大自然を撮り続けて28年。NHK屈指の自然ドキュメンタリー番組ディレクターに聞く、アマゾン取材の心得

1965年生まれの、岡部聡ディレクター。
平成元年にNHKに入社して、はじめてディレクターとして企画したのはサンゴの産卵番組。(琉球大学でサンゴ礁生物学を専攻していたそうです!)
その後手がけた番組は、『地球ファミリー』『生きもの地球紀行』『地球!ふしぎ大自然』『ダーウィンが来た!』『大アマゾン 最後の秘境 第1集』などなど……。NHK屈指の強靭な身体を持った、自然ドキュメンタリー番組を専門とするディレクターです。
中でも多く取材に訪れているのは、南米・アマゾン。28年間のディレクター人生を総計すると、何年間も密林の中で過ごしたという岡部ディレクターに、アマゾン取材の心得を聞きました!
アマゾンでは、毒を持った蟻に要注意
- —今回の『大アマゾン 第1集』の撮影でも、アマゾンで150日に及ぶ取材をされると聞きましたが……その間は何を食べているのでしょうか?
- 岡部
- 魚と米が多いですね。基本は現地で料理を作ってくれる方を雇います。撮影の合間に魚を釣ってそれを食べたり。日本でいうところのブラックバスや、ピラニアなんかはよく釣れますが、非常に美味しいです。揚げたり、スープにしたり、お刺身で食べたり。あとは地元の方が獲った巨大魚ピラルクーをいただきましたが、 美味しかったですね。
ピラルクーを釣り上げる漁師
- —すぐ釣れるんですか?
- 岡部
- 小さな川魚は本当にすぐ釣れます。泥水の場所ではなく、紅茶色くらいのやや綺麗な水のところで釣るのがポイントです。
- —なるほど、魚は現地調達できるんですね。では「これを持っていくべき」という食材はありますか?
- 岡部
- ……醤油ですかね。
- —日本の味。
- 岡部
- そうですね。醤油があれば、魚が美味しくいただけるじゃないですか。ブラジルにも醤油はありますが、あんまり口に合わない。焼き魚でも刺身でも、日本の醤油で食べると美味しいですよ。
- —食べ物以外に、アマゾンに持って行くべきものはなんでしょう?
- 岡部
- 長袖ですね。半袖だと、肌が焼けて大変なことになりますし、虫にも喰われます。そして一番危険なのは、ビーチサンダルなんかで歩くと……
- —歩くと?
- 岡部
-
アマゾンには「ファイヤーアント」という、毒を持った蟻がうじゃうじゃいるんです。そんな場所にサンダルで踏み入れたら最後、足じゅう真っ赤に腫れてひどいもんですよ!
必ず、靴下と長靴を履いていってください。
肉食獣・ジャガーには気をつけて
- —はい。他に、アマゾン取材で危険な目にあうことはありましたか?
- 岡部
- 意外とないですね。カメラマンはひとり電気ナマズに感電して「ガクンときた!」と言っていましたが……。
デンキウナギ
- 岡部
- ピラニアやワニの大群が泳いでいる上をボートで通ることもありますが、ボートが転覆して喰われる、だなんてこともまぁ、普通は起こらないでしょう。
- —そ、そうですね……。
- 岡部
- でも、ジャガーには気をつけたほうがいいですね。
ジャガー
- —ジャガー!
- 岡部
- はい。南米の中心部にある湿地帯・パンタナルなんかでは、現地の方が襲われて亡くなっている……という話もよく聞きますから。ただ、彼らも人間のことを恐れているので、我々が番組制作をする上で死ぬほど怖い目に合う、ということは滅多にありませんね。
- —そうなんですね。密林の中は、日々危険と隣り合わせなのかと思っていましたが……
- 岡部
- あっ、でもトラに襲われかけたときは怖かった。
- —危険じゃないですか!
- 岡部
- でもそれはアマゾンではなく、インドで撮影していた時でした。ゾウに乗ってトラに近づくんです。地元のレンジャーからトラはゾウを襲う事はないと聞いていたんですが、飛びかかってきて、、、。まあ、トラからするとただの威嚇なんでしょうけど、『ここで死ぬのか』とは思いました。まぁ、よくあることでしょうね。
- —「よくあることでしょうね」じゃないですよ。大変な問題ですよ。
- 岡部
- そうですね。でも、もう20年くらい前の話ですから、時効でしょう(笑)。
待ち時間にはひたすらドローン操縦の腕を磨く
- —では、怖い話とは別に、一番つらいお話も聞かせてもらって良いでしょうか?
- 岡部
そりゃもう、待っている時間ですよ。撮りたいと思っているものが撮れない、何ヶ月撮影してもいいシーンが撮れない……というときは、恐怖以外のなにものでもない。
現地のコーディネーターさんが、自然や動物の動きをある程度予測して、取材に行くべき日程を教えてくれるのですが、そこで思い通りに撮影できる、という訳でもありません。
- —自然相手ですもんね……。ちなみに、コーディネーターさんとは、どのように連絡を取り合っているのですか?
- 岡部
- アマゾンの中に入ると電波なんて届かなくなるので、地球上どこでも繋がる衛星電話で連絡を取っています。でも、基本的にはメールですね。こんな感じで…
- —「大ナマズも数は少ないですが上がってきています」とか、「今日の滝ポイントを見てこれはいけそうだと感じています」とか……これはまるで、釣り人たちのやり取りのようですね!
- 岡部
- 面白いですか?
-
—面白いですよ。こんな業務連絡めったに見ませんので……。
では、少し話が戻りますが、なかなか欲しい絵が撮れずに待っている時間はどんなことをしているんですか?
- 岡部
基本は何かを探して、じっと待ったり、歩き回ったりしているんですけどね。でも今回の大アマゾンの撮影のときにはドローンを持って行ったので、水中が撮影出来ないときなんかにはひたすらドローン操縦の腕を磨いていました。
ドローンはバッテリー切れすると落ちてしまうので、残量が50%を切ったらすぐに手元に戻す。そして、離陸のとき、上に上がらずに横に動こうとするときがあるのですが、そんなときは絶対手を離さないようにしないといけません。横に飛び出すと、操縦が出来なくなってしまう。「待ち」の時間が多かったために、ドローンの腕前はなかなか上達しましたね。
ドローンで撮影した写真
- —そうだったんですね。ドローンを使うことで、撮影できる映像もかなり幅広くなったのでは?
- 岡部
そうですね。ただ、アレは飛ばすときにブーンって音がうるさいんですよ……。一度ドローンを使ってゾウを追いかけてみたことがあるのですが、音に警戒して一目散に逃げてしまいました。
もっと静かなドローンが開発されれば、もっとゾウの目線なんかも間近で撮れるだろうに……。いや、ゾウに限らず、いろんな生き物に寄り添って撮影できるようになるでしょうね。
- —確かに、鳥の群れを一緒に撮影出来たりするかもしれないですよね。他には、どんな最新技術を使うことが多いのでしょうか?
- 岡部
- 今回は使っていませんが、今流行っているのは「データロガー」というセンサーとカメラの付いた記録装置ですね。小型のデータロガーを動物に取り付けて行動してもらうことで、映像はもちろん動物がどんな深度、温度、遊泳速度、位置、心電図、加速度などで動いているかを記録できるんですよ。
- —動物の習慣がどんどん判明していくんですね。テレビ局員というより、まるで生物学者さんのようなお仕事ですね……!
絶滅危惧種の動物がいなくなっても、困らないかもしれない。でも…
- —では最後の質問に。岡部さんは、いろんな苦労や忍耐を経て自然番組を制作されているかと思いますが、その集大成である番組を通して伝えたいこととはなんでしょう?
- 岡部
僕たちの番組を見て「すごいね」「不思議だね」という会話が交わされていたら、これほど嬉しいことはありません。
日頃、自然のありがたみを感じずに生きている人って、実は多いと思うんです。それに、絶滅危惧種の動物がいなくなってしまったとしても、僕ら人間の生活はなんら変わらず、特に困らないでしょう。
それでも「困るか、困らないか」で切り捨ててしまうのではなくて、「こんな変な生き物が生きている地球って面白いな!」と、まずはこの星の面白みを感じて欲しいですね。それがみなさんに伝えたいことでしょうか。
岡部聡(おかべ・さとし)
NHKディレクター。1965年、大阪府生まれ。1989年NHKにディレクターとして入局。当初から自然番組の制作に携わり、『地球ファミリー』『生きもの地球紀行』『地球!ふしぎ大自然』『ダーウィンが来た!』『NHKスペシャル ホットスポット 最後の楽園』第1、第2シリーズのディレクターを務める。現在は大型企画開発センターのチーフディレクターとして『NHKスペシャル 大アマゾン 最後の秘境 第1集』を制作。ブラジルとの関わりは、2001年に放送した『地球!ふしぎ大自然 神秘のアマゾン 古代魚はなぜ生き残った?』から。以降、ブラジルをテーマにした自然番組を10本以上制作してきた。現場の司令塔として番組を成功させるため、ときには心を鬼にし自身もチームメンバーにも高いハードルを課す。
4月10日(日)午後9時00分