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堤防と防災

第7回  早期避難のための浸水予測(その1)

執筆者

有川 太郎
中央大学教授・国立研究開発法人 港湾空港技術研究所 客員研究官
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早期避難の必要性

近年、大雨による河川氾濫が多く見られますが、避難を開始するタイミングの判断は、とても難しいようです。2011年の東日本大震災では、地震の発生から避難開始までの平均時間は20分程度でした。一方、数値シミュレーションによる、高知県のある町における避難開始時間と死亡率の関係を見てみると、10分以内に逃げることで、死亡率がゼロになることが分かります【図1】。数値シミュレーションでは、設定として、避難開始の時間をさまざまに変えて計算した結果を表しています。もちろん、歩行速度などによって結果は変わりますが、早期に避難することで、無事に避難できる確率が格段に上昇することがよく分かります。また、避難タワーを設置することで避難する距離を短くすると、避難開始を多少遅らせても死亡率が下がりますが、避難開始が遅れると、避難タワー設置の効果が薄れていくことも分かります。つまり、早期に避難することがとても大事であることが分かるのです。

早期避難を妨げるもの

早期に避難することは、容易ではありません。自分自身、今、地震や大雨による避難情報が発表されれば、「自分は大丈夫」と考え、避難することを躊躇(ちゅうちょ)するかもしれません(いわゆる「正常性バイアス」の働き[*1])。もちろん「寒い」「暗い」といった気候や時間の問題、「留守中に泥棒に入られたら?」という資産管理の問題など、他にもいろいろと理由があると思います。刻一刻と危険は迫っていて、すぐ逃げないといけない状況にあっても、なかなか決断するのは難しいと思われます。

では、どうするのがよいでしょう。以前も触れましたが、ヒントとなりそうなのは「チリ国のイジャベル地震時の対応(「揺れたら逃げろ」の大原則)」です(*1)。大切なのは、地震に対する感度を向上させる、つまり、異変に対する気付きをよくすることだと思います。もう一つの方策は、浸水情報等の予測精度を向上させ、避難行動をより強く促せる「適切な警報を出せるようにすること」だと思います。しかし、それは可能なのでしょうか。

今回は、その取り組みについて紹介します。

背後の浸水計算手法

ほとんどの地域においては、海岸、河川ともに、堤防が設置されており、その堤防を津波が乗り越えないかぎり、堤防の背後にある堤内地が浸水することはありません。ただし、もし津波が堤防を乗り越えた場合は、次に「堤防の倒壊」の可能性が生じます。堤防が倒壊すると、その倒壊した場所から一気に流水が流れ込んでくる可能性があり、不測の事態をもたらしかねません。しかし、「倒壊するのがどの場所か」を予測することは、まだまだ難しい状況です。そのため、現在のハザードマップでは、「津波が堤防を乗り越えたら、堤防が100%倒壊する」と仮定して、背後の浸水状況を計算しています(計算の概念図)。しかし、それでは「危険度を過大評価」してしまう可能性も高くなります。もちろん、過小評価することで避難が遅れ、多くの人々が犠牲になるという事態を招くことは許されませんが、過大評価のために「どうせ、来ないだろう」という心理状況となるのも困ります。

倒れ方により、浸水時間も変わる

【図2】は、ある地域において適当なモデル津波を作用させた場合、堤防の倒壊状況が異なると、どの程度、津波の到達時間が変わるのかを検討したものです。この例では、堤防が、地震によって「津波到達前に完全に倒壊した場合」と、「半分だけ倒壊した場合」を比較しています。プラスの数値(黄色から赤色)になっている場合は、完全に倒壊した場合(=全倒壊)のほうが津波の到達時間が早くなることを意味しています。結果を見ると、ほとんどの地域において、完全に倒壊した場合のほうが1分から2分程度早く到達します。しかし場所によっては、完全に倒壊した場合よりも、半分だけ倒壊した場合のほうが、到達時間が1分から2分ほど早くなる場合もあります(水色~青色の部分)。このモデル津波では、およそ10分で津波が到達しますので、この地域では、堤防の倒壊状況による津波の到達時間のばらつきは、20%程度(10分程度に対して1分から2分の差)ということになります。逆に言えば、津波の大きさを確定することができれば、若干の誤差を含んではいるものの、「津波の到達時間をある程度予測することは可能である」ことが分かります。

倒れ方による、津波の浸水エリアへの影響は?

避難をするときには、「どこに逃げるか」という判断も、大変重要です。そのため、「津波がどのエリアに浸水しているか」という情報は特に重要となりますが、これも堤防の倒壊状態によって変わります。【図3】は、数値シミュレーションを用いて、堤防が倒壊することを前提に、適当な場所を倒壊させた状況(ケース)を数多く計算し、すべてのケースを包含する浸水エリアと、完全に倒壊した場合での浸水エリアとの差を計算したものです。これも、さきほどと同じく、モデル地域に対するある適当なモデルの津波を作用させています。このモデル津波を用いた結果では、赤くなっている場所が、多少存在する程度で、津波の浸水範囲が大きく変わらないことが分かります。この傾向は、津波が大きくなればなるほど、堤防の効果が薄れるため、強くなります。一方【図4】は、モデル津波の規模を1.1倍、1.3倍としたものを示しています。これを見ると、津波の規模を1.3倍まで大きくすると、浸水範囲がかなり広くなることが分かります。したがって、津波の規模の予測精度を向上させることは、とても大事だということが理解できます。

このように、津波の予測精度を向上させ、防護施設(堤防)の倒壊状態の影響を見込むことで、ある程度正確に浸水予測を行うことができるというところまで、技術は進歩してきたと言えそうです。あとは、どのようにこの情報を伝え、実際の避難行動につなげることができるのか、その点について対策を講ずることが非常に重要です。危険度を認知したり、周りの人々の行動と同調したりすることで避難行動が促進されることを考えると、今後も予測精度をより向上させ、皆さんから信頼されるものにしていくことが大切だと考えます。

(*1)第6回  津波から「逃げきる」ために ~早期避難の現状と取り組み~/有川太郎

(2017年7月31日 更新)