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プラズマディスプレイ ( PDP )
東京五輪の頃からハイビジョンの研究が進められたが、ハイビジョン放送を普及させるうえでも、薄くて軽い大画面ディスプレイの開発が期待された。技研では1971年頃からハイビジョンに適した大画面の平面ディスプレイの研究を開始した。当時、液晶、ELや発光ダイオードなどの平面ディスプレイの可能性を検討し、その中でPDPが大画面の平面ディスプレイの実現に最短距離にあると判断し、PDPの研究を進めてきた。
PDPの発光原理は蛍光灯と同様、放電による発光現象を利用している。小さな蛍光灯を多数並べて画面を構成するというこのような考えは古くからあり、1960年代初めにアメリカで最初のPDPが試作された。だが当時のPDPはオレンジ色単色の文字表示がやっとで、テレビ画像を表示するにはカラー化と高輝度化が問題であり、さらにハイビジョンに対応するための大型化が大きな技術課題であった。
テレビ受像機としての使用を目指していた技研では、まずカラー化に取り組み、赤青緑の3原色を発光する蛍光体とそれに適した封入ガスを開発した。しかし、当時試作したPDPは画面が非常に暗かった。このため引き続き高輝度化に取り組み、発光時間が長くなるメモリー駆動法や、発生した光を有効に取り出せる白色障壁や反射蛍光面などのPDP構造の改善により、実用的な輝度が得られるようになった。
初めて可能となった壁掛けテレビ
一方、大型化にはこれまでにない開発手法が必要であった。PDPの場合、最初から40インチクラスを目標としていたので、まず大型PDPの製造装置の開発からはじめる必要があった。技研では世界に先駆けて大型PDP製造装置の開発に取り組み、40型カラーPDPを世界で初めて開発した。さらにハイビジョン用PDP開発協議会に参画し、PDPの大型化、実用化に大きく貢献した。
今後のPDPは、より明るく省電力に、より高精細に、より大画面へと開発が続けられていく。さらに、ディスプレイ研究者の夢は、より大型でより高精細なもの、最終的には壁一面がディスプレイという壁面ディスプレイ、また、装置が背後に隠れ、主役の画像のみが存在するという夢のディスプレイの実現へと続いていく。
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