リュウグウの地名

探査機がリュウグウに到着したばかりのころ(2018年6月)は、そろばんの珠のような外形のリュウグウに、どのような地形があるか全くわかりませんでした。しかしリュウグウに近づくにつれて光学航法カメラ(ONC)で高い解像度の画像を取得できるようになり、さらに予定されていた低高度観測も成功したことで、いくつものクレーターや岩塊(ボルダー)がリュウグウに存在することが明らかになっていきました。

安全に着陸できる場所を探したり、リュウグウの起源や進化を考えたりするには、地形の把握は必須です。クレーターの深さや岩塊の形状は科学的に重要な意味を持ちますから、ひとつひとつ丁寧な議論が求められるのです。そのためクレーターや岩塊などの地形的特徴に、あだ名をつけて呼ぶようになりました。

たとえばリュウグウ最大のクレーターは、のちに「ウラシマクレーター」と命名されましたが、「デススター・クレーター」と呼ばれていました。この大きなクレーターと天体全体の形状が、まるで映画スターウォーズに登場した「デススター」みたいだ、と誰かが言ったからです。

南極の巨大な岩塊も、のちにオトヒメ岩塊と命名されましたが、角度によっては亀に似て見えたので、カメボルダーと呼ばれていました。私たちの研究グループでは、他にもいろいろな呼び名を勝手に作り、議論を重ねていました。

しかし途中で呼び名が変わると混乱しそうですから、あだ名をずっと使うわけにはいきません。そこではやぶさ2チームは、リュウグウの地形に公式の名称を付けるため、JAXAの野口里奈博士、嶌生有理博士、吉川真准教授らを中心とした地名チームを立ち上げたのです。

ところで天体の地名は誰でも提案することはできますが、国際天文学連合の太陽系地名命名ワーキンググループ/タスクグループがその提案を審査して、公式名称になるかの可否が決まるのです。つまりリュウグウを初めて観測したといっても、観測チームが好き勝手に公式な名称を付けられるわけではないのです。

私は国際天文学連合の火星の地名タスクグループの委員を務めていることもあり、はやぶさ2の地名チームに参加することになりました。火星の地名は毎月数個程度しか提案がなく、今回のように「天体の地名全部」などということはありません。一方で火星の場合、「小さなクレーターは人口10万人以下の町や村の名前とする」などというルールが沢山定められていますが、リュウグウの場合、こういったルールすら決まっていません。

そこではやぶさ2の地名チームは、ルールの提案から始めました。小惑星の名前がリュウグウであることから、「子供たち向けの物語に登場する名称」にしたいと国際天文学連合に申し入れたのです。この提案は無事に受理され、これがリュウグウの地名決定の原則となりました。

この原則に沿った地名案が、はやぶさ2のチーム全体から集まりました。同時に私たちは東京ドームにある宇宙ミュージアムTeNQで、「本当に使うかわかりませんが、アイディアをいただけないでしょうか」と一般の方々に募集してみました。すると短期間で沢山のご提案をいただきました。面白いことにかなり重複もあり、なんとなく常識的な線が見えてきたように思いました。

こうして出された地名案は、地名チーム内で議論され、ある程度のストーリー性と共に最終案にまとまりました。これを国際天文学連合側に提案したところ、一部調整が入りましたが概ね認められ、2018年12月に早くもリュウグウの公式な地名が決定したのです。

実は渡部潤一国立天文台副台長が国際天文学連合の小惑星タスクグループ委員を努められていたため、極めてスムーズに話が進んだのです。このスピード感は私たちにとって重要でした。というのも一刻も早く公表したい科学解析の論文で、「公式の地名」を早速使うことができるからです。

最終的に決まったリュウグウの地名。

宮本英昭
東京大学大学院工学系研究科教授/ TeNQ リサーチセンター長