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今回のテーマ「近鉄宇治山田駅の謎」

伊勢市の表玄関、近鉄宇治山田駅は伊勢志摩と名古屋や大阪を結ぶ鉄道の拠点。コンクリート造りのレトロな洋風建築の駅舎には謎めいた場所がいくつかあるそうです。その謎に迫ります。(山本 調査員)

調査のあしあと

さっそく駅事務室を訪ねると応対していただいたのが入社以来40年以上、ずっと宇治山田駅に勤務しているという蜥J博(やなぎだに・ひろし)さん。まず、駅名の宇治山田について伺うと内宮周辺の宇治町と外宮周辺の山田町が合併してできたのが宇治山田市で、駅ができた昭和6年当時は宇治山田市だったことからこの名がついたといいます。

さらにこの駅には今は使われていないおもしろい場所があるということで案内していただきました。案内されたのは、3階にあるプラットホームのさらに上の階に作られた部屋。実はこの部屋は駅の開業当時消防署として使われていたそうです。部屋にある木製の垂直に近い階段を上ると消防署だったころの唯一の名残の火の見やぐらに出ました。伊勢市消防本部の大西邦生次長は「通信手段が発達していなかった当時は高い場所から火事の発生を警戒するのが重要でした。町が見渡せる駅の上は消防署に適していたのではないでしょうか」とおっしゃっていました。
次に蜥Jさんが案内してくれたのが3階のホームのわきにある転車台。昭和36年当時、宇治山田駅は伊勢志摩の終着駅でした。このため志摩方面に向かう観光客はこの駅からバスに乗り換える必要がありましたが、近鉄では乗り換え客の便宜のために3階のホーム脇までスロープを上がったバスが転車台で方向転換し客を乗せて志摩方面に向かいました。その後、鳥羽線が開通したころからしだいに使われなくなり平成6年にその役割を終えました。

調査結果

今から80年前の昭和6年に、大阪と伊勢を結ぶ当時の参宮急行電鉄の終着駅として建てられた近鉄宇治山田駅は、当時としては珍しいヨーロッパの建築様式を取り入れた鉄筋コンクリートの一部5階建ての建物でした。クリーム色のタイルの外壁に陶器製の装飾がはめ込まれた柱、それにスペイン風の瓦などが特徴で、国の登録有形文化財に指定されています。当時の面影を今に伝える駅舎には、一部が消防署として使われていたころの名残の火の見やぐらやバスの方向転換に使われた転車台など長い歴史の間に使われなくなったものが、今も駅の片隅にひっそりと残っていました。