街道の旅は、時間への旅でもあります。乗り物は使わず、歩きます。旅人の目に映ったものや肌と舌に感じたものすべて、歩く道のりでの想い、そうしたものの総体で「街道を歩く」楽しみを満喫します。 旅人・岩本輝雄の旅日記もお伝えします。
※「この日の旅日記を見る」から旅人・岩本輝雄さんの旅日記をご紹介していく予定です。
東海道の中で船渡しは、宮宿〜桑名宿と、舞阪宿〜新居宿。江戸時代ここは「今切の渡し」と名付けられ要所となった。当時、この宿に3か所の船着場があったが、現在も北雁下と呼ばれる当時の船着場が石畳のまま残っている。
箱根と並び関所のあった宿。関所は、舞阪宿との渡し場でもあり「海の関所」と言われた。平成14年、埋め立てられていた船着場を掘り起こした。当時のままの船着場が姿を現し、関所の建物も面影をとどめている。
白須賀は、白い砂洲の上に開けた集落と言う意味。宿は当時、海辺にあったが1707年、大津波で壊滅的な被害を受け、現在の位置に移転。町中を歩くと格子戸のある民家や、間口の狭い家並みなど、江戸時代の面影が残る。
東海道筋に本陣が現存しているのは草津宿と二川宿。二川本陣は、修復され、徳川家の指示で作られた風呂や厠(かわや)も当時の姿のまま再現。また、東海道五十三次のすべてが分かるほど資料も展示されている。
吉田宿は豊川によって繁栄した城下町。豊川は物資搬送の大動脈で、当時大きな帆船も出入りしていた。吉田神社は、手筒花火の発祥の地で知られる。毎年7月の祇園祭では、境内で300本もの手筒花火が打ち上げられる。
浮世絵所蔵:川崎・砂子の里資料館
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