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初の日米衛星中継が、ケネディ大統領の暗殺
1957 ( 昭和32 ) 年10月4日、ソ連は世界最初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げ、地球を回る軌道に乗せることに成功した。米ソを中心に宇宙開発競争がスタートした。
初の送受信機を積んだ本格的通信衛星テルスター1号が1962年7月10日に打ち上げられた ( 衛星の重さ77kg、直径85cmの球体
) 。同日、アメリカから送信されたテレビ電波が中継され、大西洋を越えてフランスとイギリスの地球局がこれを受信し、テレビの大陸間中継に成功した。1963年、太平洋をまたぎアメリカから日本への初のテレビ衛星中継となったケネディ大統領暗殺のニュースは、リレー1号衛星を用いてアメリカとほぼ同時に日本にも伝えられた。衛星中継により世界に起こる出来事を互いに瞬時に、同時に知る時代が到来したことを、日本人は衝撃的なニュースで知ったのである。その後、赤道上空3万6000kmに打ち上げられた静止衛星によって本格的な衛星通信時代が到来する。1964年太平洋上に打ち上げられた静止衛星シンコム3号で、日米間で24時間自由に衛星中継することが可能となった。東京五輪の映像は、このシンコム衛星を使用して世界中に中継された。
世界で6億人が同時に見た人類の月面着陸
その後、1969 ( 昭和44 ) 年7月21日にはアポロ11号が月面に着陸し、アームストロング船長は、人類の夢であった“月に立つ”を実現した。その映像は白黒の超小型テレビカメラでとらえられ世界中に中継された。「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」という言葉を、世界で6億以上の人々が同時に聞いたと推定されている。それは、テレビというメディアが可能にした地球規模での同時体験だった。もはや人類は、ともに、ひとつの船“宇宙船地球号”に乗っていることを実感せざるをえなかったのだ。
1.ニュース・大イベントがテレビの実力を証明した
2.茶の間の楽しみから世界の情報まで
3.テレビ契約数1,000万突破
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