| 第39回
シリーズ二・二六事件 1
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| 放送日
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放送日 平成13年2月14日(水)21:15〜21:58(総合、全国)
再放送 平成13年2月18日(日)7:45〜 8:28(総合、近畿)
2月19日(月)15:10〜15:53(総合、全国) |
| 出演者 |
松平 定知 アナウンサー
鹿野睦 アナウンサー
○ スタジオゲスト
井出孫六 (作家)
近代日本史をテーマに数々のルポルタージュを発表。 主な著書「終わりなき旅」「アトラス伝説」「戦後史」など *出演者の連絡先は教えられません。 何かあれば、担当者までご連絡下さい。
● 再現ドラマ
真崎甚三郎 相馬剛三(そうま ごうぞう)
磯部浅一 千葉哲也(ちば てつや) |
| 番組概要 |
| その時:昭和11年(1936)2月26日
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| 出来事:陸軍青年将校が決起、重臣たちを襲撃 |
近代日本最大のクーデター2・26事件。その後の軍部の台頭を決定づけた昭和史のターニングポイントであるが、その真相は今なお闇の部分が深い。
NHKでは、放送文化財ライブラリーに保存されていた交信傍受記録や事件の特設軍法会議主席検察官、匂坂春平氏が密かに保存していた事件記録の発掘などによって真相究明を続けてきた。さらに近年、ないといわれていた裁判正式記録も公開され、事件に対する陸軍首脳部の関与がどのようなものだったか実体が浮かび上がろうとしている。
番組では、2回シリーズで、これまでの取材の蓄積を元にファシズムへの道を開いた事件の<勃発>と<収拾>の瞬間にスポットを当て、2・26事件の研究の最前線を伝えていく。 |
| 番組の内容について |
● 番組の内容について
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- 二・二六事件の全容について
青年将校に率いられた兵士1400人あまりが岡田啓介総理大臣はじめ重臣たちを襲撃し、4日間に わたり、首都の中心部を制圧したクーデター。殺害されたのは、斉藤実内大臣、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎教育総監、警備の警官4人、松尾伝蔵大佐(岡田総理の身代わりになった)、合計8人。
- 東京地方検察庁の二・二六事件裁判記録について
平成5年、歴史研究者の請求に応じ、東京地方検察庁が一部公開された。これまで複写の閲覧は許されていたが、実物のテレビ撮影が認められたのは今回が初めて。戦後、GHQに押さえられていた ものが日本に返却され、東京地方検察庁に保管されていた。複写の閲覧も研究目的に限られている。
一般への公開は行っていない。
番組で紹介した箇所については、戦前の軍法会議に詳しい弁護士の原秀男さん(故)の著書「二・二六 事件軍法会議」(文芸春秋社、1995)に掲載されている。
- 「陸軍大臣告示」について
番組では、裁判で公式のものとされた午後3時20分、東京警備司令官から下達された大臣告示の文面に従い、第1項と第2項を紹介した。
一、決起の趣旨は、天聴に達せられあり
(訳:決起の趣旨は天皇のお耳に入れつつある)
一、諸子の行動は、国体顕現の至情に基づくものと認む
(訳:お前たちの行動は国体を明らかにしたいという真心からでたものと認める)
ただし、いわゆる「大臣告示」は細かな文面の違うものが十種類以上もあり、事件収拾を長引かせる原因となった。
従来、「大臣告示」は正午過ぎに開かれた軍事参議官会議で作成されたものと言われてきたが、正式裁判記録の中の近衛師団長、橋本虎之助の匂坂検察官への回答書によると「午前10時50分」にすでに下達されていたことになる。
この10時50分の大臣告示については、様々な説があるが、東京警備司令官、香椎浩平とその直前に面会している山下奉文少将の2人がこの文章の下達に関わった と推定した。なお、この大臣告示「午前節」については、これまで松本清張の「昭和史発掘」や東京憲 兵隊長、坂本俊馬大佐の軍上層部検挙計画でも触れられているが、今回の裁判記録はそれを補強する資料として位置づけられる。
- 「皇道派」と「統制派」について
皇道派は、真崎甚三郎大将を中心に、天皇をあがめ国体至上主義を唱えるグループ。 露骨な派閥人事を行った。荒木貞夫、香椎浩平、山下奉文など。
一方、統制派は、こうした皇道派に反発し、軍の統制を強め、常道に戻そうとするグループ。 国家改造によって、強力な国家総動員態勢を敷こうとする陸軍内のエリート。
橋本虎之助、杉山元、片倉衷など。ただし、皇道派に比べると、派閥としての実体ははっきりしないという説もある。
- 真崎甚三郎の読み方について
「まさき」「まざき」の2通り読み方がある。番組では遺族の読み方に従い濁って読む形で統一した。 スタジオで、キャスターよりお断りを入れている。
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| 番組内で使われた資料などの所蔵先一覧 |
- <番組で紹介した主な史料・場所>
- 国会前兵士写真
毎日新聞社。国会前の兵士はキャプションでは「反乱軍」となっているが、 「鎮圧軍」とする説もある。使用の際は要注意。
- 反乱軍写真
共同通信社。幸楽前で撮影したものといわれる。
- 東京地方検察庁の裁判記録 〜前項A
- 事件当時のフィルム
アニドウ・フィルム。
- 天皇を中心に撮影した集合写真
匂坂家所蔵。昭和9年、宇都宮で撮影したもの。
- 陸軍省写真
共同通信社。
- 相沢三郎新聞記事
東京日々新聞(昭和10年8月13日)
- 永田鉄山惨殺事件現場写真
国会図書館憲政資料室 匂坂資料。閲覧可能。
- 満州事変フィルム アニドウフィルム。
- 真崎甚三郎写真 毎日新聞社。
- 「真崎甚三郎日記」 国会図書館憲政資料室 真崎甚三郎資料。閲覧可能。
- 農村困窮フィルム アニドウフィルム。
- 安藤輝三写真 文殊社。
- 磯部浅一写真 文殊社。
- ドラマ(磯部と真崎の面会) 磯部浅一
- 裁判証言をもとに再現
- 歩兵第三連隊
現在の東京大学生産技術研究所。
- 19人青年将校写真
「NHK特集 二二六事件・消された真実」より
- 「電話傍受綴」
国会図書館憲政資料室 匂坂資料。閲覧可能。
番組で紹介した箇所は、第8巻、その中に「西田税から真崎甚三郎宛に2月21日の電話会話が傍受されていた記録がある。戒厳令施行前の電話傍受は当時の電信法で保証されていた「通信の秘密」を侵すものである。
誰が行っていたかについては統制派の勢力が及んでいた陸軍省・逓信省・参謀本部の可能性が高いが、断言は出来ない。(NHKエデュケーショナル中田整一氏談)
- 電話の自動交換機、録音機の前で行ったリポート
- 場所は、逓信総合博物館2階の展示コーナー。
- 録音機は、NHK放送博物館に展示されている昭和14年に製造されたものを撮影のために借用。(逓信総合博物館に行っても見られません)傍受の原理を説明するためイメージとして使用したものでこの録音機が実際に傍受に使われた訳ではありません。
- 録音盤は、NHK文化財ライブラリーに保管されていたもの。 全部で20枚。その内復元に成功したものは、約2時間半、64通話分。その内容については、「戒厳指令「交信ヲ傍受セヨ」」(NHK取材班、日本放送出版協会)に記載されている。
- 「政治的非常時変勃発に処する対策要綱」
防衛庁防衛研究所図書館。 表紙は「・・・に対する・・・」となっていますが、これはのちに表紙をつけた人の書き間違いで、中身は「・・・処する・・・」となっています。コメントの間違いではありません。
- 中田整一さん
現在、NHKエデュケーショナル常務取締役。 番組でも紹介したとおり「NHK特集 戒厳指令「交信ヲ傍受セヨ」」「NHK特集 二二六事件・消された真実」を制作されたプロデューサー。
二二六事件をライフワークとして追求されてきた方です。 主席検察官、匂坂春平の残した資料を初めて世に紹介され、角川書店「検察秘録 二・二六事件」の出版にも関わるなど、テレビ制作者の枠を越えて歴史研究者としても仕事されている方としてインタビューを行いました。
- 「昭和11年1月21日の日記」
「斯くしても平沼男に政権の来ること断じてなからん。斯くして失敗したるとき何人が責任の衝にあたるや、この際、青年将校より責めたてらるれば進退に極まるに至るべし・・・」
「其の通りに放置せば其の結果如何、吾人の自滅を待つのみ、愚劣なる策動をなすも不可なれど無為にして終わるも愚なり・・・」
真崎がこの時期、平沼内閣を実現する困難に直面し、焦りを感じていたことを伺わせる記述。
- CG要人殺害の地図
事件の全貌を俯瞰するためにNHKで新たに制作したもの。
- 渡辺錠太郎邸
東京荻窪。現在は、長男の渡辺誠一さんが一人で住んでいる。
- 事件当時の渡辺邸
毎日新聞社。
- 事件当時の様子
裁判記録の検証調書の記述。 「被害者渡辺錠太郎が西側床の間に南枕にて仰臥しおり付近に巾一尺長さ一尺五寸の血痕並びに血塊あり。同室押入襖前に巾七寸、長さ一尺の血痕、一部血塊となりあり。同所角柱わきに長さ二寸余の骨片三個あり。周壁を検するに東襖に二個、上部欄干に十三個、北方襖及び壁上に三十個の弾痕認められ・・・骨片押入内に散乱す」
・香椎浩平写真 共同通信社。
- 旧近衛師団司令部の建物
千代田区北の丸公園内にある。現在は、東京国立近代美術館工芸館。
- 片倉衷写真
文殊社。
- ドラマ(事件当日、陸軍大臣官邸での真崎と磯部の会話)
磯部浅一「行動記」をもとに再現
- 伏見宮写真 文殊社。
- 東京地検で見せた裁判記録 近衛師団長、橋本虎之助が匂坂検察官に宛てた回答書 その中に、「大臣告示を午前10時50分に受け取った」という記述がある。
資料接写はその回答書に「別紙第一」として添付されていた「大臣告示」。
- 橋本虎之助写真 共同通信社。
- 橋本の写真に合成した文字
上の橋本回答書の一部。「其の真意奈辺にあるや捕捉し難く」 橋本はこの大臣告示を怪文書のたぐいと考え、部下には下達しなかった。
- CG香椎と山下
「大臣告示」が東京警備司令部から近衛師団に伝えられたときの状況を示す ためにNHKで新たに制作したもの。
- 昭和天皇写真 NHK資料室。
- 東溜の間写真
宮内庁。「皇城」(中島卯三郎編、雄山閣)掲載写真を使用。
- 軍事参議官写真
「NHK特集 二・二六事件 消された真実」より
- 「陸軍大臣より」
国会図書館憲政資料室 匂坂資料。閲覧可能。 黒字の原文が、午後3時20分 東京警備司令部から下達された内容。
赤字の修正が、軍事参議官会議で決定した文面。 もとの原文は、「諸子の行動」の部分など、午前10時50分に近衛師団に伝えられた内容に近い。
- 映画「叛乱」(新東宝)
監督 佐分利信
原作 立野信之
脚本 菊島隆三
山下奉文少将が26日午後3時過ぎ、陸軍大臣官邸に出向き、青年将校の前で大臣告示を下達する場面。この番組に限っての使用許可を得ています。二次使用はできません。
- 小高脩平さん
埼玉県川越市に在住。二・二六事件への参加者は、埼玉県出身の郷土兵が多い。小高さんは昭和11年1月に歩兵第三連隊に入隊。47日目に事件に遭遇。首相官邸襲撃に参加を命じられる。
- 中庭に集まる反乱軍写真 共同通信社。
- 「軍隊に対する告示」 26日午後3時に下達された告示。決起部隊を正規の軍隊の一部に組み入れる命令。これによって原隊から決起部隊に食事が支給されるという奇妙な光景が生じた。
- 食事を支給される反乱軍写真 共同通信社。
- 幸楽前の反乱軍写真 共同通信社。
- スタジオで井出さんが解説したモニター画面
「大臣告示」を巡る26日の動き 午前10時50分
香椎、「大臣告示」を近衛師団に下達
「行動」 正午過ぎ 宮中会議、開催。
「大臣より」作成
「真意」 午後3時20分
香椎、全軍に下達 「行動」
- 九段会館 東京千代田区。
- 軍人会館写真
共同通信社。(3枚とも)戒厳令が公布された際、戒厳司令部が置かれた
- 軍人会館前の香椎浩平写真 共同通信社。
- 国会前の戦車写真 共同通信社。
- 国会に向かう鎮圧軍写真 NHK資料室。
- 事件に参加した小高さんの証言。呼び名が次々に変わった。
「26日 決起部隊→27日
占拠部隊→28日騒擾部隊」
- アドバルーン写真 共同通信社。
- 「下士官兵に告ぐ」のビラ写真 共同通信社。
- 町の中を行進する帰順兵写真 共同通信社。
- 第三連隊に入る兵写真 共同通信社。
- 磯部浅一写真 毎日新聞社。
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| 参考文献 |
- <参考文献>
- 「戒厳指令「交信ヲ傍受セヨ」」
NHK取材班
日本放送出版協会
- 「雪はよごれていた」
澤地久枝
日本放送出版協会
- 「二・二六事件軍法会議」
原秀男
文芸春秋
- 「検察秘録 二・二六事件 1〜4」
原秀男・澤地久枝・匂坂春平
角川書店
- 「二・二六事件」
高橋正衛
中公新書
- 「昭和史発掘 7〜13」
松本清張
文芸春秋
- 「軍ファシズム運動史」
秦郁彦
河出書房新社 ほか
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