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東日本大震災「発生」から3年

2014年3月11日
NHK報道局 社会部デスク(災害担当)菅井 賢治

震災はまだ終わっていない

3月に入り、「震災から3年」という言葉が様々なメディアで使われるようになってきたが、私は必ず「震災発生から3年」と表現するようにしている。「東日本大震災」と名付けられたこの災害は、3年前の3月11日に発生したマグニチュード9.0の巨大地震だけをさしているわけではない。巨大地震や数日間に本州各地で相次いだ大地震、東京電力福島第一原子力発電所の事故による災害も「震災」に含まれている。津波や地震、原発事故による被害と影響が、今もなお続いていることから見ても、「震災」は決して過去のある瞬間をさす言葉ではないことがわかる。だから、「震災発生から3年」と言うべきではないかと考えている。


2011年3月11日 宮城県上空より

なおも続く地震の危険性

震災が過去のことと考えられない理由は、ほかにもある。気象庁の観測によると、去年、震度4以上の揺れを観測した地震は全国で60回余り発生した。ひところより静かになった印象もあるが、2010年以前が年間30~40回程度だったことを考えると、地震の発生頻度はまだ高い状態が続いている。また、専門家は、巨大地震の影響で震源域周辺の力のバランスが変化して起きる、「アウターライズ地震」と呼ばれる巨大地震を懸念している。1933年、大津波で甚大な被害が出た昭和三陸地震は、1896年の明治三陸地震の影響による「アウターライズ地震」だったという見方があるが、この間には37年という、人間の一生から見れば気の遠くなるような歳月が流れている。辛い記憶は忘れてしまいたい、と誰しも思うものだが、残念ながら、まだ地震の危険性が去っていないことを忘れるわけにはいかない。

新たな災害のリスクも

さらに気がかりなのが火山活動である。20世紀以降、マグニチュード9以上の巨大地震は震災発生前までに5回観測されているが、いずれも数年以内に近隣の地域で大きな火山噴火が起きている。巨大地震による大規模な地殻変動や揺れが、地下のマグマに何らかの影響を与えると考えられている。今年2月、インドネシア・スマトラ島のシナブンという火山で大規模な噴火が発生し、火砕流などで14人が死亡した。2004年、インド洋に大津波を引き起こしたマグニチュード9.1の巨大地震以降、インドネシアでは火山噴火が相次ぎ、シナブンでも2010年からおよそ400年ぶりに噴火活動が始まっていた。2011年6月、南米チリで火山が大噴火し、南半球では多くの航空機が欠航する事態となったが、内外の専門家は前年に起きたマグニチュード8.8の巨大地震の影響を指摘した。


チリ・コルドンカウジェ火山

日本列島では、巨大地震による「誘発」を疑わせる大規模な噴火は確認されていないが、まだ安心することはできない。気象庁によると、この3年間、地下の地震活動などに何らかの変化が現れた火山は全国で20を超える。中には有史以来、噴火の記録がない火山もあり、今後の推移には注意が必要である。噴火の兆候が見られない富士山で、最近、防災対策の検討が進められるようになったのも、新たなリスクに向き合わなければならない、時代の要請といえる。


富士山

災害報道がなすべきことは

この3年間、関連死を含めて2万を超える命が失われた。そして、多くの方々がまだ日常を取り戻せない状況に陥っている。この2つの現実を、私はこれまで忘れた日がない。3年前のあの日、災害報道を担う者として、十分に役割を果たせたとは、到底、思うことができないためだ。
大津波が押し寄せるまでの数十分、多くの人の心に、尋常ではない災害への危機感をどれだけ伝えることができたのか・・・。
防災に携わる様々な方々と議論を続け、自分たちがやるべきことの見直しを進めてきた。放送では、地震津波報道の際、より強い危機感が伝わる呼びかけ方、わかりやすい画面表記などを導入した。ちょうど1年前には、私たち報道の要望も取り入れてもらう形で、津波に関する気象庁の警報や情報が改善された。


大津波警報発表時の画面例

限界を克服する「想像力」と「記憶」

ただ、今になって最も痛感していることは、「その時」の情報だけで、命を守ることはできないという、厳然たる事実である。激しい揺れや混乱の中で、人に伝えることができる情報は限られる。3年前は、停電などの様々な要因で、放送そのものが届かなかった人も数多くいた。まずは率直に情報の限界を受け止めなければならない。そして今、限界を克服できるのは「ここで災害が起きたら、どうなるのか」という、日常からの「想像力」ではないかと考えている。突然襲いかかる危機を回避できるよう、災害の危険性、早めに避難することの大切さを、日常の中でこそ、強く訴えていきたい。そのために、この災害を経験した方々の声、映像を克明に記録し、人類共通の「記憶」として後世に伝えていくことが、今を生きている私たちに課せられた、重要な責務だと感じている。