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えん罪 失われた20年と家族の絆【前編】

2018年2月5日

無実の罪で20年という途方もない年月を獄中で過ごした女性がいる。青木惠子さん(53歳)。無期懲役から一転、無罪で釈放されたとき、青木さんは51歳だった。事件当時のまま時が止まっているという青木さん。えん罪で奪われた人生と、家族の絆を取り戻そうとする姿を追った。

親子の空白の20年

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1995年、夏。大阪市東住吉区で火事が発生し、入浴中だった小学6年生の少女が逃げ遅れて命を落とす事件が起きた。放火殺人の容疑で逮捕されたのは少女の母親とその内縁の夫だった。動機とされたのは保険金。新聞や雑誌にはセンセーショナルな見出しが踊り、母親は無期懲役の判決を受けた。

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しかし、母親は獄中で無実を訴え続けた。

そして20年後。裁判がやり直され、母親は無罪となった。釈放された彼女を迎えたのは、当時8歳で別れ、31歳になった息子だった。

「20年ぶりに8歳で別れた息子の手をつかめて、離された時間だけがいくら無罪になっても取り返すことができない。それだけが本当に悔しいです。」(青木さん)

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無期懲役から、一転して無罪になった青木惠子さんは、現在、大阪市内のマンションで1人暮らしをしている。部屋には生活の匂いが感じられず、目につくのは22年前の火事でなくした、娘のめぐみさんの仏壇と遺影だ。

月命日、誕生日、そして命日。青木さんの日々は、今もめぐみさんの節目の日とともに過ぎていく。月命日にはお経を上げ、めぐみさんの墓参りをする。

「今日は22年と2か月目の月命日ってことで、お経もそんな上手くないし、それを聞いてねっていう思いですよね。お墓行くから待っててねっていう。今日が終わってまた明日から1か月っていう。他にできることってないでしょ。」(青木さん)

青木さんが釈放された日、再会を喜び合った息子とはその後ほとんど会わなくなっていた。自分の住所さえ教えていなかった。頭の中では分かっていても、突然大人になって、目の前に現れた息子の存在を受け入れるのは難しかった。

「どっかで獄中の中では、小さい息子の姿とか、そういう接し方っていうのをずっと描いたまんまきてしまったけど、出てきたら現実は立派な大人でしょ。喜びっていうよりどう接したらいいんだろうって。やっぱり20年の離れた別々の世界で生きて来た人間同士が、いくら息子でも離れてたでしょ? 息子の考えてることも分からないし、どんな風に育ってきたのかも分かんないし。」(青木さん)

息子は事件後、親戚の元に引き取られた。転校し、母親のことは知られなかった。学校生活は平穏だったが、親戚の家では違った。

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「殴られたりもしましたし、僕が(学校から)帰ったときに犬がついてきたんですよ。ずっと。小さいころだから、かわいいなと思って、飼いたいなと思って、『犬飼っていい?』って聞いた瞬間、背負い投げされたんですよ。それは鮮明に覚えてます。まあ犯罪者の息子なんかなと思ってましたけど。」(青木さんの息子)

息子もまた20年ぶりに再会した母親の存在に戸惑っていた。子どものころのように甘えようとした。しかし、青木さんはそれに応えなかった。

逮捕の決め手はパニック状態の“自白書”

青木さんは、釈放されるまでの7,000日以上にわたって、日記をつけていた。22冊におよぶノートには、1枚1枚の紙を惜しむように、小さな文字で当時の生活、心情が綴られている。逮捕前後の警察による取り調べの様子も記している。

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「刑事は『お前は鬼の様な母親やな。めぐみに悪いと思えへんのか、素直に認めろ。涙も流さへん女やな』と、侮辱する言葉や、『認めろ』と大声で怒鳴ったり、机を叩いたりしてきました。」(青木さんの日記より)

青木さんの容疑を裏付ける物的証拠は何もなかった。動機とされた保険金も、事件の3年前に入ったごく一般的な学資保険だった。逮捕の決め手となったのは、自白だった。なぜ青木さんは自白をしたのか。取り調べのとき、青木さんは刑事から衝撃的な事実を聞かされた。

それは血のつながりのない内縁の夫が、娘のめぐみさんに性的虐待を繰り返していたことだった。

「刑事が夫とめぐちゃんとの関係を話してきました。それを聞いた私は信じられずボーっとしていると、刑事は『女としてめぐを許されへんから、殺したんやろ』と言われ、私はその言葉にショックを受けてしまい頭の中は真っ白になりパニック状態でした。私は刑事に言われるままに、1枚の自白書を1時間くらいかかって書き終えました。」(青木さんの日記より)

青木さんは無期懲役となった。しかし獄中では、一貫して自白は真実ではないと無実を訴え続けた。ひとり残してきた息子のためだった。

「息子と別れて、7年以上が過ぎてしまったので、私はあなたの成長した姿を想像することもできなくなってしまいました。とても親としては悲しく思います。いつか必ず、会って話ができると信じて、裁判で無実を勝ち取ろう。」(青木さん日記より)

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逮捕から16年、弁護団が有力な証拠を見つけた。自白は、7リットルのガソリンをまいて、ライターで火をつけたというものだった。しかし実際にやってみると、自分が大やけどを負うため放火はできないということが明らかになったのだ。車の給油口から漏れ出たガソリンに、給湯器の種火が燃え移った自然発火の可能性があることも分かった。

青木さんは無罪判決を勝ち取り、検察側はその日のうちに控訴しないことを決めた。

社会に戻った青木さんだが、20年前の世界からタイムスリップしてきた感覚にしばしば襲われるという。最もストレスを感じるのが電気製品の操作だ。携帯電話を持とうと、店に出向いた際、店員の言っていることがまったく理解できなかった。

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「私は携帯がでてきたときも中にいて、パソコンのときもインターネットのときも20年間の空白の間に変化したことを、全部一気に覆いかぶってくるわけでしょ? 自分がこんなにも… 情けないというか何もできない人になっていうのが自分のプライドも傷つきますよね。何回も(刑務所に)帰りたいなって思いましたよ。獄中にいれば私は普通の人でいられるのに。」(青木さん)

えん罪 失われた20年と家族の絆【後編】

この記事は、2017年12月18日に放送した 「NHKスペシャル 時間が止まった私 えん罪が奪った7352日」 を基に制作しています。

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