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落雷・突風

第16回  身近な渦 ~神奈川県厚木市で発生した突風被害~

執筆者

小林 文明
防衛大学校地球海洋学科教授 理学博士
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極めて局所的な被害

このコラムでは、身近で発生する“竜巻のような渦(*1)”について具体的な事例で解説します。

2015年2月13日に神奈川県厚木市内で突風による被害が発生し、厚木市長谷(はせ)では、物置が飛ばされる、倉庫の屋根が破損する、ガソリンスタンドの看板が転倒する、住居の窓ガラスが破損するなどの局所的な被害が生じました。現場付近の住民からは、「竜巻のような渦が発生して電柱から火花が上がった」、「高さ20mほどの黒っぽい風の渦のようなものが紙やビニール等を巻き上げながら自分の方に向かってきた」などの通報がありました。このような住民の目撃情報により“竜巻注意情報”が発表されました。この“つむじ風(竜巻)のような渦”の寿命は短く、移動速度も遅かったため、被害域は極めて限られた場所に集中しました。

関東南部で発生した積乱雲

当日は、日本海で発達した低気圧が通過し、冬の季節風が卓越していました。関東南岸では北風(寒気の南下)と南西風がぶつかった(収束した)所で積乱雲が発生しました。この積乱雲は寒気内の現象であったため、夏季の積乱雲に比べて雲頂高度も低く、雪雲のような様相を呈していました【写真1】。東西数10kmにおよぶ積乱雲が午後に形成され、この積乱雲の雲底下にはいくつもの雨足(雪足)が観測されました。前面の一部には、積乱雲に付随する雲で、通常の雲底よりも低い高度で形成されるアーククラウド(*2)が確認でき、強い下降流によりガストフロントが形成されていたことがわかります。
積乱雲からの強い下降気流はダウンバーストと呼ばれますが、そのダウンバーストが地面にぶつかり、冷たい空気が地上付近で発散する時、その先端では冷気と周囲の暖気の間に前線が形成されます。この前線がガストフロント(突風前線)です。積乱雲の前面の雲(積雲)の通過時には、雲底が低く黒い乱れた雲に覆われ、この異様な空模様を神奈川県内の多くの住人が目撃していました。

ガストフロントに伴う渦の観測

厚木で被害が生じたと考えられる時刻(午後3時06分)のドップラーレーダー(※)画像をみると、積乱雲本体のエコーはまだ厚木に達していませんでしたが、ドップラー速度パターン(ドップラー効果を用いてレーダーに近づく風の成分と遠ざかる風の成分を測定して表示したパターン)には、遠ざかる成分の黄色部分と、近づく成分の緑色部分のシアー(渦)パターンが厚木上空に存在していました【図1】。積乱雲の前面(南側)に形成されたアーククラウドなどの積雲が存在したために、レーダーエコーの弱い領域でもドップラー速度パターンが得られたと考えられます。

(※)ドップラーレーダー:ドップラー効果(動いている対象物に反射する波の周波数が変化する現象。救急車のサイレンの音がすれ違う前後で変わるのもこの効果による)を利用して雲内の降水粒子の速度、すなわち風速を測定するレーダーです。

今回、神奈川県南部の多くの住民から、北の方から雲が広がってきて突然風が強くなったのを体感したと伝えられました。また、厚木と同様の現象は、藤沢市内でも発生し被害が報告されています。今回の渦はその構造や挙動をみると“つむじ風”的ですが、同様の渦が藤沢など複数の地点で観測されたことを考えると、単に偶然ではなく、ガストフロント上で複数の渦が発生したと理解できます。つまり起こるべくして発生した渦だったのです。厚木など各地で観測された渦は、ガストフロントの上昇流で形成された、「ガストネード(gustnado)」(*1)であったと考えられます。それは短寿命でスケールも小さく、明瞭な漏斗雲(ろうとぐも)も確認されず、地上付近の“つむじ風”のように見える現象でした。スーパーセルに伴う竜巻に比べてガストネードは相対的に弱いものの、発生頻度は高いために私たちが遭遇する確率は高いといえます。ガストネードを予測することは困難ですが、ガストフロントはドップラーレーダーによる観測で捉えることが可能ですから、近い将来“ガストフロントの短時間予測情報”が住民に発信されることが望まれます。

(*1)第7回 怖いのは竜巻だけではない! 自然界にまだある危険な「渦」/小林文明
(*2)第2回 すさまじい下降流、ダウンバースト/小林文明

(2016年9月30日 更新)