ことば

生存者が語る、戦慄のインパール

2017年9月28日

およそ3万人が命を落としたインパール作戦。この作戦はいかに凄惨なものだったのか? 当時の戦いを知る生存者のことば。

「(爆薬を抱えたまま敵の戦車に飛び込む)肉薄攻撃隊というのは、もう行けというたら死ぬのがわかっとって行くんですけんな。そやけんもう、9.9分まで死ぬのがわかっとって、行けといったら、もうこれは行かないかんわけです。」(第31師団 山砲兵 第31連隊 元上等兵 山田直夫さん(95))

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「朝日(新聞)とか毎日(新聞)とかいう、そういう大きくやるところには非常にええお話をする。もうとにかく国の人たちが、「おお、やったー、日本はやった」と、こういう景気よくやらないかんと、ねえ。嘘でもええと。」(第15軍司令部 元少尉 山崎教興さん(95))

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「最後にひと暴れしておしまいになっていくっていうのは。いわゆる玉砕だな。1つの統制のとれたあれじゃなく、何かむちゃくちゃっていうような感じを受けたね。最後のころはね。」(第33師団 第214連隊 元兵長 高雄市郎さん(96))

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「(名簿に『病死』と記された戦友の1人を指して)病死いうたら病死かもしれんけんど、自殺みたいなもんよ。剣を心臓にぶち込んだ。ぶち込んだって、ぶち込むいうのはもう力はなかったけどな、剣を上向けといてな、自分の体を上に乗せたんよ、そやからもうあっという間じゃったわいな。」(第31師団山砲兵 第31連隊 元上等兵 山田直夫さん(96))

「かわいそうだっつうか、なんつうか、『天皇陛下万歳』言う人は少ないですから。たいがい、お母さんの名前。お母さんいない人はお父さんの名前を呼んで死んでいきますね。」(第33師団 第214連隊 元上等兵 鈴木公さん(96))

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「日本の軍人がこれだけ死ねば(陣地が)とれる。自分で自分たち(軍の上層部)が計画した戦が、成功した。だから日本の軍隊の上層部が、悔しいけれど、兵隊に対する考えは、そんなもんです。だから、(その内実を)知っちゃたら、辛いです。」(第15軍司令部 元少尉 齋藤博圀さん(96))

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詳しくは、無謀と言われたインパール作戦 戦慄の記録

この記事は、2017年8月15日に放送した 「NHKスペシャル 戦慄の記録 インパール」 を基に制作しています。

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