Director's Cut

第4集 世界は秘密と嘘に覆われた

シニア・ディレクター 貫志 謙介

ナチの残党

ナチに協力していた科学者やスパイが、大挙してアメリカに上陸する映像がみつかりました。かれらの表情は安堵につつまれています。というのも、彼らはアメリカに協力する条件で戦犯として裁かれることを免れたからです。

第二次世界大戦ではアメリカとソ連が軍事同盟を結んでナチスドイツを倒しましたが、資本主義アメリカと社会主義ソビエトの間の「冷戦」は水面下ですでに始まっていました。大戦が終わると、焼け跡のドイツでアメリカはソビエトとナチの残党(スパイや科学者)の奪い合いを始めました。「もしアメリカが彼らを雇わなければソビエトにとられてしまう」という理由で。

大戦中、強制収容所のユダヤ人を酷使してミサイル開発を進めた技術者、毒ガス(チクロンB)を開発してユダヤ人の絶滅計画に協力した科学者、そしてソビエトに対するスパイ活動の責任者など、数千人がアメリカにリクルートされました。
アメリカの研究所では、LSDなどの薬物を使ってナチスの人体実験と似た洗脳実験も行われ、映像も残っていますが、番組では紹介しきれませんでした。

ナチの頭脳を巡る争奪戦

シュタージの監視映像

夫が妻を、兄が弟を監視し、密告し、破滅に追い込むおぞましい社会。旧東ドイツの秘密警察シュタージは、冷戦時代、人類史上空前の監視社会を作り上げました。共産主義の独裁国家は、国民を洗脳し、批判者を徹底的に排除(監禁・拷問・粛清)することでしか体制を維持できなかったのです。

冷戦後、市民は、シュタージのあらゆる監視記録の保存と公開を求めました。その中には膨大な監視映像(写真やネガ170万枚、録音や映像3万巻)も含まれます。私たちはシュタージのアーカイブに残された監視映像ヘのアプローチを試みました。映像に市民の生々しいプライバシーが含まれることからは交渉は難航しましたが、ドイツ在住の日本人リサーチャーが粘り強く番組の趣旨を訴えた結果、3日間の試写が許され、私たちが選んだ映像についても、使用が許可されました。

現地ではちょうど市民が主導して「シュタージ博物館」のリニューアルも進んでいました。スタッフの中には、かつてシュタージの収容所で地獄の苦しみを味わった市民もいます。「このおぞましい映像を保存し、公開していくことには大きな意味がある。人間が犯した恐ろしい愚行を忘れ去るべきではない」と館長が話してくれました。「また同じ愚行を繰り返さないためにも」

監視された生活
秘密警察シュタージ

レーガンと「イスラム戦士」

1950年代のハリウッドでヒステリックな赤狩りが行われていたころ、俳優だったレーガンは驚くほど赤狩りに協力的でした。FBIの機密資料の一部は、冷戦後機密解除されていますが、そのなかにレーガンがFBIの情報提供者であったことを示すファイルがありました。コードネームは「T-10」。

その後レーガンは反共を売り物にして政治家に転身し、権力への階段を登りつめていきます。そのレーガンが冷戦後期、ベトナム戦争の復讐とばかり、ソビエトの侵略と戦うアフガン・ゲリラに最新兵器を提供します。レーガンは「イスラム戦士」をホワイトハウスに招き、「英雄」とたたえました。

米ソの代理戦争の駒にされた「イスラム戦士」の中からは、今度はアメリカを攻撃するものがあらわれます。オサマ・ビンラディンです。冷戦時代は、武器を世界中にばらまき、憎悪を果てしなく増幅・連鎖させた元凶として記憶されることになるのでしょうか。

ハリウッドの「赤狩り」

FBI長官エドガー・フーバー

FBIはCIAと並ぶ強大な権力をもつ捜査機関です。盗聴、郵便開封、家宅侵入、デマ、いやがらせ、脅迫、様々な違法な手段を駆使して、政府に批判的な人物を弾圧しました。FBIのフーバー長官の映像は宣伝めいたものがほとんどでしたが、比較的多く残っていました。なにしろ8代の大統領に仕え、48年間、死ぬまでその地位にとどまったというワシントンの「妖怪」ですから。ご興味のある方はクリント・イーストウッド監督の意欲作「J・エドガー」をご覧ください。

アメリカのパワー・エリートはみな秘密をフーバーに握られているのではないかと恐れていました。ロバート・ケネディ司法長官は本気でフーバーを首にしようと考えましたが、果たせませんでした。

FBIのファイルにはロバートがマリリン・モンローと不倫の関係にあるという調査報告があります。ロバートがカストロの暗殺計画を指揮し、シカゴのマフィアと深いつながりがあったこともフーバーはもちろん把握していました。
CIAは「カオス作戦」、FBIは「コインテルプロ作戦」によって、アメリカ国内のベトナム反戦運動と公民権運動を「共産主義者の陰謀」とみなし、徹底的に弾圧しました。のちに議会のチャーチ委員会で、ナチスのゲシュタポに似たCIAやFBIの手口が暴露され、世界を驚かせることになります。

フーバーの秘密ファイル

CIAの秘密工作

第4集は旧作にないテーマということで冷戦時代のスパイ戦をテーマに掲げましたが、考えてみれば、スパイや諜報機関は本来、黒子であって、スパイ戦を物語る映像などそうそう残っているはずはありません。
ただ、かつては内戦と思われていたものが実は米ソの秘密工作であったとか、要人の死が実は暗殺であったとか、あとから判明する事実もあります。

1953年にイランで起きたモサデクのクーデターは、CIAの仕掛けた秘密工作でしたが、CIAがそれを公式に認めたのは60年後の2013年でした。モサデク関連の映像はイランにも残されていて、テヘラン支局の協力も得て、収集する事ができました。

事件が巧妙に仕組まれたものであったことを知る現在の目で当時の映像を見直すと、空恐ろしい気持ちになります。いま世界でおきている様々な事件の背後にも、私たちには知りようのない、おぞましい「秘密と嘘」が隠されているのではないだろうか。そんな疑問がわいてきます。

CIAが仕掛けたクーデター
反米政権を転覆させろ

世紀のスパイ・ペンコフスキー

冷戦後、ロシアのある映像プロダクションがKGBの極秘映像を入手しました。映像が「流出」した経緯は定かではありませんが、この映像の中に、世紀のスパイ・ペンコフスキーの監視映像が含まれていたのです。
ペンコフスキーは、人類を絶滅寸前の淵に立たせた「キューバ危機」で大きな役割を果たしました。ペンコフスキーがCIAにもたらした機密情報が、危機を回避する大統領の決断を支える力となったといわれています。番組では紹介しきれませんでしたが、KGBはペンコフスキーの裁判映像も撮影しています。

ペンコフスキーの裏切りを見せしめとして、プロパガンダ映像として使う意図があったと考えられています。
ほかにもこうした監視映像が、どこかに膨大に残されているかもしれません。が、その実態はいまも謎に包まれています。

残っていたとしても、まず公開されることはないでしょう。グラスノチ(情報公開)の掛け声も今は昔、ロシアの秘密主義はソビエト時代に先祖返りしつつある気配が濃厚です。そういえばプーチンは、冷戦時代KGBに務めていた経験があり、KGBの後継組織FSBの長官でもありました。

「ペンコフスキー文書」
高まる核戦争の恐怖

ベトナム戦争

ベトナム戦争はテレビで世界中に伝えられた最初の戦争です。大統領がいかに「戦争の大義」を雄弁に語っても、テレビの映像が物語る戦争の現実のほうが強い影響力をもつ時代が来たのです。CIAはベトナム解放戦線のゲリラを標的としてフェニックス作戦をはじめとする「秘密工作」を行いますが、ベトナムの現実からかけはなれた作戦が想像を絶する悲惨な結果をもたらすことになります。

世界中のカメラマンがベトナムに押し寄せ、戦争の実態を映像で告発しました。それが導火線となって世界中に爆発的な反戦運動が広がっていきました。

しかしのちの湾岸戦争やイラク戦争では軍当局は戦争の記録映像を徹底的に「管理」し、映像が「戦争の真実」にアプローチすることは難しくなりました。21世紀、世界にはありとあらゆる映像があふれていますが、おそらくそれ以上に映像では伝わらない真実も増えているのかもしれません。

ベトナム 終わらない戦争
恐怖の「スペードのエース」
秘密と嘘があばかれた