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ラジオ本放送はじまる

1920 ( 大正9 ) 11 世界最初のラジオ局 ( アメリカKDKA局 ) 放送開始
1922 ( 大正11 ) イギリス放送会社 ( 英公共放送BBCの前身 ) ラジオ本放送開始
1923 ( 大正12 ) 関東大震災
1925 ( 大正14 ) 3.22 ラジオ放送開始 ( 東京に次ぎ大阪・名古屋放送開始 )
1925 ( 大正14 ) 7.12 東京放送局愛宕山から本放送開始
1926 ( 大正15 ) 社団法人日本放送協会を設立
1927 ( 昭和2 ) 甲子園から中等学校野球大会を放送
1928 大相撲を両国国技館から放送
1939 ( 昭和14 ) 5.13 東京・内幸町に完成した放送会館からラジオ放送開始

「JOAK、JOAK、ジェー、オーゥ、エーィ、ケーィ、こちらは東京放送局であります」。日本のラジオ第一声が、1925 ( 大正14 ) 年3月22日午前9時30分、東京・芝浦の仮放送所から東京の空に流れた。当日の受信契約数は約3,500。ラジオ放送は、大阪 ( 6月1日 ) 、名古屋 ( 7月15日 ) でも開始された。

1925 新しい放送文化の夜明け

ラジオ本放送
 人類の声が初めて電波に乗ったのが、1906年。それからわずか十余年で、世界最初のラジオ局KDKAがアメリカ・ピッツバーグに出現した
( 1920 )。放送の初日には、アメリカ大統領選挙の開票結果を速報し、共和党のハーディング候補の当選を速報した。受信機は、アマチュア無線家を中心に1万5000台ほど普及していたといわれる。普及の速度は速く、2年後には500万台にのぼっていた。
 日本でも1925 ( 大正14 ) 年3月22日午前9時30分、ラジオ放送がはじまった。 「JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります」関東大震災から2年、日本のラジオ第一声が東京・芝浦の東京放送局仮放送所から東京の空に流れた。当時の受信契約数は約3,500。ラジオ放送は、大阪 ( 6/1)、名古屋( 7/15 ) でも開始された。関東大震災 ( 1923 ) の直後であったため、放送による信頼できる情報の重要さは、広く人々に理解された。ただ当時の放送は、出力が弱いために東京市内でないとよく聞こえなかった ( 出力わずか220W ) 。

放送に託された大きな夢と役割
 放送開局の記念式典の挨拶で、後藤新平東京放送局総裁は、「放送を除き将来の文化生活を想像できない」と述べ、放送の機能について、後世に残る名演説をし、放送に大きな夢と役割を託した。
 1925年7月には、東京放送局は、愛宕山の新しい局舎から本放送を開始した ( 出力1kW ) 。目に見えぬ電波が無限に広がり伝わってくる神秘さは、聴取者に大きな感動を与えた。
 放送は、新しい文化の誕生を告げるものだった。

1.日本放送協会の設立 1926
2.後藤新平総裁の挨拶


「電波を少しでも遠くに届けたい」
日本のラジオ本放送
( 1925年7月12日 )
開 始の地、愛宕山 ( 標高26m )

 


さぐり式の鉱石ラジオ

 


東京・芝浦の東京放送局仮放送所

 


開局時の受信契約数は約3,500。
1日の放送時間は約5時間、
受信料は月額1円だった。

 


「聞こえた、聞こえた、初放送」
初のラジオ試験放送を聞く
犬養毅逓信相一家
(1925年3月1日)
『国際写真タイムス』から

 

   

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