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台風の基礎知識

第6回  台風を要因とする特別警報の指標とされた伊勢湾台風

執筆者

市澤 成介
元気象庁予報課長
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伊勢湾台風の概要

気象庁は台風を要因とする特別警報の指標を「『伊勢湾台風級』の台風が来襲する場合に、大雨、暴風、高潮、波浪の特別警報を発表する」としています。「伊勢湾台風」が代表とされているのは、この台風の被害がわが国の風水害史上最悪と言えるほどの甚大な被害となったからです。

1959年(昭和34年)9月21日にマリアナ諸島の東海上で発生した台風第15号は、23日午後3時には中心気圧895ヘクトパスカルの猛烈な勢力に発達しました。その後、猛烈な勢力を保ちながら北上し、風速25m/秒以上の暴風域が直径600~800kmに及ぶ超大型の台風となりました。そして、26日には四国沖を北上し、午後6時頃、和歌山県潮岬(しおのみさき)の西に上陸しました。このとき潮岬で最低気圧929.2ヘクトパスカルを観測しました。上陸後は時速60~70 kmで紀伊半島を縦断し、東海地方西部を通り、27日午前0時過ぎ富山市の東から日本海に進みました。その後、日本海沿いを北上し、東北地方北部を通って太平洋側に出ました(図1、2)。

超大型で非常に強い勢力の台風が紀伊半島から本州を縦断する経路を通ったため、紀伊半島沿岸一帯と伊勢湾沿岸では高潮、暴風、河川の氾濫により甚大な被害を受けました。特に愛知県と三重県では、激しい暴風雨と高潮により短時間のうちに大規模な浸水が起こり、死者・行方不明者がおよそ4,500人に達する甚大な被害となりました。伊勢湾沿岸での被害が甚大であったことから、この台風を「伊勢湾台風」と呼ぶこととなりました。

伊勢湾台風の記録

潮岬で観測した929.2ヘクトパスカルの最低気圧は、南西諸島を除くと、室戸岬での911.6ヘクトパスカル(室戸台風)、枕崎での916.1ヘクトパスカル(枕崎台風)に次いで、最強の台風と言えるものでした。これを裏付けるように、台風経路に沿って、潮岬から名古屋を経て新潟に至る各地でその地にとって記録的な最低気圧を観測しており、現時点でも11地点で歴代1位の記録となっています(表1)。

この台風は勢力が非常に強く、暴風域が極めて広かったことから、西日本から北海道にかけての広い範囲で20m/秒を超える最大風速と30m/秒を超える最大瞬間風速を観測した所がありました。加えて、上陸後には移動速度が速くなったこともあって、台風進路の東側の地方で特に風が強まり、伊良湖で最大風速45.4 m/秒(最大瞬間風速55.3 m/秒)、名古屋で37.0 m/秒(同45.7 m/秒)を観測するなど記録的な暴風となった所が多く、13地点で歴代1位の暴風や強風を記録しています(図3)。
この記録的な最低気圧と暴風によって、伊勢湾に大きな高潮をもたらしたのです。

伊勢湾台風の高潮被害

伊勢湾台風の被害が甚大となった要因は、伊勢湾周辺での記録的な高潮です。非常に強い勢力の台風が、伊勢湾の西側を北上する最悪の経路を取ったため、名古屋港では最高潮位が平均海面から3.98mも高くなる高潮が発生しました(図4)。これは、名古屋港の最高潮位となる記録的なもので、伊勢湾臨海部の低平地の堤防が決壊し、愛知・三重両県での死傷者およそ4万人、家屋全壊およそ10万棟、流失およそ3,000棟などの甚大な被害を受け、り災者はおよそ111万人に達しました。高潮に襲われた名古屋市や桑名市などでは、社会活動は長期間まひ状態に陥りました。

伊勢湾台風以降、台風による高潮は各地で起こっていますが、この規模の被害は発生していないため、ともすると高潮被害は軽んじられがちです。しかし伊勢湾台風以前の記録を見ると、東京湾では1917年に東京湾の西を北上した台風(「東京湾台風」とも呼ばれる)による高潮で死者・行方不明者およそ1,300人の被害が発生しており、大阪湾では室戸台風(1934年)によって甚大な高潮被害が発生しています。この2つの台風も、その地域にとってはまれに見る勢力で来襲したものでした。このことから見ても、日本全国どこでも伊勢湾台風級の台風が直撃すると、甚大な暴風被害や高潮被害が起こり得ることを示唆しています。

伊勢湾級の台風への備えを

地球温暖化により、気象現象が極端化し、強い勢力の台風の発生が多くなるとも言われています。わが国では半世紀以上にわたって伊勢湾台風級の高潮被害が発生していませんが、海外に目を向けてみると、この規模の高潮被害がしばしば発生しています。2005年8月29日、アメリカ・ルイジアナ州に上陸したハリケーン・カトリーナによって、ニューオリンズ市を中心に高潮被害が発生し、死者・行方不明者はおよそ2,000人になりました。2013年11月8日、フィリピン中部を襲った台風第30号によって、レイテ島タクロバンを中心に高潮と暴風により甚大な被害が発生し、死者・行方不明およそ8,000人、家屋倒壊およそ114万戸と、台風常習国と言われるフィリピンにおいても最悪の事態となりました。さらに、2016年10月、南米ハイチを襲ったハリケーン・マシューによって発生した暴風と高潮によって、死者およそ1,000人の被害が発生しています。

こうした事例を見てみると、わが国にも伊勢湾台風級の台風の来襲がいつでも起こり得るということが分かります。しかし、こうした事態を経験したことのある人が少なくなっているという現実もあります。だからこそ、伊勢湾台風などの甚大な高潮被害が出た過去の台風を教訓として、そのすさまじい被害の実態を学んでいただきたい。そして、台風に関する情報や避難に関する情報の意味を理解し、自らの身を守るためにどう行動するかをあらかじめ決めておき、いつか起こるかもしれない伊勢湾台風級の台風直撃への備えをしてほしいと思います。

(2016年11月30日 更新)