ことば

731部隊員が証言する人体実験の真実

2017年12月19日

タブーとなってきた731部隊。その実態はどのようなものだったのか? 命を救うべき医学者がなぜ人体実験に手を染めたのか? 731部隊に関わった人物のことばから、真実の姿が見えてくる。

「びらんガスを人体実験に使用して、手とか足、顔がびらんガスにかかってただれて、留置所の中に入ってるのを見ました」(731部隊 衛生兵 古都証人)

「その中国人の手を見ますと、3人は手の指がもう全部黒くなって落ちておりました。残りの2人はただ骨だけ残っておりました」(731部隊 憲兵班 倉員証人)

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「第一部の吉村技師から、聞きましたところによりますと、極寒期において約、零下20度ぐらいのところに監獄におります人間を外に出しまして、そこに大きな扇風機をかけまして風を送って、その囚人の手を凍らして凍傷を人工的に作って研究しておるということを言いました。そうして、凍傷が人工的にできた場合は、小さな棒でその指を叩くと板のように硬くなると吉村は言っておりました」(731部隊 軍医 西俊秀)

「私は軍隊内において、凍傷や凍死から兵隊をいかにして守るかについて、部隊長の命令に従って研究したのであって、決して良心を失った悪魔になったわけではない」(吉村の回想「喜寿回顧」)

「自分は現在平凡な人間といたしまして、自分の実際の心の中に思っていることを少し申してみたいと思います。私には現在日本に82になります母と、妻並びに2名の子どもがございます。なお、私は自分の犯した罪の非常に大なることを自覚しております。そうして終始懺悔をし、後悔をしております。私は将来生まれ変わって、もし余生がありましたらば、自分の行いました悪事に対しまして、生まれ変わった人間として人類のために尽くしたいと思っております。」(731部隊 軍医 柄沢十三夫)

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Q 囚人の中に女性はいましたか。
「おりました。恐らくロシア人だと思います」
Q それらの女性の1人は、乳飲み子を持っていましたか。
「持っておりました」
Q 人を細菌に感染させた後は、部隊で治療していましたか。
「治療します」
Q その人間が回復した後は、どうしましたか。
「相当長い期間を置きました後に、また他の実験に供されるのが常であります」
Q そうしてその人間が死に至るまで実行したわけですか。
「そういうことになります」
Q そうすると、あなたが部隊に勤務中、この部隊の監獄より生きて出た者は1人もいないわけですか。
「そのとおりであります」
(731部隊 第一部 (細菌研究) 部長 川島清)

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「あの当時、現地に中国人の捕虜収容所が2か所ありました。そしてその人員は2か所でもって約3,000名と言われてました。そのマントウ(まんじゅう)を作りに参加しました。少し冷やしてから、それに注射器でもって菌を注射しました」
Q その後は(3,000個のまんじゅうを)どうしましたか。
「その収容所へ持ってきて、それを各人に食べるようにして渡して、そして…」
Q そして細菌の入ったその毒のまんじゅうを食べさせてから、中国人の捕虜をどうしたんですか。
「その現地でもって解放しました」
Q:パラチフスの流行病をまん延する目的でしたか。
「はい。自分はそのように聞きました」
(731部隊 衛生兵 古都証人)

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詳しくは、731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~

この記事は、2017年8月13日に放送した 「NHKスペシャル 731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~」 を基に制作しています。

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