| 第63回
ポツダム宣言・米ソの攻防@
〜ソ連対日参戦・スターリンの焦燥〜 |
| 放送日
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放送日
本放送 平成13年8月1日(水)21:15〜21:58(総合)
再放送 平成13年8月4日(土)00:15〜00:58(総合)
※金曜日の深夜になります
再々放送 平成13年8月8日(水)15:05〜15:48(BS2) |
| 出演者 |
松平 定知 アナウンサー
○ スタジオゲスト
長谷川毅(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授。
現代ロシア政治や日露関係史などを専門とする。
主要著書
「ロシア革命下のペトログラードの市民生活」「北方領土問題と日露関係」など。 |
| 番組概要 |
| その時:1945年8月8日 |
| 出来事:ソ連が日本に宣戦布告 |
日ソ中立条約を一方的に破棄し、対日参戦の決定をしたソ連首相スターリン。そこにいたる
スターリンの行動の多くは謎だった。
しかし、このほど、ソ連側が作成したポツダム宣言の草案が ロシア外務省外交史料館より発見された。 日付は、アメリカがソ連抜きでポツダム宣言を急遽発表したのと同じ7月26日。米英中三ヶ国だけでなく、ソ連も加えた四カ国で日本に無条件降伏を求める内容になっている。そこからは、連合国の一員として「対日参戦」の大義名分を得ようとしていた
ソ連側の焦燥が浮かんでくる。
番組では、アメリカが突然発表したソ連抜きのポツダム宣言に、ヤルタで交わした密約を反故にされる恐れを感じ、対日参戦に踏み出すまでのスターリンの焦燥の日々を新資料で克明に追いながら、戦後の冷戦と北方領土問題など、日露間の確執の原点を描く。 |
| 番組の内容について |
- シリーズ第一回は・・・・
この番組は二回シリーズです。
先週放送した「第一回 原爆投下・トルーマンの決断」では、原爆実験成功という切り札を手にしたアメリカのトルーマン大統領が、ソ連が本格的に参戦する前に早期終戦を実現しようと、米英中の三ヶ国でポツダム宣言を発表、原爆投下をするまでの経緯を描きました。
( 放送は 7月25日(水)21:15〜21:58(総合)でした。今のところ 8/1以後の再放送の予定はありません)
- 番組中使用したフィルム映像について ポツダム会談のカラー映像
ロシア国立中央フィルム・写真史料保管所所蔵のものです。 そのほか個々の映像については、担当者に直接、問い合わせてください。
- 番組で登場したロシア人の歴史学者について
ボリス・スラヴィンスキー氏。
ロシアに保管されている史料を発掘し、日露関係を研究している 歴史学者。
主な著書「日ソ戦争への道」「千島占領 1945年夏」など多数。
- スターリン役の再現に関して
スターリン役を演じたのは、ベルリン在住の俳優、ユリウス・ホルバートさんです。
撮影場所は、ポツダム郊外の別荘地バーベルスブルグに今も残っているソ連代表団宿舎です。 当時実際にスターリンが宿泊した建物です(現在は地元の建築工業組合の団体が入っています)
- ソ連版ポツダム宣言の草案
ロシア外務省外交史料館に保管されています。
(資料番号639−77−4−9 ) 一般には公開されていません。
日付 7月26日
体裁は、アメリカ合衆国大統領トルーマン、中国総統蒋介石、イギリス首相チャーチル、ソ連人民委員長スターリン大元帥の四名が各国のマスコミに対し発表する共同宣言として書かれています。
内容は、日本の中国侵略、米英に対する背信的な戦争を、40年前のロシアに対する戦争となぞらえて非難した上で、日本に「無条件降伏」を呼びかける勧告文になっています。
アメリカのポツダム宣言は、天皇制を含め、戦後の日本の政治体制まで言及していますがこのソビエト案はわずか1ページの簡潔な文章になっています。
しかし一方で、当時、ソ連は日本と中立条約を結んでおり、和平調停の仲介をとってほしいという働きかけを受けていました。
7月13日付の天皇からの親書では
「米英が無条件降伏を迫る限り戦争を継続せざるを得ない」旨を伝えられています。
このことから、長谷川教授は、「参戦前に日本が降伏してしまうと困るソ連は、あえて日本が飲めない「無条件降伏」という文言を入れた上で宣言案を作り、いったん日本がこの降伏勧告を拒否した上で、それを理由に参戦しようとしたのでは」と推理しています。
これまで、ソ連はこの時点で中立条約が有効であり、日本と戦争していなかったのだからポツダム宣言に参加していないのは当たり前、という見方がされてきましたが、今回発見された資料からは、ソ連がぎりぎりまで参戦の「大義名分」としてポツダム宣言への加入を求めて「時間稼ぎ」をしようとしていた「焦り」が伺えます。
- 7月13日付の天皇からの書簡
ロシア外務省外交史料館に保管されている、外務人民委員代理ロゾフスキーのファイルに綴じられています。
(資料番号13−7−71−7−43)一般には公開されていません。
内容:
日本国天皇は戦争の惨禍を憂慮し、戦争終結の意思を持っている。 しかし、米英が「無条件降伏」を主張しているので、帝国の名誉と存亡のために戦争を継続せざるを得ない。その結果、国民の被害が増えるのを不安に思い、天皇はすみやかな平和回復を願っている。
- 7月26日の米ソ参謀長会議で話し合われた軍事境界線
ポツダム会談では、米ソの軍人が極東での戦争におけるそれぞれの海軍や陸軍の行動領域を話し合っています。今回、その内容を
「Foreign Relations of the United States」p.408〜417をもとに地図化しました。
- スターリンの会見記録
ロシア国立社会政治史料保管所に保管されているスターリンファイルに綴じられています。
(資料番号558−11−416)
1944年から1946年にかけてのスターリンの面会した人の名前と面会していた時間が記されています。
ポツダム会談中は記述が抜けていて、モスクワに帰ってきた8月5日から再開しています。
主な面会者は、
8月5日 モロトフ、ミコヤン、ベリヤ
8月6日 記述なし
8月7日 宋子文など中国代表団
8月8日 ハリマン大使、ケナンなどアメリカ
- 8月7日に出された作戦変更指令書
ロシア国防省中央公文書保管所に保管されています。極東軍総司令官ワシレフスキー元帥が各方面に発した戦闘開始時期変更の指令書の一つ。8月11日午前1時に予定していた作戦開始を9日の午前1時に変更することが記述されています。
- 8月16日に出されたトルーマン宛スターリンの書簡
ロシア国立社会政治史料保管所に保管されています。
(資料番号558−11−372−111) 15日、アメリカが発した一般命令第一号(日本が侵略によって奪取した地域を日本軍がどの国に降伏し明け渡すかを決める)に対し、スターリンがトルーマン宛に返答した書簡。
< 主なロケ地>
- ポツダムのソ連代表団宿舎
現在はドイツの建築工業団体が所有しており、一般公開はされていません。 外からの見学は可能です。
- ツェツィリエンホーフ宮殿(ポツダム会談の会場)
現在はホテルと資料館として営業しています。 会議場として使われた部屋は資料館の見学コースとなっています。
- 番組中の朗読の引用 独ソ戦についてのスターリン回想
「ウクライナ、白ロシア、バルト地域を奪われた不愉快な出来事・・・」
→参考 スターリン革命記念日演説より(1944年11月7日付) 対日戦の開始時期についてのスターリンとワシレフスキーの電話の会話
ス:「作戦開始を10日ほど早めることはできないか?」
ワ:「軍の終結や装備の輸送から見てそれは無理です」
→参考 ワシレフスキー「一生の事業」より
- スターリンからトルーマンへの質問(7月18日付)
「日本に対しては提案の意図が分からないとコメントした上でごく一般的なはっきりしない回答を与えて警戒心を鈍らせるのがよいと思うがいかがでしょうか?」
→参考
「Foreign Relations of the United States」中の -The Conference
of Berlin-1945, Vol.II,p86-87
- 首脳会談でのスターリンの発言
「ポーランドの西部国境がドイツの領土を侵しているといわれるが、この地域は書類上ではドイツだが、実際はドイツ人が逃げてしまったためポーランドの領土になっている。
それをドイツ人に返せといえば土地を耕作しているポーランド人が賛成しないでしょう」
→参考 「トルーマン回顧録」p256-257
- ソ連代表団宿舎でのスターリンの怒り(グロムイコの回想)
「彼らは初めから我々のことを頭に入れていなかった。ヤルタ会談の時、原爆が実験段階にあることをいってくれても良かった・・・」
→参考 「グロムイコ回想録」p.171-172 大連港の租借に関するスターリンと中国首相、宋子文の交渉
スターリン:我々は、一刻も早く港がほしい。大連を軍港として30年は租借したい。
宋子文:大連はあくまで中国が管轄する。軍港ではなく自由港としたい」
→参考
中ソ交渉記録(1945年8月7日) モスクワ駐在佐藤大使にモロトフ外相が宣戦布告 1945年8月8日午後5時、モロトフ外相が佐藤尚武大使に、明日9日より日本と戦争状態に入ることを通告。その理由を下記のように伝えている。
→参考
佐藤尚武著「回顧八十年」p497-500 「日本は連合国によるポツダム宣言を拒否した。それゆえ日本政府がソビエトに求めていた和平調停は根拠を失った。また連合国はソビエト政府に対し日本に対する戦争に参加するように提案した。ソビエト政府は連合国に対する義務に従い、この提案を受け入れ、ポツダム宣言に参加する・・・」
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| 番組内で使われた資料などの所蔵先一覧 |
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| 参考文献 |
◆「日ソ戦争への道」
(ボリス・スラヴィンスキー著/加藤幸廣訳 共同通信社)
◆「千島占領 1945年夏」
(ボリス・スラヴィンスキー著/加藤幸廣訳 共同通信社)
◆「スターリンと原爆」
(デーヴィド・ホロウェイ著 大月書店)
◆「北方領土問題と日露関係」(長谷川毅著 筑摩書房)
◆「第二次世界大戦終戦史録」(外務省編纂 山手書房新社)
◆「これがソ連の対日外交だ」
(NHK日ソプロジェクト著 日本放送出版協会)
◆「ドキュメント太平洋戦争6 一億玉砕への道」
(NHK取材班 角川書店)
◆「太平洋戦争日本の敗因6 外交なき戦争の終末」
(NHK取材班 角川書店)上の本を文庫化
◆「スターリン秘録」(斎藤勉著 産経新聞社)
◆「黙殺」(仲晃著 日本放送出版協会)
◆「トルーマン回顧録 決断の年」
(トルーマン著/加瀬俊一監修・堀江芳孝訳/恒文社)
◆ Foreign Relations of the United States 特にこの中の-The
Conference of Berlin-1945, Vol.I, VolII が関係しています。
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