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ディレクター’sメモ

初回放送日:2020年2月21日(金)

ディレクター'sメモ

■教室に飛び交う言葉にひそむものとは・・・

 「最近、悪口が多いです。やめましょう!」
 番組でも紹介した、川崎市立東菅(ひがしすげ)小学校5年1組の帰りの会での一幕です。このような光景は、私自身も記憶にありますが、学校生活で多くの方が経験したのではないでしょうか。そして、一時的には止まっても、先生のいないところで悪口は続いていく・・・。

 「人が、他の人を差別したり中傷したりするのは、なぜか?」その問いの本質を考えようと言うのが、今回の「「あいつ、変じゃね?」の授業でした。担任の渡邉信二先生は、以前から、時おり教室で聞こえる「あいつ、変じゃね?」という言葉に強い違和感を持ってきました。子どもたちは、特に悪気なく、少し“変わった”言動をしたクラスメートに、「お前、変じゃねー!」と笑いながら言います。しかし渡邉先生は、この言葉の奥底に、他者を排除する「いじめの“芽”」を感じ取っていたのです。

 クラスが始まって8か月。人間関係に慣れたがゆえの“ゆるみ”を感じ始めた子どもたちと、その奥底にひそむものに危機感を持った先生。双方のタイミングが合致して、今回の「あいつ、変じゃね?」の授業がスタートしました。

■「あいつ、変じゃね」を分析し、“差”から“違い”へ

 いきなりですが、授業の結論を言います。それは、他者や自分の捉え方を、「“差”から“違い”へ」と変化させることです。番組では詳しく触れることができなかったのですが、「あいつ、変じゃね」と他者を排除する根本には、自分は“普通”または“正しい存在”であって、そんな自分と比べて、他者は“変”または“間違った存在”だという認識があるからです。

 それを、他者は個性や特性といった“違い”のある存在であって、差別したり中傷したりする対象ではない、という考え方に変えていこうと言うのです。しかし、言うは易く行うは難し。“人類の課題”とも言うべき壮大な課題に、どう挑戦するのか。渡邉先生と5年1組の子どもたちは、以下のステップを踏んで考えていきました。
(渡邉先生の許可を得て、簡略化しています)

授業進行注意点
Step1 “変”とされる理由を分析する
【教材:NHKいじめを考えるキャンペーン「FACES」

●いじめられた経験のある世界中の人々の証言集「FACES」を視聴する。
(今回は、様々な理由のある21人分を視聴)
●視聴しながら、証言者が“変”だとされた理由を書き取る。

●「“変”の理由」を分類する。
●「“変”の理由」を板書し、共有する。




←視聴前から、「いじめを乗り越えた体験」部分ではなく、「いじめが始まった理由」に着目することを伝えておく。
←「体」「人種」「家庭」など簡潔な表現でもOK!

←5年1組では、身体的理由・人種・性別・生き方・家族・障がい、などが挙げられた。
Step2 “変”とは?“普通”とは?を考える
●Step1を経て「考えたこと」を文章にする。
●「考えたこと」をみんなで読み合い、共有する。

←「“変”の理由」が、差別されたり中傷されたりするものではないことを共有する。
Step3 自分の“変”と向き合う
●Step1で挙げた「“変”の理由」が、自分の中にあるかを考える。


●「自分の“変”」を文章にする。

←ここまでに、「“変”は、“差”ではなく、尊重されるべき“違い”」であることを十分伝えておく。

←時間を取って、無理強いしない。具体的に書けなくてもOK!
Step4 自分の“変”を受け入れ合う
●「自分の“変”」を書いた文章を、みんなで読み合う。

●子どもたち同士で想いを聞き合い、共有する。

●授業全体を通した「感想」を文章にする。

←「あとで、この人の想いをもっと知りたい」など、目的を持ってお互いの文章を読み合う。
←読み合いで気になった人を子どもたちで指名し合う。勇気を持って発表した人に、評価の感想を送ることを忘れずに。

■Step1 FACESを食い入るように見ていた子どもたち

 ここからは、各ステップでの子どもたちに関する取材実感を書きます。Step1では、NHKが世界の公共放送と連携して制作している「FACES~いじめをこえて」を利用。渡邉先生が事前に視聴し、身体的理由や障がい、人種など、様々な「いじめの理由」を語る21人の証言をピックアップ。授業で視聴しました。

 実は内心、「小学生には、ちょっと難しいかな?」とも思っていたのですが、なんのその。子どもたちは、一人ひとりの証言を食い入るように見つめ、証言者が“変”とされたり、いじめられたりした「理由」を的確に書き取っていました。
 子どもたちが、そこまで没頭したワケ。授業後に子どもたちに聞いてみると、異口同音に話していたのは・・・。

「(証言者が)自分と似てるから・・・。」

 経済的に苦しい家庭環境、身長などの体の特徴、障がいなど、理由は様々ながら一様に話してくれたのが、この「共感」でした。表面上はいつも元気で、普段は意識していないかもしれないけれど、どの子どもも何らかの“痛み”を抱えて生きている。そのことを考えさせられる時間でした。

 渡邉先生は、学校ではこういう“負”の部分を避けて、「良いところを見つけよう!前向きに頑張ろう!」という“正”の部分に力点が置かれがちなことに危機感を持っています。人生では、どこかで“負”の部分を突き付けられ、キレイゴトだけでは上手くいかないときが来るからです。だからこそ、「“負”の部分も含めて、かけがえなのない自分の個性だ」と受け入れていってほしい。「あいつ、変じゃね」の授業には、そんな想いも込められていると言います。

■Step2 “変”に対する視点が変わっていく

 Step2では、FACESを見て「“変”の理由」を共有し、考えたことをそれぞれが文章にしました。そこで目立ったのが、「共感」したからこそ、子どもたちが「体験」を書いていたことです。例えば、

「かつて、あるクラスメートを“変”だと思っていたが、それはおかしなことだった。」

 中には、渡邉先生に対して「4月に出会ったときは、“この先生、変じゃね”と思っていた」と書いている子もいました(こんなことを書ける先生と子どもの関係にも感心しましたが・・・)。
 つまり、子どもたちの中で、“変”という言葉を、“差”ではなく、個性としての“違い”に捉え直していこうとしていることを意味していて、それが「体験」から書かれていたことに、子どもたちの“実感”を見た気がしました。

 さらに教室では、「“変”って、誰がどうやって決めるの?」という問いから、番組では紹介しきれなかったのですが、「じゃあ、“普通”って何なの?」という議論まで発展しました。当初、多くの子どもたちは、「「普通」という言葉に疑問を感じたことない」と答えていました。しかし、「変」や「普通」を深く考えるうちに、子どもたちは以下のような発言をするようになりました。

「例えば、障がいのある人や外国で生まれた人にとっての“普通”と、自分の“普通”は違うのでは?」
「自分を基準に置くかどうか(で変わってくる)。」


「普通」という言葉を「普通」に使っている私自身、改めて考えさせられる議論でした。もうこの言葉、「普通」には使えません・・・。

■Step3 「自分の“変”」と向き合う戸惑い・・・。

 「きみの中に「変じゃね」ってある?」という先生の問い。番組では分からないかもしれませんが、やはり、子どもたちには動揺が走ったように感じました。実際、「自分の“変”」を文章にする課題が出たあと、子どもたちからはこんな声が聞こえました。

「みんなにどう思われるかを思うと、自分の“変”を出すのは怖い。」
「自分の弱みを全部さらけ出す人なんて、いない。」


 そりゃそうです。自分のコンプレックス、しかも、いじめの“理由”にされかねないことを、みんなに知られるのですから。当然、鉛筆がなかなか進まない子もいる。中には、自宅で3時間をかけて書いたという子もいました。
 しかし、みんなができる限り(!)「自分の“変”」と向き合った結果、クラスに、ある“空気”を生み出すことができたのです。

■Step4 勇気を持って語った「自分の“変”」が作った“安心安全の空気”

 結果的に、子どもたちは「全部」ではないかもしれませんが、かなり踏み込んだ「自分の“変”」を文章にして語り合いました。性格や身体的な悩み、ルーツ、中にはかつてのいじめを告白する子も出ました。その背中を押したものは何だったのか、授業後に子どもたちに聞くと・・・。

「みんながつらいことを話してくれたから、自分も話したいと思った。」
「怖かったけど、同じ悩みを持っている人がいると分かったから。」
「このクラスは何も言わずに、うんうんって聞いてくれるから。」


 これらの言葉に共通しているのは、この授業を通してできた「安心感」でしょうか。「“変”は立場によって変わる。」「“差”から“違い”へ。」「誰もが“変”を持っている・・・。」そのことを一緒に学んできた皆なら受け止めてくれる。その“安心安全の空気”が作られていったからこそ、最後の「自分の“変”を受け入れ合う」ということに結び付いたのでは?と、私は感じました。
 その意味では、答えの決まった道徳観を教え込むのではなく、「課題について、真剣に考える時間を共有する」ということが、クラス(や社会)に本当の意味での自由や安心を生み出すのかも、なんてことを思いました。

■「あいつ、変じゃね」から、子どもたちが学んだものは?

 最後に、「あいつ、変じゃね」の授業を通して子どもたちが何を思ったのか。番組でお見せできなかったものを紹介して、ディレクター’sメモを終わりたいと思います。

「誰もが、絶対何かしらの悩みを抱えていることを知りました。」
「みんなの悩みを知ることで、“この人はこうだから、こうしてあげよう”と気をつかうことができる。」
「この授業で得たのは、受け入れる器をでかくできたことです。」
「“変”を“個性”にして。“差”を“違い”として、向き合う!」
「(人と)違う道でもいい。どこかが自分を受け容れてくれる。ある日、いじめは過去になるから、自信をもって・・・。」
「みんなが“変”であるように。自分も“変”であるように。人を苦しめないように。
自分も苦しまないようにと、願い続けていきたい。」




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