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堤防と防災

第4回  津波に対する堤防の役割と避難

執筆者

有川 太郎
中央大学教授・国立研究開発法人 港湾空港技術研究所 客員研究官
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津波に対する堤防の高さの考え方

2011年に生じた東日本大震災時の地震による津波は、様々な地域で想定を大きく超えるものでした。このため中央防災会議から、現時点で考えられる科学的な根拠に基づき、将来にわたって来襲する恐れのある津波の最悪シナリオが発表され、そのなかで、これまでに考えていた以上の高さの津波が来襲する可能性があることも示されました。
この問題について、国から、堤防の高さに関する見解が示されました。それは、数十年から百数十年に一度程度の頻度で生じる津波に対しては堤防を建設して津波の内陸への侵入を防ぎ、それを超える「最大クラスの津波」に対しては住民避難を柱とする対策とする、というものでした【表1】。
国が示したものは、基本原則であり、地域の特性に応じた高さを設定することができます。例えば、観光業が主であれば、堤防は低い方が良いという地域もあるでしょう。一方で、平野部のように、多くの人が海岸から離れて暮らしている地域では、常日頃から海を意識して暮らしているわけではないため、数十年から百数十年に一度程度で生じる津波に対する高さではなく、未来永ごう津波が超えてこないような高い堤防が良いと考えるかもしれません。このように、堤防の高さは、その地域の町づくりとも切り離せないものとなりました。

東日本大震災における避難開始時間と死亡率と堤防の高さ

全国で堤防の高さの見直しが行われていますが、堤防のような大きな土木工事は、費用も時間もかかります。そのため、明日、急に堤防がドンとできるわけではありません。また、どの程度の規模の地震が、いつ発生するかは簡単に予測できるものではありませんので、どのような高さの堤防であれ、地震が生じたら避難をするということを常に頭に入れておくことが重要です。無事に避難するためには、津波が避難者に到達するよりも早く、避難場所に逃げ込む必要があります。
東日本大震災時における各地区の平均避難開始時間(避難に必要な時間)と沿岸部に対する津波到達時間の比と、浸水範囲人口(浸水した範囲(土地の面積)の人口)で考えた死亡率を【図1】に示します。これを見ると、ばらつきはあるものの、津波到達時間(津波が到達するまでの所要時間)に対して、30%~40%程度の避難時間しか取らずに避難を始めると、死亡率が徐々に上がっていくことがわかります。もちろん地形や津波の高さによっても結果は変わりますが、津波を見てから逃げるということでは生き残れるかどうかは不明だ、ということがわかります。津波を見てから逃げるのでは遅いということは、海外の事例などからもいえることで、地域特性に大きく関係しないのかもしれません。
次に、死亡率に対する堤防の効果はどんなものであったのかを見てみたいと思います。【図2】は、各地区の平均堤防高(平均的な堤防の高さ)を沿岸部の津波高さで割ったものを横軸に、縦軸に浸水範囲人口に対する死亡率を縦軸にとったものです。また、平均の避難開始時間で分類しています。これを大きく見ると、堤防が津波に対して、相対的に高い方が死亡率は低くなっています。また、堤防が相対的に高い方が低い方に比べ、避難開始時間が遅くても同じ程度の死亡率となることがわかります。つまり、堤防として「避難する時間を稼ぐ」という役割を担っていることがわかります。

堤防の高さの避難に対する効果

堤防により避難する時間を稼ぐことはわかりましたが、定量的にどの程度なのかということを示すために、数値シミュレーションを用いて検証してみたいと思います。検証には、津波シミュレーションと、それに連携した避難シミュレーションを用いました。津波シミュレーションは、津波がどのように浸水するかを知ることができ、避難シミュレーションは、人がどのように避難場所に向かっていくかを知ることができます【図3】。
避難シミュレーションにも、いろいろな方法がありますが、ここでは、避難している人は、最短の道のりで避難場所に行く方法を知っているものとします。つまり、理想的な避難行動ができると仮定しています。そのようなシミュレーションにより、東日本大震災で被災した「ある市」を検証しました。堤防の高さ、避難の開始時間を仮想的に変化させたときに、避難に失敗した人の割合(避難失敗率)がどのようになるかを示したものが【図4】です。
避難失敗率は、避難場所に到達する前に、高さ1メートルの津波に遭遇した人の数を、対象人数で割ったものです。このシミュレーション結果を見ると、東日本大震災のような大きな津波の場合、堤防の高低の影響よりも、早く逃げる方が、命を守る(避難を成功させる)点で大きな効果があることがわかります。つまり、10分以内に逃げれば、命を失わない(避難失敗率がゼロである)ことがわかります。この地区では、東日本大震災での津波の到達時間が約30分程度でしたから、【図1】で述べたように避難開始時間は、津波到達時間の30%程度となることがわかります。もし、津波到達時間が10分程度のところであれば、数分以内に避難を開始しなければなりません。そのような場所では、堤防を高くすることによって避難に要する時間を少しでも生み出すとともに、避難開始を少しでも早めることが、必須であると考えられます。

(2016年9月2日 更新)