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南海トラフ地震

第2回  南海トラフ地震に備える研究の最先端

執筆者

鷺谷 威
名古屋大学減災連携研究センター教授
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南海トラフ地震の仕組みを解明する~海底で地殻変動を捉える取り組み

南海トラフ地震は、過去の大地震の発生履歴が世界で最もよく分かっているということ、その一方で、過去に発生した地震には毎回違いがあり、未解明の部分も多いことを前回述べました。南海トラフ地震が発生すると、広範囲に及ぶ強い揺れや沿岸部を襲う大きな津波が社会や経済に甚大な影響を与えると懸念されています。政府の地震調査研究推進本部によれば、南海トラフ地震が今後30年間に発生する確率は70%程度とされており、次の地震に向けた備えを進めることが急務です。このため、将来発生する南海トラフ地震の仕組みを解明し、備えるために様々な研究が進められています。今回は、その代表的なものを紹介しましょう。

南海トラフ地震は、沈み込むフィリピン海プレートと陸側のプレートが接するプレート境界面がずれて発生します。プレート境界面が固着したままフィリピン海プレートが沈み込むことでプレートが変形し、地震を起こすエネルギーを蓄積します。そのため、プレート境界がどのように固着しているかを詳しく知ることは、将来の南海トラフ地震を考える上で重要です。従来、プレート境界の固着の様子は、陸上のGPS観測により得られる地殻変動分布に基づいて推定していました。しかし、南海トラフ地震の震源域の大部分は海底下にあります。このため、プレート境界の固着状況をよりよく知るためには、海底で地殻変動の分布を知る必要があるのです。GPSは、人工衛星から出される電波を受信して精密な位置を測定するものですが、海底には電波が届きません。そこで、海上保安庁や大学の研究グループは、GPSで船の位置を決め、船と海底の間で音響測位※1を行うことにより海底の位置を決める手法で観測を行っています。こうした観測による位置決定精度は2〜3cm程度まで向上しており、数年間繰り返し観測を行うことで、プレート運動が検出できるようになりました。海上保安庁が、この手法を用いて求めた南海トラフの地殻変動分布を図1に示します。

※1 音響測位:電波は海中を伝わりませんが、音波は伝わります。船から出された音波の信号を受けると、海底の観測局が信号を返し、船で受信します。こうしたやり取りで船から海底観測局までの距離を求め、1か所につき3〜5台設置された海底局の重心の位置を推定します。

この図を見ると、プレート境界の固着によって北西方向に海底が動いている様子が分かります。しかも、赤い矢印で示す海底の動きは全体的に陸上の黒い矢印よりも大きいようです。また、場所によって動きにばらつきがあり、固着の度合いが場所によって異なる様子も分かります。例えば、四国の南方沖では動きが大きく、向きもそろっていて、プレート境界がしっかり固着していると推測されます。一方、西側の日向灘付近では小さくなっており、あまり固着していないように見えます。これらの動きのパターンは陸上の観測結果とも合致しています。これだけ密に置かれた観測点で海底の地殻変動が得られたのは世界でも初めてで、大変貴重なデータです。注意深く観測を継続することで、次の南海トラフ地震へ向けた地殻変動の変化を捉えることができるものと期待されます。

注目されるプレートの沈み込み境界で見られる「ゆっくり地震」や「深部低周波微動」

最近の研究では、プレートの沈み込み境界で、プレート境界が地震波を出さずに数日から数年かけてゆっくりとずれ動く「ゆっくり地震」という現象や、ややゆっくりとした地震動が明瞭な立ち上がりを持たずに数分から数日継続する「深部低周波微動」という現象が発見されました。これらの現象は、プレート境界の一部では固着が時々ゆっくりとはがれて、大地震を起こさずにひずみを解消する現象と考えられます。こうした現象は、プレート境界は単純に固着している部分と固着していない部分の2つに分けられるものではないことを意味しています。つまり、固着の強さや、固着のはがれ方には多様性があり、その振る舞いは決して単純ではないということです。図2は、そうしたプレート境界の状態を模式的に表しています。2011年3月の東北地方太平洋沖地震では、本震の発生前に震源付近で「ゆっくり地震」が発生し、それが次第に加速して本震発生に至ったと推定されています。こうした現象の解明が進めば、大地震の予測につながるかもしれません。

そうした予測を実現するためには様々な研究が必要です。そのひとつは、複雑な振る舞いをするプレート境界の性質を解明するとともに、性質の異なるプレート境界がどのように分布しているのか明らかにすることです。さらに、「ゆっくり地震」が始まった時に、それを直ちに検出できる観測網を持つ必要があります。国立研究開発法人海洋研究開発機構は、南海トラフ周辺において、海底ケーブルに地震計や圧力計などの観測機器をつないだDONETという観測網を構築しています。紀伊半島南東沖の熊野灘の観測網は既に運用が開始されています。また現在、紀伊半島と四国の間に位置する紀伊水道の南側に観測網を設置するための準備が進められています(図3)。

これらの観測網は、陸上では捉えられない海域の小さい地震を検出することができるため、プレート境界の性質を把握する上で重要な情報を得られることが期待されます。また、水圧の僅かな変化を測ることで、海底の隆起または沈降を検出することができるため、「ゆっくり地震」の検出に役立ちます。大地震が発生した場合には、陸上の観測点よりも前に地震や津波を検知して、緊急地震速報や津波警報を迅速かつ正確に出すことができるため、防災に貢献することが期待されます。さらに、こうした海底の観測網で検出された変化が大地震につながるかどうかを判断できるように、コンピュータ・シミュレーションと観測データを組み合わせて予測を行う手法の開発も進められています。

今回紹介した研究や観測網はまさに世界の最先端と言える内容です。南海トラフは、大地震の震源域の監視や地震発生の予測に向けた研究の最前線なのです。

(2016年1月31日 更新)