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台風の基礎知識

第5回  紀伊半島南部で記録的な大雨となった平成23年台風第12号

執筆者

市澤 成介
元気象庁予報課長
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大雨特別警報が新設されたきっかけ

気象庁は、平成25年8月30日から大雨等の特別警報の運用を開始しました。大雨特別警報は警報の発表基準をはるかに超える豪雨が予想され、重大な災害の危険性が著しく高まっている場合に発表し、最大限の警戒を呼びかけるものです。この運用の引き金となったのが、紀伊半島南部に大きな被害をもたらした平成23年台風第12号です。大型で動きの遅かった台風第12号によって紀伊半島南部では多い所で2000mmに達する記録的な豪雨となりましたが(図1)、気象庁では台風が上陸する前から、まれに見る大雨を予想し、重大な災害の起こる恐れがあるとして厳重な警戒を呼びかけていました。しかし、発表された大雨警報や土砂災害警戒情報とこれらを補完する情報から、一層の危機感を伝えているとは読めないとの指摘もありました。そこで、この事例のような異常な状況に対応するため、特別警報を新設し、一層の危機感を伝える警報体系を作ったのです。ここではこの台風を振り返って、気象情報の活用について考えてみます。

台風の概要

平成23年8月25日にマリアナ諸島西海上で発生した台風第12号は、発達しながらゆっくり北上し、30日には小笠原諸島の西に達しました。衛星画像で見ると、中心に大きな眼を持つ大型台風でした(図2)。その後もゆっくりと北上を続け、9月2日には四国地方に接近し、3日午前10時頃に高知県東部に上陸しました。上陸後、四国・中国地方を通過して、5日午後3時に日本海中部で温帯低気圧に変わりました(図3)。

大型の台風であったことに加え、動きが遅かったため、長時間にわたって台風周辺の湿った空気の流れ込みが続き、西日本から北日本の各地で大雨となりました。8月30日午後5時から9月6日午前0時までの総雨量は、紀伊半島を中心に広い範囲で1000mmを超え、奈良県上北山村小橡(かみきたやまむら・ことち)での総雨量が1814.5mmに達する記録的な大雨となったのです。

この台風によって各地で山・崖崩れ、浸水、河川の氾濫等が発生し、紀伊半島を中心に死者78名、行方不明者16名に及ぶ大きな被害となりました。一つの台風の上陸・通過によって死者・行方不明者が100名近くになったのは、平成16年台風第23号以来であり、被害の甚大さが分かります(表1)。

紀伊半島南部の大雨の経過

紀伊半島南部では30日夕方から、南東~東向きの斜面で雨が降り出し、31日には日雨量が100mmを超えた所も出ました。その後、台風の北上につれて雨は強まり、9月1日の日雨量は多い所で300mmを超えました。この時点で台風本体の雨雲はまだ紀伊半島にはかかっておらず、台風の外側の南東からの湿った気流が紀伊半島にぶつかり雨雲を発達させたもので、前触れ的な雨でした。

2日になると、台風本体の雨雲が紀伊半島南部にかかり始めたことから、紀伊半島南部の雨は激しさを増し、時間雨量が30mmを超えることが多くなり、上北山村小橡(ことち)では2日の日雨量が582mmとなり、降り始めからの雨量は800mm近くに達しました。

台風が四国に上陸した3日には紀伊半島南部の雨はさらに激しさを増し、上北山村小橡では3日の日雨量が661mmとなり、総雨量は1500mmを超えました。さらに4日未明から朝にかけては一段と強い雨になり、和歌山県新宮では1時間に131.5mmの猛烈な雨が降りました。その後、台風が山陰沖を北へ進んだ時点でも、発達した雨雲が紀伊半島にかかり、昼過ぎまで激しい雨が続いた所もあったのです(図4、図5)。
降り続いた大雨に加えて、とどめを刺すような猛烈な雨が降ったことで、土砂災害、浸水害、河川氾濫等の被害が甚大化しました。

大雨情報での警戒の呼びかけ

この記録的な大雨に対し、奈良地方気象台が気象情報により様々な呼びかけをして、危険度の高まりを伝えた様子を追って見てみましょう。気象情報には冒頭に警戒事項等を含めた「見出し文」があります。この見出し文で警戒の呼びかけ方を変えた気象情報が、どのような状況で行われたかを表2にまとめました。

大雨警報、土砂災害警戒情報等の発表や、雨の降り方の変化により、危険度が増していると判断した場合に、警戒の表現を変えて危険度の高まりを伝えています。注意報級の現象に対しては「注意してください」、警報級になると「警戒してください」を用い、土砂災害警戒情報が発表されると「厳重に警戒してください」を用いています。こうした運用は受け手側でも理解が必要です。この事例で、奈良地方気象台は極めて異常な大雨となっていることを伝えるため、4日夕方、既に大雨のピークは過ぎていましたが「記録的な大雨」と「最大級の警戒」の表現を用い、過去に経験したことの無いような危険な状況になっていることを伝えていました。

実は、異常さを伝えた情報は2日夕方の情報にありました(図6)。この情報では、これまでの雨量が既に700mm近くに達した所があり、さらに、今後24時間で多い所で800mmを超える予想を示していました。この2つの数字を単純に加えると、総雨量は1500mmとなり、これは極めて異常な大雨であることを示したものだったのです。しかし見出し文を見る限り、前回の発表情報と同じ表現のため、より一層の危機感を伝えているとは読み取れません。4日夕方に用いた「記録的な大雨」と「最大級の警戒」に近い表現があったらどうだったのでしょうか。

冒頭でも触れたとおり、気象庁はこの平成23年台風第12号をきっかけに、警報の基準をはるかに超える現象の発現(数十年に一度しかないような大雨となり身の危険が迫っている、などの状況)に対して「特別警報の運用」という一歩踏み込んだ対応を行うようになりました。特別警報によって、災害発生の危険性を分かりやすく伝えることできるようになった一方、特別警報の発表を待つのではなく、受け手側でも特別警報に込められた「災害の危険が身に迫っている」という状況について、共通の認識を持って、雨量予想や情報に用いる表現から危機感を読み解く必要があることを、ここでは強調したいと思います。

(2016年9月2日 更新)