2001年 08月分 放映リスト

2001年8月1日(水)第63回 
ポツダム宣言・ソ連対日参戦 〜ソ連対日参戦・スターリンの焦燥〜

2001年8月22日(水)第64回 
三国志英雄伝 第一部 奇跡の風、長江に吹く〜孔明の知略、天下三分の計〜

2001年8月22日(水)第65回 
三国志英雄伝 第二部 死せる孔明・中国を動かす 〜千年の時を越える教え〜

2001年8月29日(水)第66回 
そして人は空を飛んだ 〜ライト兄弟に先がけた男・二宮忠八の挑戦〜



第63回
ポツダム宣言・米ソの攻防@
〜ソ連対日参戦・スターリンの焦燥〜

放送日

放送日
本放送 平成13年8月1日(水)21:15〜21:58(総合)
再放送 平成13年8月4日(土)00:15〜00:58(総合)
※金曜日の深夜になります
再々放送 平成13年8月8日(水)15:05〜15:48(BS2)
出演者
松平 定知 アナウンサー

○ スタジオゲスト
長谷川毅(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授。
現代ロシア政治や日露関係史などを専門とする。
主要著書
「ロシア革命下のペトログラードの市民生活」「北方領土問題と日露関係」など。
番組概要

その時:1945年8月8日

出来事:ソ連が日本に宣戦布告
 日ソ中立条約を一方的に破棄し、対日参戦の決定をしたソ連首相スターリン。そこにいたる スターリンの行動の多くは謎だった。
しかし、このほど、ソ連側が作成したポツダム宣言の草案が ロシア外務省外交史料館より発見された。 日付は、アメリカがソ連抜きでポツダム宣言を急遽発表したのと同じ7月26日。米英中三ヶ国だけでなく、ソ連も加えた四カ国で日本に無条件降伏を求める内容になっている。そこからは、連合国の一員として「対日参戦」の大義名分を得ようとしていた ソ連側の焦燥が浮かんでくる。
番組では、アメリカが突然発表したソ連抜きのポツダム宣言に、ヤルタで交わした密約を反故にされる恐れを感じ、対日参戦に踏み出すまでのスターリンの焦燥の日々を新資料で克明に追いながら、戦後の冷戦と北方領土問題など、日露間の確執の原点を描く。
番組の内容について
  • シリーズ第一回は・・・・

    この番組は二回シリーズです。
    先週放送した「第一回 原爆投下・トルーマンの決断」では、原爆実験成功という切り札を手にしたアメリカのトルーマン大統領が、ソ連が本格的に参戦する前に早期終戦を実現しようと、米英中の三ヶ国でポツダム宣言を発表、原爆投下をするまでの経緯を描きました。
    ( 放送は 7月25日(水)21:15〜21:58(総合)でした。今のところ 8/1以後の再放送の予定はありません)

  • 番組中使用したフィルム映像について ポツダム会談のカラー映像
    ロシア国立中央フィルム・写真史料保管所所蔵のものです。 そのほか個々の映像については、担当者に直接、問い合わせてください。
  • 番組で登場したロシア人の歴史学者について
    ボリス・スラヴィンスキー氏。
    ロシアに保管されている史料を発掘し、日露関係を研究している 歴史学者。
    主な著書「日ソ戦争への道」「千島占領 1945年夏」など多数。
  • スターリン役の再現に関して
    スターリン役を演じたのは、ベルリン在住の俳優、ユリウス・ホルバートさんです。
    撮影場所は、ポツダム郊外の別荘地バーベルスブルグに今も残っているソ連代表団宿舎です。 当時実際にスターリンが宿泊した建物です(現在は地元の建築工業組合の団体が入っています)
  • ソ連版ポツダム宣言の草案
    ロシア外務省外交史料館に保管されています。
    (資料番号639−77−4−9 ) 一般には公開されていません。
    日付 7月26日
    体裁は、アメリカ合衆国大統領トルーマン、中国総統蒋介石、イギリス首相チャーチル、ソ連人民委員長スターリン大元帥の四名が各国のマスコミに対し発表する共同宣言として書かれています。
    内容は、日本の中国侵略、米英に対する背信的な戦争を、40年前のロシアに対する戦争となぞらえて非難した上で、日本に「無条件降伏」を呼びかける勧告文になっています。
    アメリカのポツダム宣言は、天皇制を含め、戦後の日本の政治体制まで言及していますがこのソビエト案はわずか1ページの簡潔な文章になっています。
    しかし一方で、当時、ソ連は日本と中立条約を結んでおり、和平調停の仲介をとってほしいという働きかけを受けていました。
    7月13日付の天皇からの親書では
    「米英が無条件降伏を迫る限り戦争を継続せざるを得ない」旨を伝えられています。
    このことから、長谷川教授は、「参戦前に日本が降伏してしまうと困るソ連は、あえて日本が飲めない「無条件降伏」という文言を入れた上で宣言案を作り、いったん日本がこの降伏勧告を拒否した上で、それを理由に参戦しようとしたのでは」と推理しています。  
    これまで、ソ連はこの時点で中立条約が有効であり、日本と戦争していなかったのだからポツダム宣言に参加していないのは当たり前、という見方がされてきましたが、今回発見された資料からは、ソ連がぎりぎりまで参戦の「大義名分」としてポツダム宣言への加入を求めて「時間稼ぎ」をしようとしていた「焦り」が伺えます。
  • 7月13日付の天皇からの書簡
    ロシア外務省外交史料館に保管されている、外務人民委員代理ロゾフスキーのファイルに綴じられています。
    (資料番号13−7−71−7−43)一般には公開されていません。
    内容:
    日本国天皇は戦争の惨禍を憂慮し、戦争終結の意思を持っている。 しかし、米英が「無条件降伏」を主張しているので、帝国の名誉と存亡のために戦争を継続せざるを得ない。その結果、国民の被害が増えるのを不安に思い、天皇はすみやかな平和回復を願っている。
  • 7月26日の米ソ参謀長会議で話し合われた軍事境界線
    ポツダム会談では、米ソの軍人が極東での戦争におけるそれぞれの海軍や陸軍の行動領域を話し合っています。今回、その内容を
    「Foreign Relations of the United States」p.408〜417をもとに地図化しました。
  • スターリンの会見記録
    ロシア国立社会政治史料保管所に保管されているスターリンファイルに綴じられています。
    (資料番号558−11−416)
    1944年から1946年にかけてのスターリンの面会した人の名前と面会していた時間が記されています。 ポツダム会談中は記述が抜けていて、モスクワに帰ってきた8月5日から再開しています。
    主な面会者は、
    8月5日 モロトフ、ミコヤン、ベリヤ
    8月6日 記述なし
    8月7日 宋子文など中国代表団 
    8月8日 ハリマン大使、ケナンなどアメリカ
  • 8月7日に出された作戦変更指令書
    ロシア国防省中央公文書保管所に保管されています。極東軍総司令官ワシレフスキー元帥が各方面に発した戦闘開始時期変更の指令書の一つ。8月11日午前1時に予定していた作戦開始を9日の午前1時に変更することが記述されています。  
  • 8月16日に出されたトルーマン宛スターリンの書簡
    ロシア国立社会政治史料保管所に保管されています。
    (資料番号558−11−372−111) 15日、アメリカが発した一般命令第一号(日本が侵略によって奪取した地域を日本軍がどの国に降伏し明け渡すかを決める)に対し、スターリンがトルーマン宛に返答した書簡。



    < 主なロケ地>

  • ポツダムのソ連代表団宿舎
    現在はドイツの建築工業団体が所有しており、一般公開はされていません。 外からの見学は可能です。
  • ツェツィリエンホーフ宮殿(ポツダム会談の会場)
    現在はホテルと資料館として営業しています。 会議場として使われた部屋は資料館の見学コースとなっています。

  • 番組中の朗読の引用 独ソ戦についてのスターリン回想
    「ウクライナ、白ロシア、バルト地域を奪われた不愉快な出来事・・・」
    →参考 スターリン革命記念日演説より(1944年11月7日付) 対日戦の開始時期についてのスターリンとワシレフスキーの電話の会話

    ス:「作戦開始を10日ほど早めることはできないか?」
    ワ:「軍の終結や装備の輸送から見てそれは無理です」

    →参考 ワシレフスキー「一生の事業」より

  • スターリンからトルーマンへの質問(7月18日付)
    「日本に対しては提案の意図が分からないとコメントした上でごく一般的なはっきりしない回答を与えて警戒心を鈍らせるのがよいと思うがいかがでしょうか?」
    →参考
    「Foreign Relations of the United States」中の -The Conference of Berlin-1945, Vol.II,p86-87
  • 首脳会談でのスターリンの発言
    「ポーランドの西部国境がドイツの領土を侵しているといわれるが、この地域は書類上ではドイツだが、実際はドイツ人が逃げてしまったためポーランドの領土になっている。 それをドイツ人に返せといえば土地を耕作しているポーランド人が賛成しないでしょう」
    →参考 「トルーマン回顧録」p256-257
  • ソ連代表団宿舎でのスターリンの怒り(グロムイコの回想)
    「彼らは初めから我々のことを頭に入れていなかった。ヤルタ会談の時、原爆が実験段階にあることをいってくれても良かった・・・」
    →参考 「グロムイコ回想録」p.171-172 大連港の租借に関するスターリンと中国首相、宋子文の交渉
    スターリン:我々は、一刻も早く港がほしい。大連を軍港として30年は租借したい。
    宋子文:大連はあくまで中国が管轄する。軍港ではなく自由港としたい」
    →参考
    中ソ交渉記録(1945年8月7日) モスクワ駐在佐藤大使にモロトフ外相が宣戦布告 1945年8月8日午後5時、モロトフ外相が佐藤尚武大使に、明日9日より日本と戦争状態に入ることを通告。その理由を下記のように伝えている。
    →参考
    佐藤尚武著「回顧八十年」p497-500 「日本は連合国によるポツダム宣言を拒否した。それゆえ日本政府がソビエトに求めていた和平調停は根拠を失った。また連合国はソビエト政府に対し日本に対する戦争に参加するように提案した。ソビエト政府は連合国に対する義務に従い、この提案を受け入れ、ポツダム宣言に参加する・・・」
番組内で使われた資料などの所蔵先一覧
-
参考文献

◆「日ソ戦争への道」
(ボリス・スラヴィンスキー著/加藤幸廣訳 共同通信社)
◆「千島占領 1945年夏」
(ボリス・スラヴィンスキー著/加藤幸廣訳 共同通信社)
◆「スターリンと原爆」
(デーヴィド・ホロウェイ著 大月書店)
◆「北方領土問題と日露関係」(長谷川毅著 筑摩書房)
◆「第二次世界大戦終戦史録」(外務省編纂 山手書房新社)
◆「これがソ連の対日外交だ」
(NHK日ソプロジェクト著 日本放送出版協会)
◆「ドキュメント太平洋戦争6 一億玉砕への道」
(NHK取材班 角川書店)
◆「太平洋戦争日本の敗因6 外交なき戦争の終末」
(NHK取材班 角川書店)上の本を文庫化
◆「スターリン秘録」(斎藤勉著 産経新聞社)
◆「黙殺」(仲晃著 日本放送出版協会)
◆「トルーマン回顧録 決断の年」
(トルーマン著/加瀬俊一監修・堀江芳孝訳/恒文社)
◆ Foreign Relations of the United States 特にこの中の-The Conference of Berlin-1945, Vol.I, VolII が関係しています。
この文献は芝のアメリカンセンターで閲覧できます。



第64回
三国志英雄伝 第一部 奇跡の風、長江に吹く
〜孔明の知略、天下三分の計〜

放送日

放送日  2001年8月22日(水)20:00〜20:43 NHK総合テレビ
出演者
松平 定知 アナウンサー
孫明日香(リポーター)

○ スタジオゲスト

陳舜臣(作家)
ジュディ・オング(女優)

■声の出演:
小川真司(諸葛孔明役)
坂口哲夫(劉備役)
中尾みち雄(孫権役)

番組概要

その時:西暦208年12月

出来事:英雄たちの三つどもえの決戦の最中、長江(揚子江)に季節はずれの東南の風が吹き、大逆転が起こる

 1800年前の中国の歴史物語「三国志」。
劉備(りゅうび)と孔明(こうめい)を主人公に、三国志の魅力と壮大な人間ドラマを育んだ中国の風土を分かりやすく伝える。 第一部は、三国志のハイライト・赤壁(せきへき)の戦い。中国統一をめざす実力ナンバー1の曹操(そうそう)と、ナンバー2の孫権(そんけん)が激突。この戦いをしかけたのは、劉備の軍師・孔明といわれている。劉備は「人柄」がよく民に慕われたが勢力は弱小。孔明は「知恵」を武器に劉備を助けた。 ある日孔明は、劉備に「天下三分の計」の秘策を授ける。曹操と孫権を戦わせ、その間に第三勢力として自分たちが力を蓄える作戦だ。この作戦に基づいて孔明は孫権を挑発し、曹操と戦わせる。戦いの決め手は風。曹操軍の船に火をかけ一網打尽にするためには、冬場はなかなか吹かない東南の風が必要だった。最近の研究では、勝敗を決める風向きに、意外な形で孔明の知恵が関わっていたという。三国志の英雄がぶつかり合う赤壁の戦い、その劇的な大逆転のドラマを描く。

番組の内容について
● 番組の内容について
  • スタジオの人形
    人形作家・川本喜八郎さん制作
    NHK人形劇「三国志」で使用された人形を特別にお借りしました。
  • 再現ドラマ
    下記「三国城」にて撮影
    一部はドラマ「三国演義」(中国中央電視台制作)より
    (現在NHK衛星第二で毎週金曜日16:30〜17:14放送中)
  • 三国城
    三国志のテーマパーク。もとは上記「三国演義」のオープンセット。
    正式名称「唐城三国水滸景区」(唐の時代・水滸伝のセットも併設)
    中国江蘇省無錫市
    電話 +86-510-555-0117
  • 三義廟(三義宮)
    劉備・関羽・張飛を祀る廟 ・タク(扁はさんずい、つくりは豚の右側)県楼桑村内 ・北京市内から南へ車で1〜1.5時間
  • 撮影資料「正史三国志」
    中国国家図書館(北京市)所蔵。国家一級文物。宋代に刊行。
    全巻揃ったものとしては、中国最古の「正史三国志」のひとつ
  • 古隆中
    孔明が住んでいたとされる地域。孔明が使っていたといわれる井戸がある他、推定復元された居宅などがある。
    中国湖北省隆中文物風景 襄樊市内から車で約30分
    土日休
    ※孔明が住んでいた場所については、河南省南陽説もあり。
  • 赤壁古戦場
    湖北省赤壁市赤壁鎮
    ※赤壁市…旧名は蒲圻市。近年「赤壁」に改名。
    赤壁市中心部から車で約30分
  • 孔明の子孫が暮らす村(諸葛鎮)
    ※第二部の問い合わせ表参照
  • 劉備の墓(恵陵)
    ※四川省成都市武侯祠内。
    第二部の問い合わせ表参照。
番組内で使われた資料などの所蔵先一覧
  • -
参考文献
  • 基礎文献
    「正史三国志」(陳寿著・ちくま学芸文庫)・・歴史書。全八冊。
    「完訳三国志」(羅漢中著・岩波文庫)・・小説
    「三国志演義」。全八冊。 ムック形式
    「真三國志」1〜3(学研「歴史群像・中国戦史」シリーズ)
    ※2巻が「赤壁の戦い」 「三国志」上・下 (学研「歴史群像」シリーズ) 他
    「三国志考証学」(李殿元・李紹先著・和田武司約 講談社)
    「三国志演義」の記述を史実と照らしあわせて検証している中国の研究書 
    「中国 三国志巡りの本」(近畿日本ツーリスト「旅のガイドブック」38)
    三国志関連の史跡等を紹介したガイドブック



第65回
三国志英雄伝 第二部 死せる孔明・中国を動かす
〜千年の時を越える教え〜

放送日

放送日  2001年8月22日(水)21:15〜21:58 NHK総合テレビ
出演者
松平 定知 アナウンサー

○ スタジオゲスト
陳舜臣(作家)
ジュディ・オング(女優)

■声の出演: 小川真司(諸葛孔明役) 坂口哲夫(劉備役)
番組概要
その時:234年8月23日
出来事:中国統一をめざした孔明、志半ばにして死す

 三国志の世界の魅力と現代に生きるメッセージを伝えるスペシャルの第二部。三国志最後のクライマックス五丈原(ごじょうげん)の戦い。
天才軍師・諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)が、主君・劉備玄徳(りゅうびげんとく)の死後、その遺志をついで宿敵・魏と戦った。
今から9年前、中国南部に孔明の子孫が暮らす諸葛鎮という村が見つかった。住民はほとんどが「諸葛」姓で、村は迷路として作られている。路地の奥の不思議な文様に秘められた孔明の教えとは何か。 孔明は、南方の民族を平定する時に、敵の指導者を捕らえては解放することを七度繰り返して心をつかんだ。またたとえかわいがっていた部下であっても、命令を破れば厳しく罰した。そして五丈原では死の床にあっても部下への指示を続けた。孔明の行動は、現代にも通じるリーダーのあり方を教えてくれる。
孔明の秘策の数々、天空に流星が降り注いだという孔明の死の瞬間、そして今、孔明の子孫が暮らす村。現地中国に残る遺物を紹介しながら、天才軍師孔明が歴史を動かした瞬間を描く 。

番組の内容について

  • スタジオの人形
    人形作家・川本喜八郎さん制作
    NHK人形劇「三国志」で使用された人形を特別にお借りしました。
  • 再現ドラマ
    ドラマ「三国演義」(中国中央電視台制作)より
    (現在NHK衛星第二で毎週金曜日16:30〜17:14放送中)   
  • 成都武侯祠
    劉備と孔明をまつる廟。劉備の墓、出師の表、博物館などがある。
    中国四川省成都市武侯祠大街231号
    電話 +86-28-555-8960 ・入場料30元(約450円)、8:00 - 18:00、年中無休
  • 孔明の子孫が暮らす村(諸葛鎮)
    中国浙江省蘭渓市諸葛鎮。
    人口5000の村人のうち8割が諸葛姓を名乗る。
    およそ千年前に孔明の子孫が県知事として赴任したのをきっかけに村が形成されたといわれる。
    9年前、諸葛家の系図「諸葛氏宗譜」が発見されたことが中国全土に報じられ、その存在が一般に知られるようになった。
    杭州から南へ200キロ。車か電車利用。蘭渓市から車で30分。
  • 蜀の桟道
    四川省広元市明月峡。(四川省と陝西省の境にある)。入場料10元。
    蜀の時代に作られた桟道が復原されている。
    成都から車で半日かかります。
  • 五丈原(ごじょうげん)
    陝西省宝鶏市郊外。宝鶏から車で1時間半。
    孔明の最後の戦場。現在は農地になっている。
    孔明の陣地の跡は豁落城(かつらくじょう)跡という場所。土塁が残る。
  • 孔明の墓(武侯墓)
    陝西省漢中市勉県にある。入場有料。
    孔明の遺言で北伐を行った時の前線基地があった漢中に葬られた。

    ■番組で紹介した言葉
  • 「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」
    孔明が、高く評価していた部下の馬謖の命令違反に対して泣きながら死刑を命じた故事に基づく。たとえ目をかけた人でも違反は厳しく処罰する意味。
  • 「死せる孔明、生ける仲達(ちゅうたつ)を走らす」
    「死せる諸葛・・」ともいう。孔明の死後、遺言に基づいて撤退した蜀軍に、魏の司馬懿仲達が孔明の知略だと疑って追撃をやめたという故事による。
  • 孔明の死の記述(正史「三国志」蜀書より)
    「星有り、赤くして芒角(ぼうかく)あり。東北より西南に流れ亮の営に投じ三投再環」
    (赤い流れ星が東北から西南に流れ、三度、孔明の陣に落ちた。)
  • 孔明が劉禅に語った言葉(正史「三国志」蜀書より)
    「成都には桑八百株とやせた田んぼがあり、 家族の生活はそれで十分やっていけます。 その他に財産を作って利益を得たいと思うことはございません」
  • 孔明が子孫に残した家訓「誡子書」(諸葛鎮の大公堂に保管)
    「優れた人は静かに身を修め、徳を養う。 無欲でなければ志は立たず おだやかでなければ道は遠い。 学問は静から、才能は学から生まれる。 学ぶことで才能は開花する。 志がなければ学問の完成はない。」
番組内で使われた資料などの所蔵先一覧
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参考文献
  • 「正史三国志」(陳寿著・ちくま学芸文庫)・・歴史書。全八冊。
    「完訳三国志」(羅漢中著・岩波文庫)・・小説「三国志演義」。全八冊。
    「陳舜臣中国ライブラリー15 諸葛孔明」(陳舜臣著・集英社)・・小説
    「諸葛孔明 三国志とその時代」(宮川尚志著・成美堂出版)・・伝記
    「諸葛亮孔明 その虚像と実像」(渡邉義浩著・新人物往来社)・・研究書




第66回
そして人は空を飛んだ
〜ライト兄弟に先がけた男・二宮忠八の挑戦〜

放送日

放送日
本放送:平成13年8月29日(水) 21:15〜21:58 総合テレビ
再放送:平成13年9月 5日(水) 15:10〜15:53 BS-2
出演者
松平 定知 アナウンサー

○ スタジオゲスト
吉村昭(よしむらあきら) 作家。
二宮忠八の生涯を描いた小説「虹の翼」を発表。 キャスター
番組概要

その時:1903年12月17日午前10時35分

出来事:ライト兄弟が世界で初めて有人動力飛行(人が乗り、エンジンを動力に飛ぶ飛行)に成功
 ライト兄弟が世界で最初の有人動力飛行に成功する12年前、二宮忠八は飛行の原理を発見していた。しかし、日本国中が日清、日露戦争に邁進する中、忠八の類い希なる才能は黙殺されていた。 番組では、たった一人で大空への夢を追い求めた男・二宮忠八の生涯を、大プロジェクトで人力飛行を果たしたライト兄弟と対照的に描きながら、文明開花に生まれたフロンティアスピリットを描く 。
番組の内容について

  • カラス型模型飛行器の模型
    八幡浜市立図書館蔵
  • 玉虫型模型飛行器の模型
    八幡浜市立図書館蔵
    ライト兄弟が世界で初めて有人動力飛行に成功した瞬間は、映像資料は残っていません。使用している写真のみ残っています。
    *”飛行器”という言葉は、二宮忠八が考え出した言葉です。
    番組中、二宮忠八の模型には全て”飛行器”という呼び名を使用しています。
  • 忠八が作った凧
    八幡浜市立図書館蔵
    五十崎凧博物館蔵
    1889年11月、忠八が飛行原理を発見した場所は、香川県仲南町の樅の木峠という場所。
    忠八がカラスを見て発見した原理は”揚力(ようりょく)”というもの。揚力とは、翼の上と下で流れる空気のスピードの違いによって発生する圧力の大きさの違いで生ずる。
    番組では、これを簡単に伝えるために「空気の抵抗を利用すれば羽ばたかなくても、空に浮かぶことが出来る」とした。
  • オットー・リリエンタールの書いた本
    「飛行の基礎としての鳥の飛翔」
  • 忠八が初めて模型飛行器の実験に成功したのは、香川県丸亀市にあった丸亀練兵場。
    現在ここは、市の公園になっている。
  • 二宮忠八の日記
    菊池啓泰さん所蔵(現在、コピーしたものしかありません)
  • 玉虫型模型飛行器
    八幡浜市立図書館蔵
  • 忠八が軍に提出した上申書、設計図
    飛行神社蔵
    スミソニアン協会はアメリカの学術研究機関。
    1846年、イギリス人スミソニアンの遺産を基金にして設立。
    ワシントンにある自然史、歴史技術、航空宇宙の3つの博物館の他、各種研究所・美術館が設置されている。
  • 復元された玉虫型飛行器
    八幡浜市スポーツセンター蔵
    二宮忠八が新聞を見てライト兄弟の成功を知ったという記録は残っていますが、それがいつ発売された、どの新聞を見て知ったのかということはわかっていません。
    二宮忠八の玉虫型模型飛行器が英国王室航空協会に展示されたという記録は京都府八幡市の飛行神社に残っています。
  • 飛行神社には二宮忠八資料館が併設してあり、そこで忠八に関する資料を見学することが出来ます。



    《番組中で紹介した場所》

    ●八幡浜市立図書館
    〒796−0066
    愛媛県八幡浜市本町1
    電話0894−22−0917
    FAX0894−22−3609
    松山空港から車で1時間、JR松山駅から特急で1時間で八幡浜市につきます。

    ●飛行神社(二宮忠八資料館)
    京都府八幡市八幡土井44
    電話075−982−2329
    FAX075−981−1700 神職 國友雅生さん
    京阪電鉄 八幡市駅下車 駅より徒歩4分です
番組内で使われた資料などの所蔵先一覧
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参考文献
《主な参考文献》
●虹の翼     吉村昭著(文春文庫)
●凧と飛行機 豊沢豊雄(偕成社)
●飛行機とともに 斉藤茂太(中公新書)
●二宮忠八 凧と飛行機にかけた生涯(天満堂書店)
●日本の「創造力」近代・現代を開花させた470人(NHK出版)
●新編 丸亀市史3 近代・現代編(丸亀市)

二宮忠八の生涯をわかりやすく書いてあるのは「虹の翼」です。








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