トピックス一覧へ

NHKスポーツオンライン

    • 2017年12月25日(月)

    わたしとオリンピック ~村上佳菜子~

Bmurakami.jpg

 

 フィギュアスケートのピョンチャンオリンピック日本代表が発表されました。女子シングルの宮原知子選手、坂本花織選手はともにオリンピック初出場となります。ごく限られたアスリートしか立つことができないオリンピックの舞台。ソチオリンピック出場を果たした村上佳菜子さんに、代表選考とオリンピックについて、お話をうかがいました。

 

 

【村上佳菜子(むらかみかなこ)】

1994年11月7日生まれ

2009年 ジュニアグランプリファイナルで優勝

2010年 世界ジュニア選手権優勝

2013年の全日本選手権で総合2位となり、2014年ソチオリンピック出場

2017年4月23日に現役引退を表明

現在はプロフィギュアスケーターとして活躍の場を広げている

 

 

苦しかったオリンピックシーズン


 

 

―村上さんがオリンピックに出場したいと思うようになったのはいつ頃からですか?

 

 バンクーバーオリンピックの(浅田)真央ちゃんを見てからです。いつも身近でみていた真央ちゃんが、オリンピックの舞台であれだけ人を惹きつける演技をしたんですよね。それを見て、「気持ちが前向きになった人がどれだけいたんだろう、私もそういう存在になりたい」って思ったのがきっかけです。

 

―村上さんは2014年ソチオリンピックに出場しましたが、代表の最終選考となった全日本選手権にはどういう思い出がありますか?

 

 全日本とその前の時期が、スケートをやっていて一番きつかったころです。結構大変な状況でしたよね。オリンピックシーズンなのに、その前のグランプリのロシア大会ではショートプログラムで最下位だったり。ストレスですごく肌が荒れてしまって、コスチュームを長袖にしたり、本番ではファンデーションを塗ったりしましたね。

 

Bmurakami2.jpg

 

―それをどう乗り越えたのですか?

 

  思い出せないです(笑) 毎日必死で過ごしていたら、あっという間に全日本が来て、たまたまいい演技ができた、という感じでした。

 

―全日本での素晴らしい演技は、どう生まれたのでしょうか?

 

  『降りてくる』というのはこういうことなのかなと。ゾーンに入ったということだと思います。もう1回同じようにやろうとしてもできないですね。不思議なことに、自信しかない状態でした。前の選手の点数がよかったんですが、それを聞いても『できる、大丈夫』って思っていました。そういう感覚は、選手生活であの時だけでした。

 

―オリンピックに行きたいという気持ちとは関係ありますか?

 

  関係はあまりないと思います。スケートを19年やってきて、ピークは何回かありましたが、ゾーンに入ったのはあの時だけです。あの時にゾーンが来てよかったです。(笑)

 

 ―初めてのオリンピックシーズンは、どういうものでしたか?

 

 とにかく苦しかったという思いしかないです。重くて、本当に逃げ出したいと思いました。でもそれって、行きたいからこその苦しみだったんですよね。(鈴木明子さん、浅田真央さんと)3人でオリンピックに行きたいという思いがすごくあったから頑張れました。

 

―そうした思いを越えて出場したオリンピックは、どんな大会でしたか?

 

 怖かったです。『オリンピックには魔物がいる』って言われますが、こういう雰囲気のことなのか、と思いました。言葉では表しにくいのですが、オリンピックは普段フィギュアスケートを見ていない方も会場にいらっしゃいます。サッカーみたいに激しい応援だったりして、普段とは違うその雰囲気に飲まれて小さくなってしまった。なので私は、オリンピックは1回で満足です(笑) 

 

Bmurakami3.jpg

 

 振り返るとオリンピックの雰囲気に慣れようと早めに現地に入ったのもよくなかったですね。リンクでの練習時間が短かったんです。これは自分のミスだったと思います。

 

 けれどそれを教訓にできるのは4年後。私には無理かな、って(笑)。オリンピックって4年に1回なので、すごく大事ですし、その間の3年間がよくてもその年にダメだったら出場が難しくなったりと、タイミングもある。選手にとっては厳しく大切な大会だと思います。

 

Bmurakami4.png

 

 

タグ: