大宰府から平城京まで ルート紹介

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北京五輪・銅メダリスト 原田早穂が 大宰府から平城京まで800kmの歴史街道を歩きとおす!

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この日の原田さんてくてくデータ

【第6週】2009年11月2日(月)〜11月6日(金)の街道てくてく旅

26日目

11月2日(月) 昆陽宿(こや)

昆陽宿は休息や昼食に利用されていた。ここは奈良時代の名僧・行基上人ゆかりの地で、昆陽寺は同上人が貧民救済のために創建した昆陽施院の後身寺院。また、溜池と灌漑用の目的で作られた昆陽池は現在では野鳥の楽園に。

リポーター :
田名部 真理  ベイコミュニケーションズ
この日の距離
8.0km
これまでの合計距離
276.5km
27日目

11月3日(火) 瀬川宿(せがわ)

かつて瀬川宿には瀬川本陣と半町本陣が並んで立っていた。街道沿いには弁慶が石を打ち合わせて鈴のような音を出したといわれる「鈴石」がある願正寺や、赤穂浪士萱野三平が生涯を閉じた萱野三平旧邸が残り歴史へと誘う。

リポーター :
中西 則善  J:COMウエスト
この日の距離
9.0km
これまでの合計距離
285.5km
28日目

11月4日(水) 郡山宿(こおりやま)

郡山宿本陣は、正門のそばにあった椿の木が毎年五色の花を咲かせたことから椿本陣とも呼ばれ、国指定史跡に指定されている。宿帳は元禄9年(1696年)から残り、忠臣蔵の浅野内匠頭を筆頭に西国大名が宿泊した記録が伝わる。

リポーター :
中西 則善  J:COMウエスト
この日の距離
7.0km
これまでの合計距離
292.5km
29日目

11月5日(木) 芥川宿(あくたがわ)

芥川宿は芥川橋から芥川一里塚までの約400mの町並みだった。かつて藩士をあやめ、この地で仇討ちされた武士が「自分は討たれて当然」という書状を懐に忍ばせていたという、仇討ちの辻の逸話が語り継がれている。

リポーター :
中西 則善  J:COMウエスト
この日の距離
8.0km
これまでの合計距離
300.5km
30日目

11月6日(金) 山崎宿(やまざき)

山崎は羽柴秀吉軍が明智光秀軍と対戦し勝利を収めた、山崎の戦いで知られる。離宮八幡では荏胡麻油が発祥したといわれ、油の製造と販売の中心「油座」の本所として栄えた。現在は油の神様として親しまれ、来年には創建1150周年を迎える。

リポーター :
堀江 良信  J:COM みやびじょん
この日の距離
6.5km
これまでの合計距離
307.0km