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研究内容紹介

6.3 表示技術

フレキシブル有機ELディスプレーの長寿命化・高色純度化

 フレキシブル有機ELディスプレーの実用化に向けては、有機EL(Organic Light-Emitting Diode : OLED)デバイスの電子注入層に用いられるアルカリ金属等の活性な材料が水分や酸素に弱く、フィルム基板を用いた際の寿命劣化が大きな課題となっている。当所では、アルカリ金属等を使わず、酸素や水分に強いOLED(逆構造OLED)の研究開発に取り組んでいる。2018年度は、逆構造OLEDの高性能化のための材料や形成プロセスについて、原理的な解明に取り組んだ。
 逆構造OLEDの低電圧・高効率化、長寿命化には、電子注入材料の選定が極めて重要となる。さまざまな材料を検討した結果、電子軌道エネルギーなどから、ホウ素を含有する特殊な有機材料が、電子注入性や寿命の改善に適していることを明らかにした。また、電子注入層の形成プロセスとして、真空成膜よりも、塗布成膜した場合に、低電圧かつ長寿命な逆構造OLEDが得られることがわかった。元素分析の結果よりその原因を考察したところ、電子注入層の塗布成膜過程において、下層にある酸化亜鉛が少量溶け出して混合され、電子注入層中に形成される不純物のエネルギー準位が変化し、デバイス性能向上に大きく寄与することがわかった(1)。これらの結果を踏まえて、塗布により電子注入層を形成した逆構造OLEDは、ガスバリア性の低いフィルムを用いた場合でも発光面の劣化がなく、赤色で3,000時間以上、緑色で1,500時間以上の連続点灯を示し、輝度低下が顕著な通常のOLEDに比べて、はるかに高い大気安定性を示すことを確認した(2)
 スーパーハイビジョンの広い色再現範囲を実現するためには、高色純度で、省電力かつ長寿命なOLEDの開発が求められる。これまで、網目状に広がった剛直な分子構造をもつ白金錯体を発光層中の発光色素に用いることで、色純度の高いOLEDを実現できることを示してきた。白金錯体は、単体で高色純度の発光を示すものの、発光層中で電気エネルギー輸送を担うホスト材料との混合により、色純度が低下してしまう。そこで、2018年度は、どのようなホスト材料が高色純度化に適しているのか、系統的に調べた。その結果、長寿命化に有利なホスト材料に含まれるトリアジンとよばれる部分と発光色素である白金錯体が接近して相互作用することで、長波長側の不要な発光が生じ、色純度が低下することが分かった(3)。今後、この知見をもとに、新たなホスト材料の設計を進め、広色域の有機ELディスプレーの開発に活かす。


大画面有機ELディスプレーの高画質・低消費電力駆動技術

 シート型ディスプレーの高画質化・低消費電力化を目指し、画素の駆動素子である薄膜トランジスター(TFT)の研究開発を進めている。2018年度は、半導体材料に酸窒化亜鉛(ZnON)を用いた高移動度TFTの開発を進めた。ZnONへ微量に不純物を添加することにより、ZnON-TFTの電気特性が大幅に改善することを見いだした。具体的には、窒素との結合エネルギーが大きい元素(Taなど)の添加により、TFTのスイッチング特性が改善するとともに、高い伝導性に寄与する元素(Inなど)の添加で、移動度が向上することが分かった。Inを添加したZnON-TFTにおいて、最大で59cm2/Vsという高い移動度を実現した。
 画質の向上を目指した映像信号処理技術として、HDR映像における輝度制御手法の検討を進めた。これまでに、平均輝度が高いHDR映像の表示において、明部・暗部の階調表現を維持しながら駆動電力を制御する手法を考案してきた。しかし、この手法では明部のみを制御するため、中間階調で発生する画質劣化が課題となっていた。今回、HDR映像に最適な信号処理を導入して輝度を制御することにより、画質劣化を防ぐ手法を考案し、評価画像でその有効性を確認した(4)


大画面フレキシブルディスプレーを目指した塗布型デバイス

 薄くて軽く、柔軟で丸めることができる大画面のフレキシブルディスプレーの実現を目指して、大規模な真空装置が不要な塗布プロセスにより作製できる酸化物TFTおよび量子ドット(Quantum Dot: QD)を用いた電界発光素子(QD-LED)の研究開発を進めている。
 塗布型酸化物TFTでは、塗布法で形成した半導体膜中に不純物や欠陥が多く、移動度が低いことが課題となっていた。今回、酸化物半導体(In-Zn-O)へフッ素を添加するとともに、水素導入と酸化処理を適用することにより、半導体の膜質を改善した。フィルム基板に適用可能な低温(300℃)プロセスでも、従来の真空プロセスで作製したTFTに匹敵する高い移動度(12.8cm2/Vs)を実現した(5)
 QD-LEDは、数ナノメートル程度の半導体微粒子を用いた発光デバイスであり、粒子サイズの制御により発光スペクトルの波長や半値幅を制御できる特徴を有する。2018年度は、低毒性量子ドットとしてリン化インジウム系材料(ZnInGaP/ZnS)を用いたQD-LEDの試作に取り組んだ。緑色発光のZnInGaP/ZnS量子ドットを用いたQD-LEDにおいて、電子をブロックしながら効率良く正孔を発光層に注入できる正孔輸送層を導入することにより外部量子効率3.4%を実現した(図6-9)(6)。ZnInGaP/ZnSを用いたQD-LEDの研究は、株式会社アルバックと共同で実施した。



図6-9 ZnInGaP/ZnS量子ドットEL素子とEL発光スペクトル

 

〔参考文献〕
(1) H.Fukagawa, T. Sasaki, T. Tsuzuki, Y. Nakajima, T. Takei, G. Motomura, M. Hasegawa, K.Morii, and T. Shimizu:“Long-Lived Flexible Displays Employing Efficient and Stable Inverted Organic Light-Emitting Diodes, ”Advanced Materals, DOI: 10.1002/adma.201706768 (2018).
(2) T.Sasaki, H. Fukagawa, K. Kuwada, M. Hasegawa, K. Morii, T.Shimizu:“Demonstration of Long-Term Stable Emission from Inverted OLED with Imperfect Encapsulation, ” SID Digest, pp. 811–814 (2018).
(3) 岩崎, 深川, 清水:“有機ELデバイスの高色純度化に適した発光層ホスト材料の検討, ” 映情学冬大, 21D-2(2018).
(4) T. Okada, T. Usui and Y. Fujisaki:“Picture-level Control for Managing HDR Images and Power Consumption for Large OLED Displays,” IDW’18 VHF1-2, pp.937-940(2018)
(5) M. Miyakawa, M. Nakata, H. Tsuji and Y. Fujisaki: “High-performance solution-processed thin-film transistors using fluorine-doped aqueous metal oxides,” The 25th International Workshop on Active-Matrix Flatpanel Displays and Devices (AM-FPD’18), 3-2 (2018)
(6) K. Ogura, G. Motomura, T. Tsuzuki, Y. Fujisaki, J. Nagakubo, M. Hirakawa and T. Nishihashi: “Efficient Green Light-Emitting Diodes Using ZnInGaP/ZnS Nanocrystals as Cadmium-Free Quantum Dots,” Materials Research Society (MRS) Fall Meeting, EP04.10.17 (2018)