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地震全般・各地の地震活動

第18回  新しい南海トラフ巨大地震の評価と暫定的な対応策 ~前編~

執筆者

平田 直
東京大学地震研究所教授 地震研究所地震予知研究センター長
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東海地震予知の見直し

日本では、地震災害対策として、(1)「事前の備え(事前防災)」、(2)「緊急地震速報に基づく緊急対応」、(3)「事後対応」、(4)「復旧・復興」に加えて、東海地域では、(5)地震予知に基づく「地震防災応急対策」が行われていました。この東海地震の「地震防災応急対策」は、大規模地震対策特別措置法(以下、「大震法」)に基づいて進められてきましたが(*1)、近年、大震法が前提としているような、確実な予測情報に基づく厳しい応急対応を行うことができるのかということが問題になってきました。また、現状では東海地域での大地震の可能性だけが特別に高いのではなく、南海トラフ全体のどこでも巨大地震の発生する可能性が高いということも分かってきました(*2)。

2017年9月に、中央防災会議の専門委員会の下に設置されたワーキンググループが新しい防災対策の方向性を示し、国として暫定的な体制が始まりました。気象庁は2017年11月1日から新しい南海トラフの巨大地震に関する情報を発表し、従来の東海地震に関する情報(「東海地震予知情報」、「東海地震注意情報」、「東海地震に関連する調査情報」)の発表は行わないこととなりました(*3)。

南海トラフでの巨大地震

南海トラフでは、これまでに繰り返し地震が発生してきました(*3)。最後の大地震は、1944年と1946年に発生した昭和の東南海・南海地震です。1970年代の後半に、昭和の東南海・南海地震での南海トラフの破壊域が駿河湾の奥にまで及んでいないことから、想定される震源域での「割れ残り」があり、次の南海トラフの大地震の前に東海地域で大地震、つまり「東海地震」が発生すると考えられたのです。しかし、当時から約40年たった今、「南海トラフのどこかで地震規模がマグニチュード(M)8~9、30年以内に発生する確率は60~70%」となり(第7回後編を参照)、東海地域だけが特別に地震発生の可能性が高いとは考えられなくなりました。

南海トラフでの巨大地震による大きな被害と地震予知の可能性

もし、南海トラフで、2011年3月11日に東北地方の太平洋沖で発生したような超巨大地震が起こったら、甚大な被害が発生することも分かってきました。内閣府中央防災会議は、最悪の場合、約32万人が犠牲になると予測しましたが、仮に、家屋の耐震化率を100%にし、津波からの避難のためのタワー等を整備して早期避難が行われる体制を整備するなどの「事前の備え(事前防災)」を行えば、死者は5分の1にまで減らせると考えられています。それでも、6万人以上の犠牲者が出るおそれがあります【図1】。

地震が発生する直前に適切な情報を発信できれば、この人たちの命を救うことができるかもしれません。しかし、地震学の進歩にもかかわらず、大地震の発生を数日前に確実に予測すること(地震予知)は難しいと考えられるようになりました。

つまり、これまで最も有力な大地震の前兆だとされていた大地震の震源域で発生するゆっくり滑り(前兆滑り;*第8回)も、「滑りが出現しても、必ず大地震になる」わけではないことが分かってきました。例えば、2011年東北地方太平洋沖地震では、地震の2日前と、約1カ月前の2回、本震の震源の近傍でゆっくりとした滑りが発生し、最初の滑りより2度目の滑りは速く、滑りが震源に向かって南下したことが観測されましたが、3月11日のマグニチュード9.0の地震の直前には、このゆっくりとした滑りは止まってしまいました(*第4回)。理論的な検討からも、観測データからも、震源域でゆっくり滑りが発生しても大地震に至らないことのあることが確認されたのです。発生した「震源域の中のゆっくり滑り」が大地震の「前兆滑り」であると判断できるのは、大地震が起きた後に、振り返って考えてはじめて可能となるのです。これは、ちょうど、大地震の前に発生する前震は、大地震発生後にしか判断できないのと似ています。

つまり、確実な防災情報として「前兆滑り」は使えなくなったのです。現時点では、「大震法に基づく現行の地震防災応急対策が前提としている確度の高い地震の予測はできない」とされ、そのため、「現行の地震防災応急対策は改める必要がある」とされました。現在の地震学の実力では、鉄道の運行停止などの厳しい地震防災応急対策を取ることはできない、と断言されたのです。

新しい評価

一方で、大地震が発生する可能性を示すデータが新たに得られることもあります。例えば、南海トラフの東側半分で、東海地震や東南海地震などの大地震が発生した場合、西側半分で大地震が発生する可能性は大変高くなります(ケース1)【図2】。1854年の安政東南海地震では、その32時間後に安政南海地震が発生しています。

また、全世界で1900年以降に発生したM8.0以上の地震96事例のうち、10事例で3日以内、2事例で4日から7日以内に、隣接領域(*)で同程度の地震が発生し、その後の発生頻度は時間とともに減少しています【図3】。
(*)最初の地震の震源から50~500km以内の領域

さらに、これまで南海トラフでは、東側と西側の領域でほぼ同時または32時間後に続けて地震が発生したこと、昭和の東南海地震の2年後に南海地震が発生したことも、忘れてはいけません。

また、南海トラフの震源域で、マグニチュード7程度の地震が発生した時には、この地震が、巨大地震の前震である可能性もあります(ケース2)【図4】、【図5】。しかし、これらの例でも、大地震の発生の可能性が高くなったと判断できるだけで、「2~3日の内に必ず大地震が発生する」という判断はできません。



「NHKそなえる防災」第18回 新しい南海トラフ巨大地震の評価と暫定的な対応策 ~後編~(平田 直)につづく

参考文献:
(*1)第8回  地震発生は予測できる!?/平田直
(*2)第7回  いつ来る? 南海トラフ巨大地震 ~後編~/平田直
(*3)「南海トラフ地震に関連する情報」の発表について/気象庁
http://www.jma.go.jp/jma/press/1709/26a/nankaijoho.html
(*4)中央防災会議 防災対策実行会議 南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく 防災対応検討ワーキンググループ(2017), 南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく 防災対応のあり方について (報告)
http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taio_wg/pdf/h290926honbun.pdf

(2017年11月30日 更新)