涼しげな清流での釣り。
ハイテク素材が主流の今でも、和竿の愛好者は少なくありません。 和竿とは竹に漆を塗って作られた、日本の伝統的な竿です。 釣り道具ということにとどまらず、竿師と呼ばれる職人が技巧をつくして作った工芸品でもあります。
クリックで拡大表示 和竿美術館 蔵
和竿の中で最も歴史の古いものが「京竿(きょうざお)」。江戸時代初期に生まれました。 横笛のような“笛巻き(ふえまき)”と呼ばれる雅な装飾が施されました。
こちらは山形の「庄内竿(しょうないざお)」。装飾を抑え、竹の持つ質感をそのまま生かした作りです。
和歌山の「紀州竿(きしゅうざお)」はヘラブナ釣り専用の竿。細くしなやかな竿は多くの釣り人をとりこにしています。
そして、「江戸和竿(えどわざお)」。漆を何度も塗り重ね、飴色の光沢を放っています。
まずは素材に注目。そう、“竹”です。
日本は、豊富な種類の竹に恵まれた国。でも、竹なら何を使ってもいいというわけではないんです。
ツボを教えてくださるのはこの方。六代目 泰地屋東作(たいちや・とうさく)さん。
泰地屋東作さん 「竹は節があって丈夫ですから、節ってのは重要ですね。まず、節と芽を見ます。」
和竿鑑賞、最初のツボ 「善し悪しは節を見よ」。
東作さんは江戸和竿の創始者といわれる初代から、その技を受け継いできました。 東作さんの手になるマブナ竿は15本継ぎ。 その一本一本はどれも3つの節を持つようにそろえられています。
節が一列に並ぶ、均整のとれた美しさ。繊細な漆塗りが、はなやぎを加えています。
泰地屋東作さん 「二段節って言いまして団子みたいに溝も深くなるし、見た目も悪い。絶対使っちゃいけないって修行時代から言われました。楕円形、円に近い方が力が平均する。こういう風にそろった節だと力のむらが無いし、すべてが強い。魚を釣るいい条件になる。」
美しい節は機能的にも優れています。そのため竿師は厳しく竹を選別します。
泰地屋東作さん 「だいたい10年くらいかかる。1万本に1本、さらによって何千本何万本に1本ってことになる。そうは無いんですよ。」
クリックで拡大表示
無数にある竹の中から竿師は、形や強さ、風合いを確かめながら、たった一本を見極めるのです。
こちらは、東作さんのタナゴ竿。並べると節が縁起の良い末広がりになります。凛とした竹本来の優美さと力強さがきわだつ一品です。
泰地屋東作さん 「仕上がって見たときの美しさと品格。ただごてごて色塗った見た目のきれいさでなく、落ち着いた中に品格があってその上で竿本来の調子とか力とかバランスとか加味されているとピカ1.そういうのねらってます。」
トップへ
続いての見所は、竿師が施したさまざまな細工です。江戸後期、釣りが庶民の娯楽として広まるにつれ、たくさんの種類の竿が作られるようになりました。趣向をこらした自分だけの一点モノを欲しがる客も少なくありませんでした。
長谷文彦(ながたに ふみひこ)さんは 和竿ファンの間でちょっと名の知れたコレクターです。
長谷さんのコレクションはなんと100本以上!
その中におもしろいものがありました。
長谷文彦さん 「ちょっと見ていただこうかな、キセル筒煙草入れ、これが竿です。」 全長1メートル20センチ。それが6つに分かれてすべてすっぽりキセル入れにおさまる、という竿です。
どうしてこんな継ぎ竿が生まれたんでしょうか?
長谷文彦さん 「町の商家の旦那が、表だっては釣りとは言わないものの、釣りがしたい。 大きくなりますと手代や番頭や丁稚が奉公してます。建前上これから釣りいくよってこんなもの肩にかけてったら、家の旦那また釣り行ってるよってしめしがつかない。で作ったのがこういうとこにしまえる短い竿。粋以外なんでもない。」
そうです、粋なんです。二つ目のツボは職人の粋な技(わざ)を味わう。
そのコレクションは80本に及びます。中からとっておきの竿と言って見せてくれた一品。 うーん見かけは、ふつうの和竿に見えるんですが・・・・
この竿を持って釣りに出かけた秋水さん。 のばして使っていた竿を、分解して手元の部分にしまうと・・・
なるほど、ステッキついて小粋に釣りへ。持ち主のそんな姿が目に浮かぶようです。
もうひとつ秋水さんのコレクションから。
こちらはキス釣り専用の竿。二本組です。長さも、節の位置もまったく同じに作られています。
でも、なぜ2本組みなのかわかりますか?
江戸っ子は、ハゼやキスなどの小物はなんと両手で釣っていたんです。
両手で次から次へと釣り上げて魚の数を競う。それが粋でした。
この竿には釣り糸を調節するための独特な細工が施されていました。手元には和竿にはあまり見られない糸巻きが取り付けられています。
そして糸を竿の中に通すため、節を抜いて竿の先から糸が出るようになっています。
こうすれば糸がたるんだり、からまってしまうことなく、見た目もすっきりとした竿になります。竹の節を正確に抜くためには細い鉄線を使います。 鈴木秋水さん 「こういう風な針の先のとがった部分にします。膝に置いて徐々に入れていきます。」
節の部分は微妙に曲がっているため、気をつけないとすぐに刃先が外に飛び出てしまいます。
鈴木秋水さん 「カンですね、まさしくカン。音がコリコリって抜ける前兆。竹の性格を分かってないとできない。」
経験と知識が必要な熟練のワザ。
釣りに粋を求める人々に職人たちは技術で答えてきました。
竿はやっぱり、使ってみないとわかりません。
釣り人にとって和竿ならではの魅力って、どこにあるのでしょうか?
釣り人 「竹の持ってるパワー、その反発力、自分の力で引くんじゃなくて溜めておくことによって竹が自然と魚を寄せてくれる。それがぜんぜん違うところ。」
和竿、最後のツボ。 「美しい“しなり”に極意あり」。
紀州竿はこの域で採れる良質の竹を利用して大正時代から作られ始めました。 今も若い弟子をかかえる紀州竿の工房です。親方の城英雄(じょう・ひでお)さんはこの道40年。
城さんが竿の先端に用いるのは弾力性のある「真竹(まだけ)」。一方、2番目の部分には堅くて力強い「高野竹(こうやちく)」を使います。
そして手元の太い部分には曲がりの少ない「矢竹(やだけ)」。 性質が異なる3つの竹を組み合わせることで紀州竿は究極のしなやかさを実現しました。
ではどうして紀州竿には特に”しなり”が必要なのでしょうか? ヘラブナ釣りは、釣った魚を生きたまま水に返す釣り。魚を弱らせることなく釣り上げることが大切です。
城英雄さん 「しなやかな性質を生かさなきゃ力でしか寄ってこないと魚にも負担か ける。ずっとなんの力も入れずにゆっくり上げていく。自然に魚が浮いてくる。これが紀州のヘラ竿の一番の特徴。」
美しい竿のしなりは、釣り人だけでなく魚にも負担をかけないのです。
城英雄さん 「作っている時は竿は作者の特徴が色濃くでる作品なんですが、お客の手元にわたってからはお客の色に染まる。ある程度使い込んで使い込んでもう一回火入れで根性入れ直して一段良くなったねと言われることが多い。」
美しい和竿のしなりは職人が、計算し尽くして生み出した造形美なのです。
NHKオンライン│個人情報保護について│著作権保護について│ご意見・ご感想 Copyright NHK(Japan Broadcasting Corporation) All rights reserved. Please note that any images on our WEB pages contain a digital watermark. 許可なく転載を禁じます。このホームページでは電子すかしを使用しています。