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地震と建物の安全対策

第5回  数千年に一度の最大級地震に対する建物の対策(その1:多様性ある地震と建物の安全対策)

執筆者

久田 嘉章
工学院大学建築学部まちづくり学科 教授 工学博士
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巨大地震にどう立ち向かうのか

今回から3回にわたり、2016年熊本地震に代表される活断層帯の巨大地震や、2011年東北地方太平洋沖地震に代表される海溝型の超巨大地震のように、数千年に一度という発生確率は極めて低いものの大きな災害を引き起こす巨大地震に対する建物の対策を紹介したいと思います。第1回は、東北地方太平洋沖地震のような最大級地震を含む多様性ある地震と、それに対する建物の安全対策を取り上げます。

固有地震から多様性ある地震へ:数千年に一度の最大級地震の想定

東北地方太平洋沖地震を契機として、海溝型巨大地震は従来の「固有地震」からM9地震という前例のない最大級地震を含む「多様性ある地震」を想定する必要性が生じました。すなわち、以前は宮城県沖地震や福島県沖地震などの固有の震源域を持つ「固有地震」が前提でしたが、東北地方太平洋沖地震によりさまざまな地域でM9など最大級の地震を考慮せざるを得なくなりました。 

多様性ある地震の想定として、【図1】に南海トラフ地震における長期評価の変化を例示します(文献1)。東北地方太平洋沖地震前には東海・東南海・南海地震などの固有地震を前提とし、1707年宝永地震(M8.6程度)のような3つの震源域が連動する巨大地震を最大級の地震と考え、各地震の発生確率を評価していました。しかし、東北地方太平洋沖地震でM9の地震が起きたことや防災上の理由も考慮し、現在の評価では「南海トラフでも、広大な震源域のどこかでM8~9の地震が今後30年の間に70%程度の確率で発生する」と変更されています。比較的予測がしやすいと言われていた海溝型巨大地震でも「いつ、どこで、どの程度の規模で起きるかが、明らかではないことが分かってきた」という状況です。

ちなみに2016年版の地震動予測地図(文献2)では、2014年度版に比べて南海トラフに近い太平洋沿岸地域で震度6などの強い揺れの確率が高くなりました。これは科学的な見解というよりも防災上の判断で、従来のM8クラスの固有地震からM9地震を含む多様性ある地震へと想定を変更したためであり、最近の地震活動が急に活発になったためではありません。

巨大地震に対する建物の安全対策:「安全」とは「許容できる被害レベル以下」にすること

海溝型の最大級地震と同様に、活断層帯の巨大地震も発生確率は極めて低いですが、一度地震が発生すると建物に甚大な被害を及ぼします。このように数千年に一度というような極めて確率が低い巨大地震に対して、建物の安全性をどう確保したらよいのでしょうか? 

結論からいうと、十分な耐震対策を行うことで建物の安全性を確保することは可能です。ただし、「安全性を確保する」とは「被害を出さない」ことではなく、「許容できる限度以下の被害レベル」に抑えることを意味します。巨大地震でも建物を無被害にすることは不可能であり、現実的には許容できる被害レベルを設定し、それを目標とする対策を行います。特に建築基準法は最低基準であるので、大地震時には建物が大破するなどの甚大な被害が生じる可能性があることに注意が必要です(文献3)。
 
地震動のレベル(強さ)と許容できる被害のレベル(程度)を考慮した建物の耐震対策の参考として、【図2】に構造技術者協会による概念図を紹介します(文献4)。図の横軸は地震荷重(地震動の強さ)のレベルで、地震が起きる頻度による荷重を想定しています。縦軸は建物の耐震性能のグレード(等級)であり、建築基準法による最低基準(基準級、等級1)から、より高い耐震性能を有する上級・特級(等級2や3、免震・制震建築など)を示しています(注1)。斜めの線は建物の被害レベルであり、例えば基準級では、「まれ」な(数十年に一度程度の)地震で「軽微な被害~中破」、「極めてまれ」な(数百年に一度程度の)地震で「大破」の可能性があります。また、「余裕度の検証」の(数千年に一度程度の)地震は一般に対象外であり、倒壊の可能性は否定できません。耐震設計において、特級の建物では「極めてまれ」な地震でも「無被害~小破」程度、「余裕度の検証」の地震でも「無被害~大破」となるよう倒壊させないことを目標にします。一方、免震でも全て上級という訳ではなく、想定する地震動の上限が「極めてまれ」であれば、その範囲内でほぼ無被害となることが期待できますが、数千年に一度程度の地震荷重による被害を想定した耐震設計(余裕度の検証)を行わない場合、想定を超える最大級の地震時に大きな被害が生じる可能性があります。同様に、制震(制振)にもさまざまな種類やグレードがあり、「余裕度の検証」(同上)がなければ、やはり大きな被害を生じる可能性があります。

建物の被害レベルには、「軽微な被害」や「小破~大破」などの物理的な被害レベルに加えて、「機能維持」や「修復不要、小~大規模修復」など機能面や修復面からのレベルがあります。特に最近では地震後の事業や生活の継続性、あるいは速やかな復旧性を求められるなど建物に高い耐震性能が要望されています。その場合、建物躯体の被害だけでなく、室内・室外の安全性(家具等の転倒や天井・内外装材の落下防止など)、水・食糧等の備蓄や電気・ガス・上下水などライフラインの確保、被害発生時の点検や修復のしやすさなどを考慮し、建物の用途や所有者・使用者の要望などに応じて、専門家と相談しながら地震動の強さに対応した「許容できる想定被害」を、建物の耐震設定として考える必要があります。

古い耐震基準で建築された既存の建物の場合、耐震診断を行い、最低限でも現行の耐震基準(基準級レベル)まで建物を補強する必要があります。通常の新築建物であれば、建設時のコストの数%程度を新たに負担することで、現行の耐震基準での高い耐震性能レベル(上級や特級)に大幅に向上させることが期待できますので、可能な限り上級以上を目指して頂きたいと思います。例えば、一般建築での建設コストは耐震等級1(以下、「耐震」を省略)に比べて、等級2で3%程度、等級3でも5%程度の増加と言われています(文献5)。耐震性能の向上では、これまで観測された地震動記録による震度7の地震動に対して、木造家屋の例では、等級1では倒壊確率が約28%ですが、等級2ではその7%程度、等級3では3.5%程度まで大幅に低減できると試算されています(文献5)。

可能性の高い中小地震から数千年に一度という最大級地震までの多様性ある地震に対する安全対策は「許容できる被害レベル」を設定し、想定される被害をできるだけ抑えることを目標とした対策が必要です。熊本地震では、建物倒壊などによる直接死は50人でしたが、その後、家を失い避難生活を続けている方々を中心とする関連死が76人も出ています(10月末現在)。地震後、いかに「通常の生活を維持できるか」という視点や、「速やかな復旧」を目指すためにも、高い耐震性能を持つ建物が望まれています。

(注1):地面と建物の間にゴムなどの免震装置を設け、地震の激しい揺れが建物に伝わるのを低減させる構造を「免震構造」、建物の一部にダンパー(制震部材)などの装置を組み込んで揺れを低減させる構造を「制震構造」といいます。「制震構造」は大きな揺れの強震動を対象としますが、強風などによる小さな揺れを対象にする場合は「制振構造」と呼ばれます。両者は併せて一般に「制振構造」と呼ばれます。

参考文献
1)地震調査研究推進本部:「南海トラフの地震の長期評価について(2001年度版、2013年度版)」
2)地震調査研究推進本部:地震動予測地図(2016年度版)
3)福山 洋:地震による建物被害、第3回「どうなる? 今後の耐震設計」NHKそなえる防災、2014年
4)構造技術者協会:大震災の教訓を生かせ! ~JSCAのこれまでの取り組みと今後~
5)佐々木健人、小檜山雅之:被害発生確率を用いた耐震等級の説明の有効性、日本地震工学会論文集 第7巻、第6号、P 31-47 、2007年

(2016年11月30日 更新)