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都市の水害

第2回  気象の極端化が引き起こす大規模浸水に備える

執筆者

関根 正人
早稲田大学 理工学術院 教授・工学博士
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鬼怒川の堤防決壊から学ぶべき教訓

2015年は鬼怒川流域で甚大な被害が生じ、わが国の治水の歴史におけるひとつのターニングポイントとなりました。鬼怒川は栃木県の日光付近から茨城県に向かって南へと流れ、最終的には利根川に流れ込む一級河川です。9月10日、この鬼怒川の上・中流域に降った記録的な豪雨により河川の水位が上昇し、堤防が決壊しました(写真1)。前日の気象予報では、豪雨をもたらす「線状降水帯」が河川に沿うように居座るとされ、その時点でとてもいやな予感がしていました。実際、その不安が現実のものとなってしまったのです。
河川堤防は基本的に土(砂や粘土など)でできており、多くの場合、川が自ら造った「自然堤防」がその元になっています。しかも堤防は河川に沿うように数十km以上にもわたって延びる構造物であり、各地点の堤防がどのような土質構造になっているかは、実際にボーリング調査が行われた地点の情報から推定するほかはありません。もし長期にわたって河川水位の高い状態が続くと、たとえ堤防を越える流れが生じなくても、堤防内部に生じる浸透流のために壊れることもあります。今回の鬼怒川の事例は、越水によって短時間のうちに約200mにわたって堤防が壊れ、氾濫した水が急激に流れ出すことにより規模の大きな浸水被害になりました。一般に、堤防を計画する際は、安全性はもちろん経済性や自然環境にも配慮し、どの程度の洪水にまで耐えられるようにするかを判断します。ところが、今回のように想定を超える記録的な豪雨によって生じた洪水の場合、その水位は計画時のものを超えるため、安全を確保することが難しくなります。今後は想定する洪水の規模を引き上げ、堤防を強靱化していくことになりますが、氾濫を前に住民自らが避難行動を起こすほどの認識がなければ被害を防ぐことは難しいでしょう。
科学者やエンジニアは、今どのような危険が迫っているかをできるだけ正確に予測しようと日夜研究を続けています。また、堤防に関しては不確定な要因があるため予測が空振りに終わるかもしれないという危惧を抱きながら、住民の被害が軽減されることを願って避難情報を出しています。堤防決壊が生じると、その地点の周辺は激流にさらされることになり、その中を避難しようとするのは危険です。「これまで氾濫はなかった」といった経験に頼りすぎることなく、避難に関わる情報を集めて決壊より前に安全な場所に避難すべきです。その判断の遅れが生死を分けることにもなりかねません。昨年の鬼怒川堤防決壊に伴う浸水被害についてはしっかりとした検証を行い、それを教訓として被害軽減に向けた今後の取り組みに生かしていくことが重要です。

東京が抱える大規模浸水の危険

地球規模で進む気象の極端化によって、今や日本全国どこでも大規模な浸水が発生する可能性があると覚悟しなければなりません。東京都心部は高密度に整備された下水道と都市河川からなる排水システムによって豪雨から守られていますが、だからといって例外とはなりえません。東京で懸念されている最も深刻なリスクのひとつは、東京東部を南北に流れる荒川の堤防が決壊した場合に引き起こされる大規模浸水です。荒川は、その西を流れる隅田川の洪水の危険性を軽減するために造られた人工的な放水路です。もし荒川の水位が上昇して堤防が壊れ、ふたつの大河川により挟まれたエリアに水が流れ込むと、未曾有の大規模浸水が発生し、その被害は計り知れません。
このプロセスを筆者による数値予測計算によって調べてみました。その結果が図1です。ここでは、内閣府中央防災会議の検討に倣って堤防の決壊条件を定めており、氾濫水は左端の図にある黄色の矢印の位置から流れ込むものとしました。図中のそれぞれの線分のうち後述する内部河川を除いたものが実在するすべての道路を表し、赤色の部分では2mを超える深さの流れとなることを意味しています。この氾濫水の多くは直ちに下水道に入り込み、高圧力の流れとなり、地上よりも速やかに南西側の地点まで到達します。このエリア内には左端の図に示されているように旧中川・小名木川・北十間川・横十間川といった内部河川があり、相互につながる閉じた水域を形成しています。図中には、この内部河川内の水面の高さを赤色の濃淡の違いで表しています。たとえば、荒川からの氾濫が始まって60分後の状態を表す中央の図を見ると、そのほとんどが濃い赤色になっていることが分かります。このことから、内部河川内の到るところから水があふれ出す状態になると考えられます。このように、浸水域が拡大するプロセスは、下水道や内部河川内の流れの影響を顕著に受け、極めて複雑なものとなります。地点によっては南側から水が回り込んでくることもあるため、注意が必要です。
私たちは、自らが住んでいる土地のことをさらによく知り、「どのような浸水が起こる恐れがあるのか、その時にはどのような経路をたどってどこに避難するべきか」について、常日頃から考えておかなければなりません。自らの命は自分で守るのが原則であり、何でも国や自治体に頼ることはできないのです。危険が迫っている時には自らの意思で行動を起こし、少しでも安全な場所に避難しようとすることがとても重要です。

(2016年5月31日 更新)