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火山活動

第17回  山体崩壊がもたらした突然の津波

執筆者

藤井 敏嗣
東京大学名誉教授 前火山噴火予知連絡会会長
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地震がなくても起きる津波

2018年12月22日、現地時間で午後9時ごろ、インドネシア、ジャワ島の西岸とスマトラ島の東南岸は地震の揺れも感じなかったのに、突然の津波に襲われました。国連調査によると、1月7日の時点でこの津波で死者437人、行方不明者10人、負傷者9,061人に達したそうです。これだけの死傷者が発生したのは、地震がきっかけで起こった津波ではなかったために、津波警報が出されることもなく、無防備状態で津波に襲われたからです。
それでは、なぜ、どのようにして津波が起こったのでしょうか。

島の半分が消えた!

スマトラ島とジャワ島の間のスンダ海峡には、アナ・クラカタウと呼ばれる直径2kmほどの火山島がありました【写真1】。海抜380mの火山で、非常に活発な活動を続けてきました。2018年6月18日から断続的に爆発的噴火を繰り返し、津波発生の前日まで、時には南西方向の海岸にまで達する幾筋もの溶岩流を流出していました。

12月22日、この島の約半分ほどが突然崩壊し、海中になだれ込んだ土砂が津波を引き起こしたのです。まだ、調査が十分でないために、はっきりしたことは分かっていませんが、海上にあった陸の部分だけでなく、海面下の山体の一部も含めて崩壊したようです。

人工衛星のレーダー画像では、津波の前後で、島の形が大きく変化していることが分かります【図1】。図中の楕円に示されているように、元の火口の右側(東側)を通る曲線に沿って、島の半分近くが崩壊したことを示しています。元の火口があったあたりは、海面付近が激しく波打っているように見えます。噴煙の中を透過して火口周辺の様子を映したレーダー画像では、火道(マグマの通り道)から噴出するマグマと海水が反応して激しいマグマ水蒸気噴火が起こっている状態を示しているように思われます。

この島は数奇な歴史を持っています。この海域にはもともと東西3km、南北6kmほどのクラカタウと呼ばれる火山島がありました。1883年に巨大な噴火を起こし、それに伴う津波がジャワ島やスマトラ島の広い範囲を襲い、3万6,000人以上が犠牲になりました。この噴火で、クラカタウ島の大部分が消滅してしまい、クラカタウ島があったと場所の海底には直径2㎞、深さ約300mのカルデラ(※)ができたのです【図2】。

(※)地下のマグマが大量に放出された後、マグマが抜けた後の隙間(すきま)に地盤が落ち込むことでできる巨大な鍋状の地形。

アナ・クラカタウはこのカルデラの北東縁の海底から成長した火山で、インドネシア語では「クラカタウの子ども」という意味です。1883年の噴火の直後から、海底噴火を繰り返し、1919年ごろからは海面に頭を出したり、波で浸食されて水没したりしていましたが、1928年ごろには、火山島として成長を続け、今回の崩壊直前には380mの高さにまで成長していたのです【図3】。

津波の後も続く激しい火山噴火

先に述べたように、津波を引き起こした山体崩壊の直後から、激しいマグマ水蒸気噴火が続きました。山体の約半分が崩壊し、海底に崩れ落ちたことによって、火道が水没し、地下から上昇してくるマグマが直接海水と接触するようになったのです。噴煙の高さは1万5,000m以上に達し、その後、貿易風によってインド洋の方向に流されていったので、陸地が火山灰の被害に遭うことは免れました。この噴火は断続的ながら、2019年の1月初めごろまで続きました。

噴火がやや落ち着いた時点での観測では、島の様子が一変していました【写真2】。島の高さは122mまで低くなり、全島が火山灰で覆われています。海岸付近の新たな火口付近からは水蒸気が放出されるとともに、島の西側を中心として茶褐色の変色水域が広がっています。まだ、活発な火山ガスの放出が海面下で続いているのです。ヘリコプターによる調査の途中で小規模なマグマ水蒸気噴火も観測されました【写真3】。この様子はアナ・クラカタウが火山島として成長を始めた1940年代の姿によく似ています。

予想されていた山体崩壊と津波

アナ・クラカタウが山体崩壊を起こし、その結果今回のような津波が発生することは、2012年に公表された論文で予測されていました。この論文では海面下の山体部分と海上の山体の一部が崩壊し、津波が生じる可能性があることを指摘していました。また、海面下の部分を含めた崩壊体積が約0.3立方キロメートル程度であることを想定し、水深300mのカルデラの底まで崩れた土砂が達するとして、津波発生の予測を行いました【図4】。予測された津波の到達時刻や津波被害の領域は今回のものとよく似ています。もちろん、この論文は、この崩壊がいつ発生するかを予測したものではありませんが、崩壊が起こると津波の原因になるという「火山島が抱える課題」として重要な指摘だったことは確かです。

日本でもあった、山体崩壊に伴う津波被害

もともと短期間に噴出物を積み上げて高い山を作ったものが火山ですから、火山は非常にぜい弱な構造物です。噴火や地震がきっかけで山体崩壊が起こることもあります。ただ、噴火が起こると必ず崩壊が起こるわけでもなく、また、大噴火では何ともなかったのに、ごく小規模な水蒸気噴火の直後に崩壊することも珍しくありません。火山の近くで起こった地震がきっかけとなった例もあります。どのような場合に崩壊に至るのか分かっていないので、やっかいです。

このような崩壊は大抵の火山が経験していて、秀麗な姿で知られる富士山でも、10万年の歴史の中で、何回も山体崩壊を起こし、大量の土砂が岩屑(がんせつ)なだれとなって山麓(さんろく)を襲ったことが知られています。崩壊のあとは、その後の噴火で溶岩流や火砕物で埋め立てられ、その痕跡をうかがうことは困難です。このような山体崩壊が、今回のような火山島や海岸近くの火山で起こると、土砂が水中になだれ込み、津波を起こすことになります。実際に、日本でも山体崩壊に伴う津波の発生例がいくつか知られています。

1640年7月31日の北海道駒ケ岳の噴火直後、山体崩壊によって発生した岩屑なだれが大沼と内浦湾とになだれ込み、発生した津波によって700人以上が犠牲になっています。

1741年8月29日には、北海道渡島半島の西方約50kmにある渡島大島で、山体崩壊が起こり、海中になだれ込んだ土砂のために、対岸の渡島半島沿岸にある松前から檜山の各地が津波に襲われ、1,500人以上が犠牲となりました。

また、1792年雲仙普賢岳の噴火の最中に、火山性地震がきっかけとなって、古い溶岩ドームである眉山(まゆやま)が崩壊しました。この崩壊で有明海になだれ込んだ土砂により津波が発生して、島原半島だけでなく対岸の熊本でも多く犠牲者が発生しました。死者・行方不明を含めて1万5,000人以上に達しています。このため、この災害は「島原大変、肥後迷惑」という言葉で表現されることがあります。

山体崩壊やそれに伴う津波に備えるには

アナ・クラカタウの例で示されたように、山体崩壊やそれに伴う津波を予測することは容易ではありません。津波に関して言えば、火山島の周辺と火山島に面した海域にたくさんの津波計を配置し、常時監視を続ければ警報を出すことも不可能ではありません。しかし、いつ起こるのか予想は困難ですから、その維持などを考えれば膨大な費用が必要で、現実的ではありません。

やや大きめの地震が火山の近くで起こったり、火山噴火が発生したりしたときに、もしかすると山体崩壊が起こるかもしれないと、火山の動きに注目するだけでも意味があると思われます。身構えることで万一の際に身を守る行動に移れるかもしれないからです。特に火山島周辺や火山島に面した海岸域では、山体崩壊だけでなく津波についても警戒する必要があるでしょう。何かの異変を見つけたら、直ちに高台に避難して、様子を確かめるなどの身を守る行動が必要です。

参考
(*)山体崩壊と岩屑(がんせつ)なだれ:第3回コラム 火山噴火と災害/藤井 敏嗣
https://www.nhk.or.jp/sonae/column/20121017.html

(2019年3月4日 更新)