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2008年 4月分 放送リスト
4月2日 (水) 放送 第320回
徳川四天王に学べ! 〜組織のためにいかに生きるか〜

4月9日 (水) 放送 第321回
音楽の市民革命 〜神童モーツァルトの苦悩〜

4月16日 (水) 放送 第322回
人間は尊敬すべきものだ 〜全国水平社・差別との闘い〜

4月23日 (水) 放送 第323回
「古事記」誕生 〜日本最古の史書の謎〜

4月30日 (水) 放送 特別企画
歴史ドキュメント ゼロワン 徳川家康 「江戸」建設に挑む


第320回
徳川四天王に学べ!
〜組織のためにいかに生きるか〜

放送日
本放送 平成20年4月2日 (水)
22:00〜22:43 総合 全国
再放送 平成20年4月7日(月)
17:15〜18:58 BS2
平成20年4月8日(火)
3:30〜4:13 総合 全国(近畿のぞく)
平成20年4月8日(火)
16:05〜16:48 総合 全国
平成20年4月13日(日)※土曜深夜
2:05:30〜2:48:30 総合 近畿のみ
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
出演者
スタジオゲスト 童門冬二(どうもんふゆじ)さん
(作家 元東京都職員で、戦国武将と組織論に関する著作多数)
主要著書『小説 上杉鷹山』『名将に学ぶ人間学』『直江兼続』他
オーディエンス今年4月働き始めた新社会人のみなさん50人
VTRインタビュー   小和田哲男(おわだてつお)さん
(静岡大学教授 専門は戦国時代史)
主要著書『家康と駿府城』『戦うリーダーのための決断学』他
キャスター松平定知
番組概要
その時:慶長8(1603)年2月
出来事:家康が征夷大将軍に任命され江戸に幕府を開く
「私の宝は、家臣である」(徳川家康)。その言葉の通り、家康の天下とりを支えたのは、個性あふれる家臣たちだった。なかでも徳川家に貢献したのが徳川四天王といわれる四人の武将。酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政である。
彼らは家康が敵の人質にあった幼いころから徳川幕府を開くにいたるまで、徳川家を次々に襲った危機を回避するために尽力。徳川幕府という巨大組織の礎を築いていった。
織田信長や豊臣秀吉、そして時には家康を相手にしてまで徳川家を守り通すための大きな決断を迫られた四天王の面々。その局面ごとの回避術や決断そして徳川家という組織への貢献の仕方は、組織の中でいかに生きるかを現代人に強く問いかける。
「その時歴史が動いた」新年度初回のスタジオには、4月から働き始める新社会人50人を迎え、四天王が、いかに徳川家という組織を支えていったかをVTRで見ながら、ゲストを交えて語り合う。四天王の生き方に、私たちは何を見いだせるのか?そして新社会人の組織観とはどのようなものか?現代人の組織との関わりのあり方について考える。
番組の内容について
徳川四天王という呼称について
徳川四天王は酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政の4人をいいます。
この4人が四天王として一括りに呼ばれ始めた明確な時期は、わかっていません。当人たちの存命中にそのような呼称は無く、現在の研究者の調査では江戸時代後期以降に家康の天下統一に特に寄与した4人の武将を仏教の四天王になぞらえて呼ばれ始めたのが端緒ではないかとも言われています。
徳川四天王という呼称自体が小説のタイトルになるなど、現在でもその呼び名は一般的で、親しまれていることもあり、番組ではこの「徳川四天王」という表現を使わせて頂きました。

今日のその時はなぜ「慶長8(1603)年2月」なのか?
徳川家康が征夷大将軍に任命されたのは慶長8年2月12日とされています。一方で幕府を開く、と家康が認識を持った、もしくは宣言した正式な日時は伝えられていません。
今回のその時は「征夷大将軍に任命され江戸に幕府を開いた時」としました。そのため、将軍に任命された2月12日を基準に日付は特定せず、2月を「その時」としました。

家康の年齢について
家康の年齢は数え年とし、天文18(1549)年に8才だと番組では表現しています。これは天文11(1542)年生まれの家康が生まれた時に1才である、という数え年の換算によっているからです。

信康事件について
今回、番組では「三河後風土記」の記述を中心に、「三河物語」「松平記」にもあるように、家康の息子信康が信長の命令で自刃に追い込まれた経緯を紹介しました。
家康の息子信康が自刃したこの「信康事件」には、信長は全く関与していないという説もあります。酒井忠次を中心とした家康付きの家臣団と、信康幼い頃から仕える家臣団の対立。さらに家康信康親子の険悪な関係が原因で、家康とその家臣が、信康とその家臣を一斉に粛正したという見方です。
今回は三河後風土記にある信康事件の記述をそのまま引用し番組でご紹介させて頂いたため、この見方には触れておりません。

小牧・長久手の戦いでの本多忠勝の戦い方について
番組内でご紹介した「釣り野伏」に関するCGは、神谷存心著「小牧陣始末記」の中にある伏兵を使った作戦をもとに作成しました。本多は伏兵を巧みに使い、秀吉の兵を翻弄したとあります。

関ヶ原の合戦における井伊直政の抜け駆けについて
井伊直政は福島正則を出し抜いて関ヶ原の合戦で敵に一番最初に攻撃をしました。この抜け駆けは、関ヶ原の合戦の前に行われた会津征討において家康によって厳重に禁止され(先手をさし越したとえ功名せしむるといえども軍法を背くの上は成敗すべきこと)、これを犯した場合、厳重に罰する旨が明記されています。
また、関ヶ原の合戦の前哨戦ともいえる岐阜城攻めの際、池田輝政が井伊と同じく福島を出し抜いたことで、福島が激怒したという記録も残っています。このように先鋒の武将を出し抜くことは、当時の常識としては絶対にしてはならないことでした。

秀忠の軍勢が真田攻めを開始した日時について
番組では慶長5年9月5日に真田攻めを開始したと紹介しました。この日秀忠は、数日滞在していた小諸をたって、上田城を眼下に見据える場所に陣取りました。そして同時に真田方の砦への攻撃を開始したのです。これをもって真田攻めの開始と考え番組では紹介しました。秀忠と榊原の軍勢が真田昌幸おさめる上田城を攻め始めたのは9月5日よりあとのことになります。

家康から秀忠に宛てられた西上命令について
家康からの使者大久保忠益は8月29日に江戸を立ち、9月9日に秀忠のもとに着いたと記録(朝野旧聞ほう藁など)にはあります。この通達の具体的な内容は伝わっていません。しかし、9月11日に秀忠が里見家に送った文章(延命寺文書)によると、「〜早速罷り上がるべき由、内府より申し越され候に付いて〜」とあります。
番組ではこの部分を参考にし、「いますぐに西に向かって進軍せよ」という家康の通達の「内容」を紹介しました。

番組で紹介した主な引用について
「家康に過ぎたるもの(が2つあり。唐の頭に本多平八)」
三方原の戦いの際、武田の武将が本多の勇姿を見て言った言葉。『本多家武功聞書』より引用。

「向かう所敵なし、榊原康政」
向かう所打ち破らずということなし、と『藩翰譜』にはあります。そこから引用し意訳しました。

今川家の家臣の言葉
「猛将として知られた清康の孫とは思えぬわ」「衆皆いわくやはり清康の孫なりと」
『御当家紀年録』天文20年にある記録より引用し一部意訳。

「武田が織田ばかりか家康をも滅ぼし、その領地を信康に与えようとしている」
『三河後風土記』より引用し意訳。

本多忠勝の言葉
「思慮ある人の功名は士卒を下知し、大なる功名をとげるものなり。思慮なき人は槍一本の功名にて大なることはなし。」
『名将言行録』より引用。

井伊直政が「赤鬼」と呼ばれていたことについて
『井伊年譜』の中の小牧長久手の戦いの欄に「井伊の赤鬼」の記述があります。

井伊直政の言葉
「我に遅れし者は男にあらず」
『井伊年譜』より引用し意訳。

「井伊はあくまで一軍の将であり、戦場における突出は許されない。立場を考えて行動せよ。そして本多忠勝を手本とせよ」
『陣書軍記』より、井伊の家臣の言葉を引用し、意訳。

「その(榊原康政の)首をうちとったものに10万石を与える」
『常山紀談』より引用し意訳。

「いますぐに西に向けて進軍せよ」
上記の「家康から秀忠に当てられた西上命令について」の項を参照のこと。

「三河武士は元来『宝』というものを持たない。しかしあえて答えるならば、私の宝は『家臣』です」
『徳川実記』より引用し意訳。

番組内で使用した写真・史料等について
「御当家紀年録」
「三河後風土記」
「武家事紀」
「藩翰譜」以上国立公文書館蔵
榊原康政肖像画(原蔵者)  東京国立博物館蔵
→TNM Image Archives (データ所蔵先)
徳川家康肖像画大阪城天守閣蔵
御年譜(井伊年譜)大阪府立中之島図書館蔵
井伊直政肖像画彦根城博物館蔵
本多忠勝肖像画三河武士のやかた家康館蔵
酒井忠次肖像画先求院蔵
徳川秀忠肖像画松平西福寺蔵
織田信長肖像画長興寺蔵
松平信康肖像画勝蓮寺蔵
羽柴秀吉肖像画干菜山 光福寺蔵
本多忠勝肖像画本多隆將蔵
主な参考文献
『信長公記』(上)(下)(太田牛一原著 榊山潤訳 ニュートンプレス)
『三河物語』(上)(下)(大久保彦左衛門原著 小林賢章訳 ニュートンプレス)
『常山紀談』(上)(中)(下)(湯浅常山著 森銑三校訂 岩波文庫)
『徳川家康文書の研究』(上)(中)(下1)(下2)(中村孝也著 日本學術振興會)
『家康の臣僚』(中村孝也著 国書刊行会)
『芋汁武士道 家康と徳川家臣団』(桜田晋也著)
『井伊軍志』(中村達夫著 彦根藩史料研究普及会)
『三河文献集成 中世編』(松平記)(久曽神昇編 国書刊行会)
『武家事記』(山鹿素行著 新人物往来社)
『関ヶ原合戦と大坂の陣』(笠谷和比古著 吉川弘文館)
『関ヶ原合戦四百年の謎』(笠谷和比古著 新人物往来社)
『長篠の戦い』(二木謙一著 学研)
『戦国時代の徳川氏』(煎本増夫著 新人物往来社)
『戦国の女性たち』(小和田哲男著 河出書房新社)
『歴史群像シリーズ22 徳川四天王』(学研)
『歴史群像シリーズ 決戦関ヶ原』(学研)
『歴史読本 関ヶ原合戦の謎と新事実』(新人物往来社)
『徳川四天王』(彦根城博物館)
『彦根城博物館 研究紀要18号』(彦根城博物館)
『小牧陣始末記』(神谷存心著)
『御当家紀年録』(児玉幸多編 集英社)
『新井白石全集 第一藩翰譜』(新井白石著)
『酒井忠次公伝』(桑田忠親著 先求院修繕後援会)
※絶版となったものもあります。出版社などにご確認下さい。



第321回
音楽の市民革命
〜神童モーツァルトの苦悩〜

放送日
本放送 平成20年4月9日 (水)
22:00〜22:43 総合 全国
再放送 平成20年4月15日(火)
3:30〜4:13 総合(近畿ブロックのぞく)
平成20年4月15日(火)
16:05〜16:48 総合・全国
平成20年4月19日(土)
10:05〜10:48 総合・近畿ブロック(神戸・奈良のぞく)
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
出演者
スタジオゲスト 小宮 正安さん(横浜国立大学准教授 専門はヨーロッパ文化史)
主な著書『オペラ 楽園紀行』集英社新書、2001
『祝祭の都ザルツブルク』音楽之友社、2001 など
インタビュー出演   礒山 雅(ただし)さん(国立音楽大学教授)
『モーツァルト二つの顔』講談社選書メチエ182、2000 など
高橋 英郎さん(モーツァルト劇場 総監督)
海老沢敏、高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集』全6巻、白水社、2001
高橋英郎著『モーツァルトの手紙』小学館、2007 など
キャスター松平定知
番組概要
その時:1791年9月30日
出来事:モーツァルトのオペラ「魔笛」が初演される
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」や「トルコ行進曲」などの曲で今も世界中の人びとから愛されるモーツァルト。その明るい音楽とは裏腹に、意外にもモーツァルトの生活は苦悩に満ちていた。モーツァルトが活動を始めた時代、音楽家は王や貴族、教会に雇われ、注文に応じて作曲する職人でしかなく、自由な表現活動が出来なかったのである。時に身分の違いを背景に作曲内容にまで介入される弱い立場に、モーツァルトは強い不満を感じていた。
しかし、18世紀後半になると、ヨーロッパでは王や貴族、教会といった、それまでの特権階級を否定する市民革命の思想が広まり始めた。時代の転換を敏感に見抜いたモーツァルトは、音楽家にとって最大の檜舞台だったオペラで、市民に向けた音楽をつくることを決意する。フランス市民革命から2年後の1791年、そうして生まれたのがオペラ「魔笛」だ。自由・平等の思想を盛り込んだこのオペラは、その後「市民の音楽」としてヨーロッパ中の劇場に受け入れられていく。
特権階級のものだった音楽を、多くの市民に解放したモーツァルト。番組では、一昨年の生誕250年に次々に明らかになった資料や研究成果をもとに、市民のための音楽を求めて闘ったモーツァルトの苦難の道のりを描く。
番組中で紹介していたオペラについて
14歳のモーツァルトが作ったオペラ「ポントの王ミトリダーテ」について
番組中の映像は、市販されているDVD
「モーツァルト:歌劇『ポントの王ミトリダーテ』/ニコラウス・アーノンクール、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス/ユニバーサル クラシックス&ジャズ」<UCBG-1167>
から使用しました。
収録は1986年3月26日 ヴィツェンツア、テアトロ・オリンピコ
指揮 ニコラウス・アーノンクール 演出・装置:ジャン=ピエール・ポネル
出演
ミトリダーテ役  イェスタ・ウィンベルイ
アスパージア役 イヴォンヌ・ケニー
シーファレ役  アン・マレイ
ファルナーチェ役  アンネ・イェヴァン  など
管弦楽 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス

オペラ「フィガロの結婚」について
番組で使用した映像は
1992年12月12日にNHKで放送した「歌劇『フィガロの結婚』ウィーン芸術週間1991」から部分使用しました。なお、オペラの番組自体は現在、再放送の予定はありません。

公演は1991年、5月16日、オーストリア、ウィーン・アンデアウィーン劇場
指揮 クラウディオ・アッバード 演出 ジョナサン・ミラー
出演
フィガロ役 ルチオ・ガルロ
スザンナ役 マリー・マクロックリン
伯爵役 ルッジェーロ・ライモンディ  など
(以下の登場人物は、番組中は登場しません。参考まで)
伯爵夫人 チュリル・スチューダー
ケルビーノ    ガブリエーレ・シーマ
マルチェルリーナ マルガリータ・リローワ
バジリオ     ハインツ・ツェドニク
ドン・クルチオ  フランツ・カーゼマン
バルトロ     ルドルフ・マッツォーラ
合唱  ウィーン国立歌劇場合唱団
管弦楽 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
美 術:ルック・ボンディー
テレビ演出 ブライアン・ラージ

オペラ「魔笛」について
番組で使用した映像は、2005年9月17日にNHKBS2で放送した「ロイヤル・オペラハウス 歌劇『魔笛』」から部分使用しました。なおオペラの番組自体は、現在再放送の予定はありません。

公演は2003年2月1日、イギリス・ロンドン・コヴェントガーデン王立歌劇場
指揮 コリン・デーヴィス  演出 デーヴィッド・マクヴィガー
出演
タミーノ王子役 ウィル・ハルトマン
パパゲーノ役  サイモン・キーンリーサイド
夜の女王役 ディアナ・ダムラウ
パミーナ役 ドロテア・レシュマン
パパゲーナ役 アイリッシュ・タイナン
ザラストロ役 フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ
モノスタトス役 エードリアン・トンプソン
弁者役 トマス・アレン
第1の侍女 ギリアン・フェブスター
第2の侍女 クリスティーヌ・ライス
第3の侍女 イヴォンヌ・ハワード
など
合唱 コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団
管弦楽 コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団

番組中で紹介したオペラ以外の音楽について
冒頭のスタジオで松平キャスターが紹介した曲
曲名 歌劇「フィガロの結婚」より 序曲
演奏者 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CD会社・番号  Universal Classics/UCCG-4065

少年時代のモーツァルトがウィーンの宮廷で演奏を行った再現シーンで流れている曲
曲名 ナンネルのための楽譜帳より「ピアノのためのメヌエット ヘ長調 KV5」
演奏者 Lake Auerbach(レイク・アウアーバッハ)
CD会社・番号 Arabesque Recordings

少年時代のモーツァルトが初めて作った交響曲
曲名  「交響曲第1番 変ホ長調 KV16 第1楽章」
演奏者 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CD会社・番号  Universal Classics/UCCG-4001

少年時代のモーツァルトがイタリアでオペラを見ている場面で流れている曲
曲名 歌劇「ポッペアの冠」より オッターヴィアの響き
作曲者 モンテベルディ
CD会社・番号 ERATO/WPCS-10162

皇帝の前で「フィガロの結婚」の曲の一部を披露する場面のピアノ曲
曲名 Overture to Figaro
演奏者 Babette Dorn(バベッテ・ドルン)
CD会社・番号 GENUIN/GEN86067

歌芝居「賢者の石」の楽譜を紹介した場面で流れている曲
曲名  Fort, armer Jungling(「賢者の石」の中の一曲)
指揮 マーティン・パールマン
演奏者 ボストン・バロック
CD会社/番号 TELAR/C80508

モーツァルトがオペラ「魔笛」の制作に取りかかるシーンで流れている曲
曲名 オペラ「魔笛」より 序曲
演奏者 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CD会社/番号 Universal Classics/UCCP-4059

「オペラ『魔笛』がヨーロッパ中に広まった」ことを伝える場面で流れている曲
曲名 オペラ「魔笛」より 第14曲 アリア「地獄の復讐がこの胸にたぎる」
演奏者 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CD会社/番号 Universal Classics/UCCP-4060

スタジオトーク中「ウィーンでは『魔笛』の曲がギター用に編曲されて楽しまれた」という話の間流れている曲
曲名 「魔笛」の主題による変奏曲作品9 2.テーマ アンダンテ・ラルゴ
演奏者 マヌエル・バルエコ
CD会社/番号 EMI/TOCE-13047

スタジオトーク中「ベートーヴェンの交響曲第9番」について話す間に流れている曲
曲名 「交響曲第9番」より“Presto O Freunde, nicht diese Tone - Allegro assai”
指揮 ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏者 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
CD会社/番号 DEUTSCHE GRAMMOPHON/F35G 50001

スタジオトーク中、ゲストの先生が「魔笛の音楽のすばらしさ」について語るシーンで流れている曲
曲名 オペラ「魔笛」第21曲フィナーレより パパパの2重唱
演奏者 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CD会社/番号 Universal Classics/UCCP-4060

モーツァルトの死を伝える、墓地のシーンで流れている曲
曲名 レクイエム ニ短調 KV626 第1曲 レクイエム「主よ、かれらに永遠のやすみを与え」
演奏者 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
CD会社/番号 Universal Classics/UCCP-4071

自動オルガンの曲
曲名 自動オルガンのためのアダージョとアレグロヘ短調KV594
CD会社/番号 HALL of HALLS/HD-0001

番組の内容について
モーツァルトは「魔笛」以前にもドイツ語オペラを作っているのではないか
モーツァルトは、「魔笛」以前にも「後宮からの逃走」など、数本のドイツ語オペラを制作しています。
しかし、魔笛以前の作品はいずれも、皇帝や貴族からの依頼で制作されており、上演された場所も王立宮廷劇場などの主に貴族を対象とするところした。今回の番組では、歴史が動いた「その時」を「モーツァルトが『市民』のためにつくったオペラ『魔笛』が市民向けの劇場で初めて上演された時」と致しました。

歌芝居「賢者の石」について
アメリカの音楽学者デイヴィッド・バックが、1996年ハンブルクの図書館で、それまで調べられたことのないオペラ筆写譜の複数部分にモーツァルトの名前を発見しました。その成果は1997年に発表されました。もともとの劇の初演は1790年9月、ウィーン郊外のアウフ・デア・ヴィーデン劇場です。
「魔笛」との大きな違いとしては、「賢者の石」は、劇全体では5人の作曲家が分担して作曲にあたっており、モーツァルトは劇中の3つの部分について作曲を担当するのみにとどまっている点が挙げられます。

オペラが上演された劇場について
ポントの王ミトリダーテ…イタリア・ミラノの「ミラノ大公劇場」。ミラノ大公劇場の建物は現存しないため、番組中では、後にミラノ大公劇場を前身として建設された、スカラ座内部の映像をイメージとして使用しています。
フィガロの結婚…初演はオーストリア、ウィーンの王立宮廷劇場(ブルク劇場)。当時の建物は現存しないため、番組中ではウィーンの別の場所に移転した、現在の「ブルク劇場」の映像をイメージとして使用しています。
魔笛…初演はオーストリア、ウィーンの「アウフ・デア・ヴィーデン劇場」。フライハウスという大規模な施設の中にあった劇場のため「フライハウス劇場」と紹介している文献もあります。当時の建物は現存しないため、番組中ではアウフ・デア・ヴィーデン劇場(フライハウス劇場)を前身として近くに建設された「アン・デア・ウィーン劇場」内部の映像を、イメージとして使用しています。

オペラ「魔笛」の曲数を22曲としていることについて
慣例によると、オペラの作曲数には「序曲」を含まないため、それに従うと魔笛の曲数は21曲です。
しかし今回の番組では、作曲者であるモーツァルト自身が、自ら「自作全作品目録」に「魔笛—9月30日に上演———2幕のドイツ語オペラ。エマーヌエル・シカネーダーによる。22曲からなる」と記していることから、それに従って22曲としました。(参考文献:海老沢敏、高橋英郎編訳「モーツァルト書簡全集」6巻671ページ、白水社、2001)

オペラ「ポントの王ミトリダーテ」の曲数を26曲としていることについて
上記の項目、「魔笛の曲数を22曲としていることについて」に記したように、本来であれば序曲を除く25曲と数えるところですが、番組として「魔笛」における曲数の数え方と統一性を持たせるため、「ポントの王ミトリダーテ」の曲数についても、「序曲」を含めて26曲と致しました。

エンディングVTRの「モーツァルトの曲を演奏する自動オルガン」について
場所:萌木の村博物館 ホール・オブ・ホールズ
住所:山梨県北杜市高根町清里3545萌木の村
開館日:年中無休(展示作業のため、不定期の臨時休館があります)

なお、貴重な演奏機のため、演奏は予約制のオルゴールコンサートの際しか聞くことができません。
演奏スケジュールについては、詳しくは博物館に直接お問い合わせください。
また、ホール・オブ・ホールズでは演奏を収録したCDを販売しています。(通信販売あり)

詳しくはホール・オブ・ホールズ
tel.0551−48−3535 fax.0551−48−2434
またはホームページ http://www.moeginomura.co.jp/hall.htmlにお問い合わせ下さい。

番組で紹介した主な引用について
「ぼくは気持ちを抑えられません。どうしても再びオペラを書き上げたいのです」
「オペラを書くことはなにものにも変えがたい喜びであり、情熱です」

国際モーツァルテウム財団保管のモーツァルト直筆書簡より引用・意訳。
訳については「海老沢敏、高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集』3巻110ページ、白水社、1987」ならびに高橋英郎氏への取材による。

「僕はもう領主や貴族に仕える不幸な身分ではなくなりました」「最高の日です」
国際モーツァルテウム財団保管のモーツァルト直筆書簡より引用・意訳。
訳については「海老沢敏、高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集』5巻44ページ、白水社、1995」ならびに高橋英郎氏への取材による。

「権威をかさにきた貴族たちには」「もうがまんができない」
国際モーツァルテウム財団保管のモーツァルト直筆書簡より引用・意訳。
訳については「海老沢敏、高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集』4巻518ページ、白水社、1990」ならびに高橋英郎氏への取材による。

「オペラ作りを中断されないように脚本と音楽を極秘に完成させる。そのうえで宮廷詩人の信頼と人脈を利用して、皇帝に直接許可を求める」
Da Ponte著「Memorie」より引用・意訳。
翻訳については、「リヒャルト・ブレッチャッハー著/小岡礼子訳『モーツァルトとダ・ポンテ ある出会いの記録』アルファベータ、2006」の該当部分を参照しました。

「信頼する宮廷詩人が書いた台本なら問題はないだろう」
Da Ponte著「Memorie」より引用・意訳。
翻訳については、「リヒャルト・ブレッチャッハー著/小岡礼子訳『モーツァルトとダ・ポンテ ある出会いの記録』アルファベータ、2006」の該当部分を参照しました。

オペラ「フィガロの結婚」の歌詞について
「小瀬村幸子訳『オペラ対訳ライブラリー モーツァルト フィガロの結婚』音楽之友社、2001」、「『名作オペラブックス1 モーツァルト フィガロの結婚』音楽之友社、1982」と高橋英郎氏への取材を元に、一部意訳しました。

オペラ「魔笛」の歌詞について
「荒井秀直訳『オペラ対訳ライブラリー モーツァルト 魔笛』音楽之友社、2000」、「『名作オペラブックス5 モーツァルト 魔笛』音楽之友社、1987」と高橋英郎氏への取材を元に、一部意訳しました。

「僕の心のおもむくままに、自由に何事にもとらわれずに作曲できるときになって、僕は、僕の芸術を見捨てなければならない」
「高野紀子訳・解説『最初期のモーツァルト伝』音楽之友社、1992」より引用、意訳。

「僕は貴族ではないが、貴族にもまさる高貴な心をもっている。人間を高めるのは、身分ではなく、心だ」
国際モーツァルテウム財団保管のモーツァルト直筆書簡より引用・意訳。
訳については「海老沢敏、高橋英郎編訳『モーツァルト書簡全集』5巻86ページ、白水社、1995」ならびに高橋英郎氏への取材による。

番組で登場した史料・所蔵先について
モーツァルト直筆の手紙  国際モーツァルテウム財団
モーツァルト直筆の楽譜
 交響曲第1番  「Robert Bory“La vie et l’oeuvre de Wolfgang-Amadeus Mozart par l’image”Genève, Les éditions contemporaines, 1948」より
 フィガロの結婚  Pierpont Morgan Library所蔵
 魔笛 ドイツ国立図書館、大英図書館所蔵「自筆全作品目録」より
主な参考文献
海老沢敏、高橋英郎編訳「モーツァルト書簡全集」全6巻、白水社
高野紀子訳・解説「最初期のモーツァルト伝」音楽之友社、1992
海老沢敏 他著「モーツァルト全集 第1巻」小学館、1990
海老沢敏 他著「モーツァルト全集 第4巻」小学館、1991
海老沢敏 他著「モーツァルト全集 第10巻」小学館、1992
荒井秀直訳「オペラ対訳ライブラリー モーツァルト 魔笛」音楽之友社、2000
小瀬村幸子訳「オペラ対訳ライブラリー モーツァルト フィガロの結婚」音楽之友社、2001
「名作オペラブックス1 モーツァルト フィガロの結婚」音楽之友社、1982
「名作オペラブックス5 モーツァルト 魔笛」音楽之友社、1987
高橋英郎著「モーツァルトの手紙」小学館、2007
礒山雅著「モーツァルト二つの顔」講談社選書メチエ182、2000
海老沢敏著「新モーツァルト考」NHKブックス、1987
海老澤敏等編「モーツァルト2 歴史の中のモーツァルト」岩波書店、1991
海老澤敏編著「図解雑学モーツァルトの名曲」ナツメ社、2006
海老澤敏著「変貌するモーツァルト」岩波現代文庫、2001
H.C.ロビンス・ランドン著/石井宏訳「モーツァルト」中公新書1103,1992
H.C.ロビンズ・ランドン/海老沢敏訳「モーツァルト最後の年」中央公論新社、2001
クルト・ホノルカ著/西原稔訳「『魔笛』とウィーン——興行師シカネーダーの時代」平凡社、1991
リヒャルト・ブレッチャッハー著/小岡礼子訳「モーツァルトとダ・ポンテ ある出会いの記録」アルファベータ、2006
エドワード・J・デント著/春日秀道訳「モーツァルトのオペラ」草思社、1985
アーサー・ハッチングス著/海老澤敏・茅田俊一訳「モーツァルト 人と音楽」小学館、1994
塩山千仞著「魔笛 文明史の劇場」春秋社、1999
中野雄著「モーツァルト 天才の秘密」文春新書、2006
茅田俊一「フリーメイスンとモーツァルト」講談社現代新書1369、1997
渡辺裕著「新装増補 聴衆の誕生 ポスト・モダン時代の音楽文化」春秋社、1989
Robert Bory「La vie et l’oeuvre de Wolfgang-Amadeus Mozart par l’image」Genève, Les éditions contemporaines,1948
など
※絶版となったものもあります。出版社などにご確認下さい。


第322回
人間は尊敬すべきものだ
〜全国水平社・差別との闘い〜

放送日
本放送 平成20年4月16日 (水)
22:00〜22:43 総合 全国
再放送 平成20年4月21日(月)
17:15〜17:58 BS2 全国
平成20年4月22日(火)
3:30〜4:13 総合 全国(近畿除く)
平成20年4月22日(火)
16:05〜16:48 総合 全国(広島除く)
平成20年4月26日(土)
10:05〜10:48 総合 近畿ブロック(和歌山除く)
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
出演者
スタジオゲスト 秋定嘉和(あきさだ・よしかず)さん(大阪人権博物館館長)
主要著書『近代日本人権の歴史』(明石書房)『近代と被差別部落』(解放出版社)
『近代日本の水平運動と融和運動』(解放出版社)ほか
キャスター松平定知
番組概要
その時:1922(大正11)年3月3日 午後1時
出来事:全国水平社創立大会が開かれる
この大会で日本最初の人権宣言とされる水平社宣言が発表された
「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で知られ、日本最初の人権宣言とされる水平社宣言は、1922年京都・岡崎公会堂で開かれた全国水平社創立大会で読み上げられた。水平社宣言の起草者は、当時27歳で奈良県の被差別部落出身の西光万吉。西光は、差別から逃げ続ける青年時代を送っていたが、1918年シベリア出兵をきっかけとする米価高騰で極限まで追い詰められた部落の人びとが米騒動に参加、その後厳しく断罪されたことに衝撃を受け、部落差別撤廃に起ち上がることを決意する。
一方米騒動には政府も危機感を覚え、部落内外の融和を図る運動に力を入れるようになる。しかしその多くは部落の人々に生活態度の改善を求め、一般の人々の同情に頼ろうというものだった。これに対し、西光は被差別部落民の団結により差別撤廃を進めようと訴え、「人間は互いに尊敬すべきものである」という理念を掲げる。真の自由・平等とは何かを問いつめ、到達した普遍的な人権思想だった。そしてついに全国水平社の創立へと至る。こうして生まれた部落民自身による解放運動は、瞬く間に全国へと広がり、各地で部落差別撤廃に向けた活発な活動を行っていく。
その後、太平洋戦争下で活動の中断を余儀なくされた水平社運動は、戦後、部落解放運動に引き継がれるとともに、水平社宣言の精神は、幅広く人権問題に取り組む出発点となっている。番組では、日本における人権擁護運動の原点となった全国水平社結成のときを見つめる。
番組の内容について
水平社宣言
1922年3月3日全国水平社創立大会で発表、採択され、日本最初の人権宣言とされる。「全国水平社創立宣言」とも呼ばれる。番組で使用している筆文字の宣言は、創立大会で配布されたとされる宣言の文字を起こして作成、旧字体使用などもそれに準じている。

西光万吉
1895年奈良県生まれ、1970年没。本名は清原一隆。被差別部落にあった西光寺の跡取り息子として、村人に可愛がられて育つが、進学後は差別により、2度の学業放棄を経験、上京して絵の勉強をする。しかし東京でも差別に苦しみ、以後故郷と東京を行き来していたころに米騒動を体験した。

水平社創立大会
1922年3月3日午後一時、全国水平社創立大会開会。大会では、開会の辞、経過報告の後、全国水平社の綱領と宣言、決議が採択された。

不適切とされる表現について
番組では、歴史用語としての「穢多(えた)」や「非人」という言葉を使用しているほか、明治大正期の差別を表現するために「エタ」などの言葉を使っている。とりわけ水平社宣言には、「全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ」「吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ」の文章があり、差別と正面から闘う姿勢を示そうとした歴史的な言葉として、そのまま伝えることが宣言の意義を伝えるために重要と考えた。

スタジオ右下のマスコットデザイン
「差別との闘い 全国水平社」の文字の下に敷いているデザインは「荊冠旗」からあしらった。荊冠旗は、全国水平社の社旗であり、西光万吉のデザイン。

えた
中世・近世における賤民身分の称。江戸時代には皮革業、警察的な役務などに従事。農村部では農業に従事しながら雑業を行うのが一般。特権として、斃牛馬処理権を持っていた。

非人
中世・近世における賤民身分の称。江戸時代には警察的な役務を課せられていたほか、芸能の仕事に携わる者も多かった。

当時52万人あまりとされた部落民
『明治初期各府藩県人員表』などを基にした。ちなみに日本の総人口は1872年で3480万人。

当時の部落差別の実状について
当時の人々の差別意識や部落の実状についての描写は、1915年刊行で奈良県が県下の村の詳細な調査を行った資料『奈良県風俗誌』などによった。

東京時代の西光の独白について
1968年12月12日NHK教育テレビ放送「 教養特集 部落 第2回 〜100年の歩み〜」より要約して引用。

米騒動での処分者について
検察まで回された検挙者8185人のうち部落民は887人。全人口の2%以下の部落民が検察による処分者の10%以上を占めている。とりわけ京都、三重、和歌山、岡山では被検挙者の3〜4割以上。死刑宣告された2名もいずれも和歌山県の部落民だった。(『米騒動の研究』(井上清、渡部徹編)より)

官邸の意見について
雑誌『大観』1巻6号に載録された貴族院議員で帝国公道会会長・大木遠吉の話より、要約して引用。帝国公道会は、部落への社会の同情をよびかける政府側の運動の中心で米騒動後、政府・内務省の意向を受けて部落への働きかけを行った。

西光たちに運動の道筋を示した論文
雑誌『解放』1921年7月発行に載録された当時早稲田大学教授の佐野学による「特殊部落民解放論」。部落民自らが不当な差別の撤廃を要求し、その後労働者と連帯すべきと論じ、感激した西光たちは東京に佐野を訪ねている。この後、佐野も2度にわたって奈良の西光たちを訪ねている。

西光たちが各地に送ったパンフ
『よき日の為めに』1921年12月初刷、この後数次にわたって増刷される。パンフレットは、創立メンバーの一人・阪本清一郎の父親が関わっていた部落改善運動団体「大和同志会」の機関誌「明治之光」の読者名簿を利用して、各地に送付された。東京で労働運動に関わっていた福島県出身の平野小剣なども、このパンフレットを受けとって、西光たちに合流したと考えられる。

水平社の名前に込めた意味
1982年NHKの取材の取材に対し、西光の友人で水平社創立メンバーだった阪本清一郎氏がインタビューに答えている。その中で、「水平社」の名前に、「自然によって作られた平等の尺度」という意味を込めたと語っている。

西光たちが訪問したジャーナリストについて
大阪時事新報の社会部長・難波英夫氏。西光達の訪問の後、全国水平社創立に協力、戦後に至るまで部落解放運動に関わり続けた。西光とのやりとりは、「西光万吉座談会」(阪本清一郎、木村京太郎、難波英夫、北川鉄夫)「一社会運動家の回想」(難波英夫)などを基に再現。

水平社宣言「人の世に熱あれ人間に光あれ」読み方について
番組では「人間」を「にんげん」と読んだが、「じんかん」と紹介されている場合もある。水平社創立大会のときに配布されたとされる宣言文にはルビがついていないが、大会の翌月関東水平社出版部により発行されたパンフレットで「にんげん」とルビをふったのが初出。部落解放運動のなかでは、一般的に「にんげん」と読まれてきた経緯もあり、番組でも「にんげん」の読みを採用した。

高松差別裁判事件について
部落民であると告げずに結婚しようとしたことを誘拐罪に問おうとした裁判に対し、全国水平社が闘いをおこした。1933年5月高松地方裁判所で開かれた初公判で、検事は「特殊部落民でありながら自己の身分を秘し」と数回にわたって、差別語である「特殊部落」の言葉を繰り返し、地裁は懲役刑を下した。全国水平社は判決取り消しを求めて抗議行動を組織。この結果、被告は刑期を残して仮釈放、担当検事は左遷された。

「部落地名総鑑」について
1975年11月「部落地名総鑑」の販売が発覚、現在までに10種類の存在が判明している。作成者は興信所関係者で購入者の大半は企業、採用にあたり部落出身者を調べるためだったが、なかには個人の購入者もあり、結婚にあたって使用する目的だった。番組内で紹介したものは一昨年、大阪市内の興信所で見付かったもの。

番組で使用した資料
「ドキュメンタリー 証言・水平社運動」(1981年3月3日NHK教育テレビ放送)より、松本吉之助さん、田中松月さん、米田富さんの証言を使用。
「シリーズ人権 第3回人の世に熱あれ人間に光あれ(1)〜水平社運動70年〜」(1992年3月25日NHK教育テレビ放送)より、西浦忠内さんの証言を使用。
皮なめしの絵『洛中洛外図屏風』 九州国立博物館
『太政官布告』『岩崎村触書』 水平社博物館
主な参考文献
『西光万吉集』(解放出版社)
『西光万吉著作集』(濤書房)
『証言 全国水平社』(福田雅子 日本放送協会出版協会)
『近代と被差別部落』(秋定嘉和 解放出版社)
『日本庶民生活史料集成』第14巻、25巻(三一書房)
『部落の歴史と解放運動 現代編』(馬原鉄男 部落問題研究所)
『西光万吉』(師岡佑行 清水書院)
『米騒動の研究』(井上清・渡部徹編 有斐閣)
『写真記録 全国水平社』(部落解放同盟中央本部編 解放出版社)
『図説 水平社運動』(「(仮称)水平社歴史館」建設推進委員会編 解放出版社)
『至高の人 西光万吉』(宮橋國臣 人文書院)
『水平社の源流』(解放出版社)
『水平社の原像』(朝治武 解放出版社)
『全国水平社を支えた人びと』(水平社博物館編 解放出版社)
『部落の歴史 近代編』(秋定嘉和 解放出版社)
『三浦参玄洞論説集』(浅尾篤哉編 解放出版社)
『人権ブックレット 米騒動 水平社への道のり』(部落解放研究所)
※絶版となったものもあります。出版社などにご確認下さい。


第323回
「古事記」誕生
〜日本最古の史書の謎〜

放送日
本放送 平成20年4月23日 (水)
22:00〜22:43 総合 全国
再放送 平成20年4月28日(月)
17:15〜17:58 BS2 全国
平成20年4月29日(火)※月曜深夜
3:30〜4:13 総合 全国(近畿除く)
平成20年5月17日(土)
10:05〜10:48 総合(近畿のみ)
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
出演者
VTR出演 工藤 隆さん(大東文化大学文学部教授)
神野志(こうのし)隆光さん(東京大学大学院教授)
小谷博泰さん(甲南大学文学部教授)
西條 勉さん(専修大学文学部教授)
渡辺晃宏さん(奈良文化財研究所史料調査室長)
宇治土公(うじとこ)貞明さん(猿田彦神社宮司)
キャスター松平定知
番組概要
その時:和銅5(712)年1月28日
出来事:「古事記」が天皇に献上される
古くから日本に伝わる、日本神話。アマテラスの天の石屋やスサノオのヤマタノオロチ退治など、おなじみの神話の原点が、「古事記」である。
「古事記」は、今からおよそ1300年前の奈良時代に完成、現存する日本最古の歴史書として日本人に広く知られている。しかし、この「古事記」にまつわる情報は乏しく、多くの謎に包まれている。誰が、何故、何の目的のために編纂したのか。記されている数々の神話には、いったいどんなメッセージが込められているのか。そして、どのように執筆され、完成へと至ったのか。さらに、日本という国が産声をあげようとする激動の時代に生まれた「古事記」が、現代も読み継がれる理由とは何なのか。
番組は、「古事記」の読み解きに加え、第一線で活躍する研究者たちへのインタビュー、現代に残る神話の伝承地での取材などを重ね、様々な角度からその謎を検証していく。そして今なお日本人の心を捉え続ける「古事記」の成立に秘められた真相を紐解く。
番組の内容について
番組で引用した「古事記」について
原文は14世紀に書き写された現存最古の写本、大須観音(おおすかんのん)・真福寺宝生院(しんぷくじ ほうしょういん)蔵の国宝「古事記」を使用しています。

「古事記」に登場する用語の「漢字表記」と「読み方」について
「漢字表記」については上記の、真福寺本「古事記」の表記に基づいています。
「読み方(訓読・仮名遣い)」については、「新編日本古典文学全集1 古事記」(小学館1997年)に基づいています。「古事記」研究の最新の成果が反映された校注・訳本で、多くの学術書でも参照されています。

以下が番組で紹介した、主な用語とその読み方です。※に、他の表記・読み方を併記しております。
神名の略称(例「天照大御神」→「アマテラス」など)については、学術の分野で一般的に使用されている呼び方に準じております。

「高天原」・・・「たかあまのはら」 ※「たかまがはら」「たかまのはら」等
「天石屋」・・・「あめのいわや」(「天岩戸」「天岩屋戸」「天岩屋」等の漢字表記)
※「あめ(あめ)のいわと」「あめ(あま)のいわやと」「あめ(あま)のいわや」
「伊耶那岐」・・・「いざなき」   ※「いざなぎ」の読み方。

「伊耶那美」・・・「いざなみ」
「須佐之男命」・・・「すさのおのみこと」
「八俣遠呂智」・・・「やまたのおろち」
「稲羽之素菟」・・・「いなばのしろうさぎ」
「天照大御神」・・・「あまてらすおおみかみ」
「邇々芸命」・・・「ににぎのみこと」

天孫降臨(てんそんこうりん)の場面で登場する「猿田彦(さるたひこ)」の神名(しんめい)について
上記の「漢字表記」「読み方」の方針に基づけば、「猿田毘古(さるたびこ)」との表記になります。
しかし、今回番組に登場する猿田彦神社では、神名を「猿田彦(さるたひこ)」としていることから「猿田彦(さるたひこ)」としました。

今回の「その時」について
「古事記」の成立に関して記述した史料は、「古事記」上巻に付された序の文章のほかにありません。
番組ではこの序文に拠り、「古事記」が天皇に献上された和銅五年正月廿八日を「その時」としました。
なお、正月廿八日という表記は分かりやすさを考慮して、1月28日と表記しています。

番組で使用した映画について
1959年公開「日本誕生」(東宝製作)
監督:稲垣浩 脚本:八住利雄 菊島隆三 特撮:円谷英二
出演:三船敏郎(スサノオ) 原節子(アマテラスオオミカミ) 乙羽信子(アメノウズメ)
脇田博行(イザナキ) 村松恵子(イザナミ)ほか
※「日本誕生」は、東宝よりDVDが販売されています。

番組で使用した日本画について
天孫降臨の場面が描かれた日本画:国史絵画「天孫降臨」(狩野探道画)
天照大御神が描かれた日本画:勧農絵画「斎庭の稲穂」(今野可啓画)
ともに神宮徴古館農業館蔵。
上記2点の絵画について、番組中でCG加工している場面がありますが、所蔵先の許可を得て行っています。
※猿田彦を描いた日本画は、猿田彦神社の所蔵です。

「古事記」の概略説明について
スタジオで「古事記」上・中・下巻の概略を説明する際、天皇名を「神武天皇」「推古天皇」など、現在広く一般に使われている形で表記しています。
「古事記」本文では神武天皇を「神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)」、推古天皇を「豊御食炊屋比売命(とよみけかしきやひめのみこと)」などと表記していますが、現在は馴染みの薄い名称のため、今回は概略の説明に重点を置き、一般的な天皇名を用いました。

国宝「古事記」について
番組で使用した「古事記」は、14世紀に書き写された現存する最古の写本で、昭和26年に国宝指定されています。
名古屋市の大須観音(おおすかんのん)・真福寺宝生院(しんぷくじ ほうしょういん)が所蔵、現在は名古屋市博物館で保管されています。常設展示はされていません。

「古事記」序文の天武天皇の言葉について
以下の二つの言葉を意訳して紹介しています。

(1)原 文「撰録帝記討竅旧辞削偽定実欲流後葉」
訓読文「帝紀を撰ひ録し、旧辞を討ね竅め、偽を削り実を定めて、後葉に流へむと欲ふ」
意 訳「これまでの歴史書の偽りを削り、真実を選び、それを後世に伝えようと思う」

(2)原 文「朕聞諸家齎帝紀及本辞既違正実多加虚偽」
訓読文「朕聞く、諸の家の齎てる帝紀と本辞と、既に正実に違ひ、多く虚偽を加へたり」
意 訳「私が聞くところによると諸家の帝紀と本辞には、真実と違い、偽りを多く加えているという」

「帝紀(ていき)」「本辞(ほんじ)」について
「古事記」序文には、同じ意味の言葉として、「帝皇日継(ていおうひつぎ)」「旧辞(きゅうじ)」などの記述があります。これらは、「古事記」の成立以前に、天皇や豪族の事績、神話などを記した歴史書だと考えられています。現存はしていません。

中国少数民族・イ族の映像について
VTRにご出演の大東文化大学教授、工藤隆さんの撮影によるものです。
撮影された映像の一部は「四川省大涼山イ族創世神話調査記録」のタイトルで大修館書店より販売されています。

歴史書が作られる経緯の説明、CGについて
VTRにご出演の大東文化大学教授、工藤隆さんほか、研究者への取材にもとづいてコメント、作成しました。

「古事記」冒頭部分の読み方について
原文は「天地初発之時於高天原成神名天之御中主神」
読み方に関しては諸説ありますが、今回は「新編日本古典文学全集1 古事記」(小学館1997年)に基づきました。
訓読文「天地(あめつち)初めて発(あらは)れし時に、高天原(たかあまのはら)に成りし神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」
意 訳「天地が初めてあらわれ動きはじめた時に、高天原に成った神の名は、天之御中主神」

日本各地の高天原の伝承地について
奈良県御所(ごせ)市高天(たかま)地区は、古代、大和政権の有力豪族だった葛城氏の本拠地だった地域だと考えられています。
高天原の伝承地として、地区内にある高天彦神社が知られています。
熊本県山都町(やまとちょう)は、番組で紹介した幣立(へいたて)神宮が、高天原の伝承地として知られています。
宮崎県高千穂町には、番組で紹介した高天原の遙拝所(ようはいじょ)のほかに、「古事記」に関わる伝承地が点在しています。

「天(あめ)の石屋(いわや)」の場面で使用した映像について
1959年公開「日本誕生」(東宝製作)
監督:稲垣浩 脚本:八住利雄 菊島隆三 特撮:円谷英二
出演:三船敏郎(スサノオノ) 原節子(アマテラスオオミカミ) 乙羽信子(アメノウズメ)ほか
※「日本誕生」はDVDで販売されています。

天孫降臨(てんそんこうりん)の場面で登場する「猿田彦(さるたひこ)」の神名(しんめい)ついて
「古事記」では「猿田毘古(さるたびこ)」と表記されていますが、番組に登場する猿田彦神社の神名にならい「猿田彦(さるたひこ)」としました。

猿田彦の子孫が現在の伊勢神宮の場所を献上したとする根拠について
鎌倉時代の神道書「倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)」の記述のほか、伊勢神宮、猿田彦神社への取材に拠っています。

「太安萬侶(おおのやすまろ)」の漢字表記について
ほかに「安万侶」「安麻侶」の表記もありますが、今回は「古事記」原文や昭和54年に発見された墓誌の記述に従い、「安萬侶」としました。

稗田阿礼(ひえだのあれ)の「誦習(しょうしゅう)」について
「誦習」とは、文章を繰り返し声に出して読み、その読み方を覚える意味。
「古事記」序文には「勅語阿礼令誦習(・・)帝皇日継及先代旧辞(稗田阿礼に帝皇日継(ていおうひつぎ)と先代旧辞(せんだいきゅうじ)とを誦(よ)み習わせた)」と記述されています。

CGによる「ワレハ キミヲ オモフ」の漢字表記の説明について
「我想你」「我想君」「我君想」「和礼波岐美袁意母布」の4種類の漢字表記の方法について、VTRにご出演の甲南大学教授、小谷博泰さんへの取材をもとに作成しました。分かりやすくするために、一部、簡易な漢字を用いて説明しています。
「古事記」が完成した8世紀前半には、上記の表記方法のほかに、宣命体(せんみょうたい)による表記もあったと考えられていますが、日本語学の研究では、「古事記」のもととなる史料が書かれたとされる天武天皇の時代以前には、主に上記の4種類の方法によって表記されていたと考えられています。そのため、番組でも上記の4種類の説明をしています。

明治時代の教科書について
明治36年・文部省発行の国定教科書「小學日本歴史一」です。
番組で紹介した「天照大神はわが天皇陛下の御先祖にてまします」の一文は、本文の冒頭の記述です。

神話(イザナキ・イザナミの国生みの場面)が描かれた絵本について
赤羽末吉・絵 舟崎克彦・文「日本の神話」(あかね書房)。第1巻から第6巻まで出版されています。
番組で子供が見ている絵本は、第1巻「くにのはじまり」です。

高千穂峰(たかちほのみね)について
霧島連峰に位置し、「古事記」に描かれた天孫降臨の地と伝えられている場所の一つです。
高千穂峰付近は鹿児島と宮崎の県境に位置していますが、国土地理院の見解に従って宮崎県と表記しています。

番組で使用した資料の所蔵先
国宝「古事記」大須観音・真福寺宝生院蔵(名古屋市博物館 保管)
天武天皇肖像宮内庁蔵
大友皇子肖像法傳寺蔵
「斎庭の稲穂」神宮徴古館農業館蔵
「天孫降臨」神宮徴古館農業館蔵
元明天皇肖像早稲田大学図書館蔵
太安萬侶・稗田阿礼肖像  東京大学史料編纂所蔵
主な参考文献
『新編日本古典文学全集1 古事記』(山口佳紀・神野志隆光校注・訳 小学館)
『古事記の達成』(神野志隆光著 東京大学出版会)
『古事記 天皇の世界の物語』(神野志隆光著 日本放送出版協会)
『古事記の文字法』(西條勉著 笠間書院)
『古代の読み方』(西條勉著 笠間書院)
『古事記の起源』(工藤隆著 中央公論新社)
『木簡・金石文と記紀の研究』(小谷博泰著 和泉書院)
『日本の歴史4 平城京と木簡の世紀』(渡辺晃宏著 講談社)
『日本の歴史3 古代王権の展開』(吉村武彦著 集英社)
『日本の古代14 ことばと文字』(岸俊男編 中央公論社)
『日本古代の氏族と国家』(直木孝次郎著 吉川弘文館)
『古事記の世界』(西郷信綱 岩波書店)
『古事記がわかる事典』(青木周平編著 日本実業出版社)
※絶版となったものもあります。出版社などにご確認下さい。


特別企画
歴史ドキュメント ゼロワン
徳川家康 「江戸」建設に挑む

放送日
本放送 平成20年4月30日 (水)
22:00〜22:43 総合 全国
再放送 平成20年5月6日(火)※5日(月)深夜
03:30〜04:13 総合 全国(近畿除く)
平成20年5月10日(土)
10:05〜10:48 総合 近畿のみ
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
出演者
ナビゲーター/語り  高嶋 政伸さん(俳優)
語り(一部)髙橋美鈴アナウンサー
VTR中の出演者中山俊雄さん(東京都土木技術センター)
玉井哲雄さん(国立歴史民俗博物館・教授)
折本正通さん(佃島漁業協同組合長)
番組概要
私たちの歴史は無数の「出逢い」によって作られてきた。それらの出逢いの一つに注目し、新たな歴史が誕生する瞬間を描く特別企画番組「歴史ドキュメント01(ゼロワン)」。今回は首都・東京の礎を築いた徳川家康の江戸建設を取り上げる。
豊臣秀吉に関東への領地替えを突如命じられた家康。しかも居城地として指定された江戸は不毛の湿地帯に過ぎなかった。海が入り込み地盤が弱く住民も少ない江戸は、家康が本拠地とするにはあまりにも不向きな土地だった。しかし家康は水運の要という利点に注目し、江戸での都市建設を決意する。
家康と家臣たちは不眠不休で宅地を造成し、様々な優遇策で全国各地から住民を集める。やがて軌道に乗り始めた江戸建設は、家康が関ヶ原の戦いを制して天下人となることで新たな局面を迎えた。江戸に幕府を開いた家康は、全国の大名を動員し、海を埋め立てる大工事を実施して江戸を拡張。いったんは大火災で多くの家が焼失するも、幕府の復興策で江戸は現在の東京の原型ともいえる市域を完成させる。
CGを駆使して、ナビゲーターの高嶋政伸さんが当時の江戸を描いた屏風絵の世界に入り込み、江戸建設に賭けた家康苦闘のドラマを伝える。
番組の内容について
「日本橋」「渋谷」「青山」の地名の由来について
番組で紹介した由来とは異なる他の説もあります。今回はこのあとで出てくる番組内容(東京の原地形、徳川家康)に関わりのある説を特に取り上げて紹介しました。

徳川家康が豊臣秀吉から領地替えを言い渡されるエピソードについて
江戸幕府編纂の歴史書である「徳川実紀」の記述に拠っています。

家康が、江戸行きを不安がる家臣たちに語った言葉について
『関東は広い。そこからの収益でさらに多くの兵を召し抱え、そののち上方に攻め上ればよいのだ』
「徳川実紀」の記述に拠りました。

当時の江戸の地形について
紹介した史料の文章は、
『東側の平地は大部分が海に漬かった葦の生い茂る野原で、町や屋敷を造る余裕もないほど狭い』
江戸時代の説話集「岩淵夜話」の記述に拠りました。
また、コンピューターグラフィックス(以下CG)で再現した地形図は東京都土木技術センターの地質調査に基づき産業技術総合研究所地質調査総合センターで作成された地形図を元にしています。
以下、随所に出てくる江戸の建設工事の説明CGはこれをベースに作成しています。

当時の江戸の風景CGについて
番組内でも出演されている、江戸の地形や都市研究に詳しい国立歴史民俗博物館教授 玉井哲雄さんの協力の下、作成しました。

当時の江戸が港として栄えていたことについて
当時の江戸について詠んだ漢詩文「寄題江戸城静勝軒詩序」の記述に拠っています。映像に出てくる文章もこの史料のものです。

大久保藤五郎と神田上水開削のエピソードについて
「天正日記」、「落穂集」などの史料に拠っています。

徳川家の家臣たちが普請で働いたことについて
『普請の忙しさで食事を摂る暇もなかった。夜寝る前に雨が降ると、掘った土が崩れて元に戻らぬよう、夜通し働いた』
前出「徳川実紀」の記述に拠りました。

家康が佃島へ漁師を招いたことについて
史料「江戸名所図会」や「西淀川区史」などに拠っています。

ナビゲーター高嶋さんが訪れた寿司屋について
東京・銀座にある「新富蛇の目寿司本店」で慶応元年創業です。

徳川家中での幕府をどこに開くべきかという議論について
前出「徳川実紀」の記述に拠りました。

伊達政宗の書状について
『幕府からの普請の沙汰が続き、財政が苦しい』
伊達政宗が家臣の茂庭綱元に送った書状の記述に拠っています。

西国の大名が家康から温泉を勧められたことについて
今の山口県岩国の大名 吉川広家が領国に送った書状の記述に拠っています。映像に出てくる文章もこの史料のものです。

神田山を切り崩した土砂で日比谷入江を埋め立てたことについて
江戸の歴史を記した史料「武江年表」の記述に拠りました。

家康の頃の江戸を訪れたスペイン人の手記について
『江戸は非常に大きな町で私を出迎えに町の人びとが大勢集まった。市場では豊富な魚や野菜、果物が売られている。私がスペイン国王の臣下でなかったら、ここに住んだかもしれない』
当時の江戸を訪問したスペイン領フィリピン臨時総督ロドリゴ・デ・ビベロが記した「日本見聞記」の記述に拠りました。

保科正之の言葉について
『天下の首都である江戸では、住民の安らかな暮らしこそ第一である』
会津松平家の歴史書「会津松平家譜」の記述に拠りました。

江戸の人口が100万だったことについて
江戸幕府は8代将軍徳川吉宗の頃に江戸の町人の人口調査を始め、その当時の数は50万以上に達していました。この他に江戸には武士や僧侶などがおよそ50万はいたとみられ、人口は合わせて「100万」だったと考えられています。

VTRの最後の家康の言葉について
『困難に直面した時こそ、心も引き締まって慎重になり、務めも正しいものとなる。それこそが人も国もながく保つ秘訣である』
前出「岩淵夜話」の記述に拠りました。

番組で登場した史料・所蔵先について
肖像/絵画/遺品系
徳川家康肖像 大阪城天守閣
豊臣秀吉肖像 逸翁美術館
伊達政宗肖像 仙台市博物館
藤堂高虎肖像 個人蔵
保科正之肖像 土津神社/会津若松市
徳川家康・大久保藤五郎絵図 個人蔵
江戸名所図屏風 出光美術館
近世職人尽絵巻   東京国立博物館
TNM Image Archives

史料系
「徳川実紀」、「聞見集」、「岩淵夜話」 国立国会図書館
「落穂集」 国立公文書館
「寄題江戸城静勝軒詩序」 東京都立中央図書館特別文庫室
「伊達政宗書状」  仙台市博物館
「吉川広家書状」 吉川史料館
「日本見聞記」 The British Library

参考文献
「週刊朝日百科 日本の歴史 近世Ⅰ‐⑥江戸の都市計画」 責任編集 玉井哲雄 朝日新聞社
「岩波講座 日本通史 近世1」より『都市の計画と建設』 玉井哲雄 岩波書店
「江戸 失われた都市空間を読む」 玉井哲雄 平凡社
「江戸名所図屏風」 内藤正人 小学館
「別冊歴史読本 図説 家康の江戸」 新人物往来社
「集英社版日本の歴史⑫ 江戸開幕」
「大系日本の歴史⑩ 江戸と大坂」 竹内 誠 小学館
「家康入国」 水江漣子 角川書店
「首都江戸の誕生
    大江戸はいかにして造られたのか」 大石 学 角川書店
「地名で読む江戸の町」 大石 学 PHP研究所
「家康はなぜ江戸を選んだか」 岡野友彦 教育出版
「江戸の町」(上)・(下) 草思社
「江戸・東京の地理と地名」 鈴木理生 日本実業出版社
「江戸と城下町 天正から明暦まで」 鈴木理生 新人物往来社
「江戸はこうして造られた」 鈴木理生 筑摩書房
「披沙揀金(ひされんきん) 家康公逸話集」 全国東照宮連合会
「東京市史稿」 臨川書店
※絶版となったものもあります。出版社などにご確認下さい。

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