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NHKスポーツオンライン

    • 2017年11月09日(木)

    わたしとフィギュア ~村上佳菜子~



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 冬季スポーツの中でも人気を誇るフィギュアスケート。

今回は2014年ソチオリンピック日本代表の村上佳菜子さんにご自身の経歴を振り返りながらフィギュアの魅力を語っていただきました!

 

【村上佳菜子(むらかみかなこ)】

1994年11月7日生まれ

2009年 ジュニアグランプリファイナルで優勝

2010年 世界ジュニア選手権優勝

2013年の全日本選手権で総合2位となり、2014年ソチオリンピック出場

2017年4月23日に現役引退を表明

現在はプロフィギュアスケーターとして活躍の場を広げている

 

 

最初は嫌いだったスケート


 

―スケートを始めたころのことを覚えていますか?

 

 6歳年上の姉がスケートをやっていたのがきっかけで、いつの間にか私も滑るようになっていました。なので、はじめて滑ったときのことを、はっきりとは覚えていないんです。

 

 3歳くらいのころ、毎週日曜日に父と一緒に滑っていたのは覚えています。そのままスケート教室に入って、級を取って、試合に出るようになりましたが、最初のころはスケート、嫌いでした(笑)。なんで怒られてまで練習しなきゃいけないの、って。けれど、ご飯を食べるのとか寝るのとかと同じで、やめるという選択肢もなかったです。

 

 

 先生がとても忙しい方だったので、小さい頃は母に教えてもらうことが多かったです。先生がほかの子をレッスンしているのを、「よく見ておきなさい、無料レッスンだから」って(笑) 見ることで吸収していました。

 

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―嫌いだったスケートを、楽しいと思えるようになったのはいつごろですか?

 

 中学2年生でジュニアに上がって、やってきたことを出せて結果につながるようになったころです。新しいジャンプができるようになったときも楽しかったです。学校でも『今日は跳べるな、うん、うん』ってジャンプの感覚のことを考えたりして、リンクに行ってその感覚で跳べたときは楽しかったです。特に2回転を終えて3回転を跳べるようになったときは、すごく気持ちよかったです。

 

―世界ジュニア選手権、ジュニアグランプリファイナル、全日本ジュニア選手権など、出場したすべてのジュニアの大会で優勝したのがバンクーバーオリンピックのあった2009-10シーズン。その次のシーズンからシニアに上がりましたよね。

 

 ジュニアの時は負けたくないという気持ちの方が強かったのですが、シニアに上がってからは、鈴木明子さんとか安藤美姫さん、浅田真央さんとかがいて、負けたくないという思いよりも、少しでも近づきたいという感覚でいました。ずっと憧れていた人たちだったので、勝ちたいという思いにはなれなくて。その後しばらくして出てきた年下の選手たちには、負けたくないという気持ちはありましたが(笑)。

 

―選手時代、つらかったのはどんなときでしたか?

 

 試合でやってきたことが出せなかったとき。あと、怪我をしてスケートができなかったときです。私はメンタルが弱くて、練習ではできているのに試合になるとできなかった。試合でうまくいかなかった日の夜は泣いていましたね。でも、次の日になったら『やろう』、『早く帰って練習しよう』って気持ちを切り替えていました。

 

山田先生は何でも知っている


 

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―フィギュアスケートではコスチュームも見どころのひとつですが、村上さんはどのように作っていましたか?

 

 ほとんどのものは、コスチュームのデザイナーの方と山田(満知子)先生にデザインしていただいていました。コスチュームは先生が決めるものだと思っていたんです。ただ、最後のシーズン(2016-17シーズン)は自分でやりたいなと思い、ショートプログラムの『カルメン』とフリー『トスカ』の衣装は、全部自分でデザインしました。ファッションショーなどの写真を見て、いいなと思ったデザインをコスチューム製作の人に見ていただいて、こういう風にしてほしい、とお願いする形でした。プロスケーターになった今は、全部自分で決めています。

 

 ―コスチュームで大切なことは何でしょう。

 私は、動きやすいことが大切でした。デザインがよくても、腕が上がりにくいとか、スカートが重いとか、動きにくいのはNGでした。

 

―では、プログラムで使う曲は、どうやって決めていましたか?

 

 曲もずっと先生に決めていただいていたんですが、2014-15シーズンの『オペラ座の怪人』は自分で選びました。とても好きな曲だったので滑っていて気持ちよかったのですが、やっぱり先生が勧めてくれた曲の方が演技構成点が良かったです。

 

 たとえば、タンゴ(2012-13シーズンのフリー)とか『Prayer for Taylor』(2012-13シーズンのショートプログラム)とかは、自分には合わないと思っていた曲でしたが、意外と評価いただけました。なので、次のシーズンはまた先生に選んでいただきました(笑)。

 

フィギュアの魅力は “技術と芸術”


 

―フィギュアスケートをこう見てほしいな、というものはありますか?

 

 技術面と芸術面があるのがフィギュアスケートの一番の魅力だと思うので、両方楽しんでいただきたいと思います。ジャンプについても、ただジャンプを跳べるだけではなくて、曲に合っているかどうかというようなことも見ていただければと思います。踊っている途中で楽しくなって跳んじゃった、みたいなイメージです。

 

 ジャンプもフィギュアスケートの大きな魅力ですが、プログラムと一体となったジャンプだとさらに美しいんです。羽生選手は、ジャンプも魅せる部分も両方素晴らしい。あとは手の動きにも注目していただければなと思いますね。ジャンプは目につきますけど、ふとした時の手の使い方がすごくきれいだということもチェックポイントです。

 

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「羽生選手はジャンプだけでなく表現も見て欲しい」

 

 

 

―そういう風に、プログラム全体を1つの作品として魅せることができる選手として、ぜひ注目してほしい選手は誰ですか?

 

 (今年のNHK杯にも出場する)カロリーナ・コストナー選手(イタリア)です! 私は現役の頃から憧れていて、大好きです。本当にやさしくて人としても素晴らしい。それがスケートに出ていて、1つ1つがすごくやさしくて繊細。もともと手足も長いのですが、演技だとそれがさらに長く見える。いつもちょっと微笑んでいる感じがあって、楽しんで滑っている印象があります。

 

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村上さん憧れのコストナー選手

 

 

 

 

引退、そしてこれからの夢


 

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―現役最後の試合は、去年12月末の全日本選手権。引退は、どう決意したのですか?

 

 発表したのは4月でしたが、12月には決めていました。ソチオリンピックが終わってからは、毎年、今季が最後と思ってやっていて、最後のシーズンは、もうこれが本当に最後だなと決心をつけたうえでシーズンを過ごしていたので、全日本のフリーが終わった瞬間に、『これで終わりだな』と思いました。真央ちゃんと同じ時期の発表になりましたけど、まったくの偶然です。

 

―今、スケートは好きですか?

 

 好きです! 現役をやめてからのほうが好きになりました。アイスショーは、どれだけ人の心に残るものができるかだと思うんですけど、採点されることより、こういう方が自分に合っていると思うので、すごく楽しいです。

 

―これからの目標は?

 

 やりたいことを1回はやってみることです。今までずっとやりたいことを我慢してきたので、やりたいことをやるのが怖いんです。舞台をやってみたいけどこわいな、とか、テレビの解説のお仕事ももっとやりたいけど上手にしゃべれるかな、とか。だから、チャレンジすることが目標です。それから、スケートの練習のウエアをデザインしたいなと思っています。温かくて動きやすくて、テンションが上がるおしゃれなもの。そういうウエアを作れたら、みんなも喜んでくれるんじゃないかな、と思っています。


※次回は「オリンピックの魅力と魔力」について語っていただきます。

 

 

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