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津波の基礎知識

第6回  津波から「逃げきる」ために ~早期避難の現状と取り組み〜

執筆者

有川 太郎
中央大学教授・国立研究開発法人 港湾空港技術研究所 客員研究官
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早期避難は可能か

早期避難が重要であることは、皆さん十分に理解されていると思うのですが、なかなか早期避難に結びつかない現状が日本にはあります。2016年11月22日の早朝に生じた、福島県沖を震源とする最大震度5弱(M7.4)の地震において、最大で1メートルを超える津波が発生しましたが、対象地区における避難率は、決して高いものではありませんでした。結果的に、堤防などを越える大きさではなかったので、大きな被害は生じませんでしたが、仮に、その倍の津波になっていたら、堤防などを越流し被害が出ていたかもしれません。そうした場合、「東日本大震災の教訓を活かせなかったのか?」と疑問を呈する結果になっていたかもしれません。

では、実際に早期避難が実現している所はあるのでしょうか?近年の事例から一つご紹介をしたいと思います。【図1】は、チリにおいて2015年9月に生じた、イジャベル地震の津波による地震の強さと避難開始時間の実態を示すものです。チリではこの地震の際、チリ沿岸部すべてに、地震から10分後に警報が出されました。ただしこの結果を見てみると、揺れが強いほど10分以内に逃げている、つまり、警報発令前に逃げていることが分かります。この地震津波の際には、大きいものでは3メートルを越える浸水があり、しかも、10分程度で浸水を開始しています。したがって、逃げるのが遅れていれば、かなりの被害が生じていた可能性があったわけです。しかし、実際には早急に避難を開始したため、津波による死者は少なく、多くの方が助かりました。

「正常性バイアス」の怖さ

日本ではどのようにすれば、早期避難が実現するのでしょうか?【図2】は、東日本大震災における揺れと、平均避難時間の関係です。これを見ると、地震の揺れと避難時間はほぼ無関係、場合によっては強い揺れを感じるほど、避難開始までの時間が長くなっている傾向も読み取れます。日本の場合、警報は3分以内に発表されますので、津波の大小にかかわらず、津波が来るかどうかは数分以内に分かることになります。

それでは、なぜ人々は、避難を開始しないのでしょうか?その理由が分かれば対策にも苦労しないのですが、これは読者の皆さん自身が、「なぜだろうか」と考えるのが一番良いのかもしれません。筆者自身で考えてみると、やはり大きな原因は、「そうは言っても、津波が自分の目の前に来ることはないだろう」と考えてしまうことにあると思います。実際に津波被害に遭われた方にインタビューをした時には、「油断があった」という言葉が印象的でした。「油断があった」というのは「安全だと思い込んだ」ということだと思われますが、これは「正常性バイアス(※)」とも言われる「心理的な作用」から来ています。普段の生活が安全であれば、「『異常事態でも安全だ』と思い込みたい」心理状況のことで、この「正常性バイアス」を克服しなければ、自発的に早期避難を行うことは難しくなると思います。

※正常性バイアス:異常事態の状況を正常の範囲内としてとらえ、心を平静に保とうとする働き。ここでは、「できれば避難しないで済ませたい」、「津波に襲われることを考えたくない」などと思う心理。

精度の高い津波浸水予測の確立へ

「油断」という難しい問題を克服し、早期避難を実現することは可能なのでしょうか?筆者は、その一つの解決方法が、精度の高い浸水予測・予報システムにあると考えます。つまり、津波が何時に到達し、その津波がどの程度の大きさで、浸水をするのかしないのか、それを地震後できるだけ早く皆さんに伝えるという仕組みです。このようなシステムを構築する試みの一つは、国のプロジェクトである戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環として2014年度より行われ、現在、その試作部分の開発を終えました。

また、日本では沿岸部に堤防があるので、その堤防がいつ倒壊するのかによって浸水範囲が変わり、浸水計算の精度に大きく影響する可能性が高くなります。そういったことの影響を含めるため、日本のスーパーコンピューターである「京」を用いた倒壊予測手法の確立作業を行っています【図3】。このように、堤防の倒壊の影響を含め、事前にデータベース化しておくことで、なるべく精度の高い津波浸水予測につなげようという試みが各所で行われています。

より安全かつ安心な社会の実現のために

ただし、この仕組みには、難しい要素も数多く含まれています。例えば、どのように情報を出すのか、その出す情報に対して誰が責任を持つのか、という大きな課題です。しかし、それらの課題を解決すれば、将来的には、皆さんの手元に「避難するべきか、しなくても大丈夫なのか」という情報や、「避難するなら、どこに避難するのが適切か」という情報が届くようになる、と考えています。

これまでに紹介してきたとおり、「堤防が倒れにくい状態を、必要なときにスーパーコンピューターを用いて計算できる」ようになり、「粘り強い構造の堤防」を実現させることが可能となるでしょう【図4】。堤防からの浸水状況を「より正確に予測できるような仕組み」を構築すること、その予測が「迅速・確実な避難行動」につながること、そして「より安全かつ安心な社会を実現」させること、これらに貢献することが我々の使命だと思っています。今後も、このような技術に関する最新のレポートをお届けしたいと考えています。

(2017年3月31日 更新)