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南海トラフ地震

第1回  南海トラフ地震とは何か

執筆者

鷺谷 威
名古屋大学減災連携研究センター教授
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古文書に数多くの記録が残る南海トラフ地震

日本列島は活動的なプレートの境界に位置するため、大地震や火山の噴火が繰り返し発生し、私たちの生活を脅かしています。2011年に発生した東日本大震災の地震・津波被害はまだ記憶に新しいところですが、2011年以前に地震や津波について注目されていたのは、東北沖の日本海溝ではなく西南日本の南海トラフでした。今、東日本大震災以降、南海トラフは次に巨大地震が起きる場所として注目されており、地震や被害の想定の見直しが行われて防災対策が進められています。このコラムでは南海トラフ地震について考えます。

海のプレートと陸のプレートが互いに近づいているプレート境界では、相対的に重い海のプレートが陸のプレートの下にもぐり込みます。このような場所は「沈み込み帯」と呼ばれ、巨大地震の多くは沈み込み帯で発生します。特に海のプレートと陸のプレートが接する境界面では、2つのプレートが互いに固着したまま海のプレートが沈み込むことで、蓄積したひずみを解消するような巨大地震が発生します(図1)。南海トラフは代表的な沈み込み帯の1つで、フィリピン海プレートが西南日本の下へともぐり込んでいます。
日本では過去の地震や津波を記録した古文書が豊富にあります。そうした文献の調査から、南海トラフは、過去の大地震の発生履歴が世界で最もよく分かっている場所です(図2)。古くは日本書紀に記載のある684年の白鳳(天武)地震まで歴史をさかのぼることができます。
古文書に残された地震や津波の記載が、南海トラフ地震のものだとなぜ分かるのでしょうか。南海トラフ地震が起きると、陸側のプレートは南北方向に引き延ばされ、高知平野では地盤が沈みます(図1右、沈降と書かれている部分)。こうした地殻変動の影響で温泉の湧出が止まり、地盤沈下した場所が津波に襲われて広範囲が水没します。日本書紀では、684年の白鳳地震について、「伊豫湯泉沒而不出。土左國田苑五十餘萬頃、沒爲海」(伊予温泉の湧出が止まり、土佐では50万頃※余の田が没して海になった)との記載があります。このように、地震に伴う地殻変動は、南海トラフの発生に関する重要な証拠となります。

※頃(たい)=日本の古代から中世にかけて用いられた面積の単位

東西で異なるひずみの蓄積の速さ

過去の南海トラフ地震は、(1)駿河湾から四国沖に至るプレート境界全域が短い期間のうちに破壊する、(2)大地震と大地震の間には100〜200年の静穏期がある、という特徴を持っています。これらの特徴から、南海トラフは、プレートの沈み込みに伴って、プレート境界に蓄積したひずみの大きさが限界に達すると大地震が起きてひずみを解消し、次の地震へ向けてエネルギー蓄積が始まる、「地震サイクル」と呼ばれる現象が起きる典型的な場所と考えられてきました。

この南海トラフの地震に対する見方は、最近の研究によって少しずつ変わりつつあります。地殻変動を精密に測定することができるGPSを用いて西南日本の地殻変動を求めると、プレートの沈み込み速度が東側で比較的遅く、西に行くほど速くなることが分かりました。この結果は、ひずみの蓄積が西側でより速く、駿河湾から四国沖の範囲がいつも一緒に地震を起こすとは限らないことを示唆しています。これまでは、1944年の昭和東南海地震で破壊が起きなかった駿河湾周辺の大地震発生が懸念されてきましたが、東海地震が起きることなく、次のサイクルの地震に進んでしまう可能性が高まっています。

同じタイプの地震が2つとない南海トラフ地震

記録が比較的多く残っている1707年の宝永地震以降の地震による震度分布や津波高分布を比較すると、地震ごとに大きく違っていることに気付きます。南海トラフ地震は1つ1つ個性があり、全く同じ地震は2つとしてありません。
高知大学の岡村氏らが南海トラフ地震による津波堆積物を調査した結果によると、3回に1回程度、300年から600年の間隔で非常に大きな津波が起きていたと推測され、さらに、今から約2000年前頃には、歴史上の津波のどれよりも大きな津波が起きた可能性のあることが分かりました。こうした研究成果は、自然現象は複雑で、将来起きる地震や津波の想定の難しさを端的に表しています。一方、東京大学の原田氏らは、1605年の慶長地震が南海トラフの地震ではなく、伊豆—小笠原海溝で起きたのではないか、という興味深い説を提唱しています。この地震は、歴史上の南海トラフ地震の中で唯一、強い地震動は起こさずに大きな津波を伴った津波地震と考えられてきましたが、伊豆—小笠原海溝を震源とすれば、震度や津波の分布などさまざまなデータをよりよく説明できるため、南海トラフ地震の発生履歴が大きく書き換えられる可能性があります。

このように、「世界で最もよく分かっている」南海トラフの地震でも、まだまだ多くの疑問や未解決の問題があります。これらの問題を解決し、将来発生する地震の時期や規模の予測精度を向上させる目的でさまざまな研究が行われています。次回はそうした取り組みについて紹介したいと思います。

参考文献
Heki, K. and S. Miyazaki, 2001, Geophysical Research Letters, 28, 2313-2316.
岡村眞・松岡裕美, 2012, 科学, 82, 182-191.

(2015年9月30日 更新)