山記念館所蔵

遠山記念館所蔵
 

 

弐のツボ 漆黒に金の響きあり

こんどはもうひとつの主役・黒に注目です。漆器を愛する版画家・木田安彦さん。

集めているのはおもに江戸時代の品々。椀や重箱などかつて暮らしのなかで使われていたものです。

 

こちらは江戸初期の弁当箱。実用につくられた古い蒔絵には、金はそれほど多く使われていません。しかしこの黒と金のコントラストに、木田さんは魅力を感じるといいます。


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木田さん 「使い方を間違いますとね、非常に下品になるんですよ。だけど、もっとも なんといいますかね、最高に美しいものの色の取り合わせは取り合わせはなにかというと、やっぱり黒と金だと思うんですね。金と黒のバランスがいかにあるかによって その作品のうまくいったかいってないかががきまってしまう。」

 

艶やかな漆の黒に浮かび上がる金の模様。

蒔絵鑑賞二つ目のツボは 「漆黒に金の響きあり」。

京都・東山にある高台寺。豊臣秀吉とその妻ねねの菩提寺です。

二人を祭る霊屋は、扉や階段まで蒔絵で飾られています。高台寺蒔絵とよばれ、それまでの伝統にとらわれない新しい表現です。

自然の情景をそのまま描くのではなく、背景となる黒の画面を生かし、金のススキと家紋が印象的に散らされています。黒と金の明快な表現は、桃山時代の人々に好まれました。


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高台寺所蔵
こちらはねねが愛用した手箱。斜めの線でふたつの画面を切り替える斬新なデザイン。 「片身替り」と呼ばれます。大胆にして優美。黒と金が見事に響きあった逸品です。

かの文豪・谷崎潤一郎もまた、蒔絵の美しさに魅せられた一人です。谷崎は、ろうそくのほのかな明かりの下で、蒔絵本来の魅力を見出しました。

「金蒔絵は明るいところでその全体を見るものではなく、模様の大半を闇に隠してしまっているのが言い知れぬを催すのである。ひとつの灯影を此処彼処に捉えて、細く、かそけく、ちらちらとと伝えながら、夜そのものに蒔絵をしたような綾を織り出す」

 

漆黒と金にこめた日本の美。堪能していただけましたか?

参のツボ 意匠にものがたりを読む

最後は蒔絵のデザイン、意匠です。

こちらは漆黒の吸い物椀。蓋を開けると。。。大きな丸いお月様に波模様が描かれています。蓋にたまる水滴を水面にみたてる意匠。月に輝く海原の情景が広がります。

 

この椀をデザインした安藤五十治さん。器の形から設計し、そこにどのような文様を描くか、意匠を考えていきます。安藤さんは、蒔絵の意匠にはさまざまな意味が込められているといいます。

安藤さん 「文様はただ綺麗なだけじゃなくて、描こうとするモチーフの本質を捉えて、なおかつ何をどのように器に描いていくか、描くことによってかたちも含めて 器全体でひとつの物語をつくる それが私の考える意匠だと思うんですね。」

蒔絵鑑賞最後のツボは、 「意匠にものがたりを読む」。

蒔絵にこめられたドラマを味わいます。


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東京国立博物館所蔵

まずは、意匠の天才、尾形光琳の名品をご覧いただきましょう。伊勢物語を表した硯箱。全面に蒔絵で杜若が描かれ、花びらには螺鈿が使われています。

都を追われた男が橋のたもとで涙をながすという一場面。大胆に横切る橋板をたどっていくうちに、物語の世界に誘い込まれるようです。

 

 


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東京国立博物館所蔵
この硯箱最大の魅力は、あけてみないとわかりません。
硯のさらに下。そこには、流水紋様が描かれていました。橋の下の、川の流れを表しているのです。

江戸時代、意匠を競い合うといえば、印籠。そのほとんどは、精緻な蒔絵で模様がほどこされています。

こちらの印籠に描かれているのは装束を身に着けた猿。でも、猿回しの猿ではありません。

 

その正体は、印籠をかえすとわかります。裏側には馬がえがかれてますね。
馬を引く猿は、駒引き猿と呼ばれています。

猿は古くから馬の守り神とされてきました。そのため馬を大事にした武士たちが特に好んだモチーフなのです。

 

安藤さん 「絵の後ろ側にある真意 あるいは本質というか いわれを知って絵をみていくと、ものすごく自分自身の絵をうけとる世界が広がってくると思うんです。」


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こちらは大根とねずみ。実は江戸時代から食器によく使われた絵柄です。いったいどんな意味だとおもいますか?

 

大根は大黒様の掛詞。ねずみは子沢山の象徴。

つまり家族がさかえ、健やかであるようにという願いをこめられているのです。

華やかな手箱から暮らしの器まで、蒔絵の金の輝きは、それを愛した人々の思いをものがったています。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
AUTUMN IN NEW YORK THE MODERN JUZZ QUARTET
C JAM BLUES RED GARLAND
NIGHT TRAIN OSCAR PETERSON
IN YOUR OWN SWEET WAY MILES DAVIS
HERE'S THAT RAINY DAY BILL EVANS
ON A SLOW BOAT TO CHINA SONNY ROLLINS
WHAT'S NEW WES MONTGOMERY
ROUND MIDNIGHT THELONIOUS MONK
WHEN YOU WISH UPON A STAR KENNY DREW
MY IDEAL KENNY DORHAM
MORITAT SONNY ROLLINS
MY FOOLISH HEART BILL EVANS
AUTUMN LEAVES BILL EVANS