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日本の火山活動

第11回  御嶽山だけではない火山災害 ~過去に起こった噴火の事例~

執筆者

藤井 敏嗣
東大名誉教授 火山噴火予知連絡会会長
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十勝岳1926年噴火:融雪火山泥流が突然ふもとの集落を襲った

1926年の十勝岳(北海道)山頂で発生した噴火は、火口から離れた美瑛(びえい)や上富良野(かみふらの)の町に大きな災害をもたらしました。5月24日に山頂部で発生した高温の岩屑(がんせつ)なだれ(*1)は、山頂部付近の雪を溶かしたのです。こうして出来た大量の水は岩屑なだれの土砂だけでなく、周囲の地盤や樹木も巻き込みながら、高速の融雪泥流となって美瑛川と富良野川を流れ下りました。わずか25分ほどで20km以上離れた下流の集落を襲ったのです【図1】【写真1】。

逃げる間もなく襲ってきた泥流に美瑛と上富良野の町の住民は流され、144人が犠牲となりました。損壊した建物も372棟に上りました。当時はまだハザードマップも知られていませんでしたし、雨も降らないのに火口から遠く離れた集落を泥流が襲うなどということは思いもよらなかったでしょう。

もっとも、ハザードマップが用意されていても、その意味合いが住民に伝わっていなければ、災害は発生します。1985年に南米コロンビアのネバドデルルイス火山の噴火では、十勝岳噴火と同じような融雪泥流が発生し、 2万5000人が犠牲となりましたが、この災害では事前に立派なハザードマップが用意されていたのです。なぜ、ハザードマップがありながらこのような痛ましい災害が起こったのかは、池谷浩氏の第1回コラム「土砂災害ハザードマップで人命を守ろう」(*2)をご覧下さい。

日本の中部地方以北の火山では冬場は積雪で覆われますから、十勝岳のような融雪泥流の被害は起こり得るのです。同じ火山でも季節によっては全く異なる種類の災害が発生する可能性があることを知っておきましょう。

雲仙普賢岳(長崎県)1990-95年噴火:火砕流に焼かれ、土石流に埋まった

噴火は1990年11月17日の水蒸気噴火から始まりました。12月に入ると一旦沈静化し、道路規制なども解除されましたが、翌年2月12日に噴火が再開しました。次第に噴火の規模も拡大し、火山灰の中にマグマのかけらも確認されて、マグマの関与が明確なマグマ水蒸気噴火となりました。5月の連休中にマグマの上昇による山体の膨張が確認され、 5月20日には山頂に到達したマグマが溶岩ドームとして頭を出しました。溶岩ドームはその後も毎日成長を続け、普賢岳の山頂急斜面にまで達し、5月24日にはその一部が崩れ落ちて火砕流が発生しました。

その後も火砕流は連日発生し、日増しに流下距離を伸ばしていきました。多くのマスコミは、水無川の谷を流走する火砕流とそれから立ち上る噴煙のダイナミックな映像を撮影しようと、定点と呼ばれた北上木場(きたかみこば)町の県道で連日火砕流を待ち構えました。島原市は、この地区を避難勧告区域に設定したので、住民は避難所に退避していましたが、マスコミ各社はタクシーをチャーターして定点に通っていました。ところが、6月3日に当時では最大規模の火砕流が発生し、定点に居たマスコミ関係者やタクシー運転手、消防団員ら43人が犠牲となりました。この出来事によって、「火砕流」という言葉が日本中で認知されることになったのです。

山頂の溶岩ドームの成長、崩壊、火砕流発生のサイクルは1995年まで続き、噴出したマグマ量は2億立方メートルに達しましたが、火山災害としては火砕流被害にとどまりませんでした。火砕流堆積物とその上に降り積もった細粒の火山灰は土石流の絶好の材料となり、まとまった雨が降るたびに土石流が発生して、下流の田畑や住宅地を襲いました【図2】【写真2】。

噴火終結は開始から5年後の1995年でしたが、土石流被害を受けた地域には、その後、砂防えん堤や導流提などが設置され、土砂を盛り上げてかさ上げされた土地の上に農地や住宅地が復興されました。

有珠山2000年噴火(1):道路に火口が次々と開いた!

北海道の有珠山(うすざん)では有感の群発地震を契機に、気象庁が現在の噴火警戒レベル5に相当する緊急火山情報を2000年3月29日に発表し、それを受けて周辺自治体が避難勧告、避難指示を行い、1万6000人の住民が事前に避難していたため、3月31日に始まった噴火によるけが人や犠牲者は1人も出ませんでした。そのため、火山噴火の予知は実用化に達したという評価がマスコミなどを通じて社会に宣伝されました。

確かに、噴火の予知に成功したことは事実ですが、長年研究されてきた地下のマグマの動きをとらえて噴火を予知するという意味での成功ではありません。それまで知られていた7回の有珠山噴火では、いずれも群発地震の発生後数十時間から1週間程度で噴火が発生することが知られていたため、有感地震を伴う群発地震発生で緊急火山情報が発信されたのです。

火山噴火予知の成功が強調されるために、あまり知られていませんが、住民の一部はハザードマップにしたがって避難所に避難したものの、避難所のごく近くで噴火が発生したために、急いで安全な地域に再避難し、かろうじて被災を免れるという混乱もありました。判断を間違えれば、多くの住民が降りしきる噴石の中を避難せざるを得なくなる危険性と紙一重だったのです。

噴火そのものは、当初予想されたような山頂での爆発的噴火に移行することなく、山麓(さんろく)での噴火が続きました。このため、山麓での地殻変動が著しく、鉄道の線路が変形したり、国道や町道に火口が出来て、いくつもの家屋が破壊されるなどの被害も発生しました。居住地の近くに新たに出来た火口から放出された大きな噴石によって、屋根に穴が開けられる建物も続出しました【写真3・4】。降り積もった火山灰からは降雨に伴って土石流が発生し、下流の家屋が破壊されるなどの被害も生じましたが、住民は全員避難していたので無事でした。

有珠山2000年噴火(2):犠牲者ゼロの理由

あらかじめ用意されていたハザードマップで想定されたものと、実際に起こった噴火が異なっていたにもかかわらず、1人の犠牲者もなく住民の避難が行われたのはどうしてでしょうか。通常、津波警報などで避難勧告や避難指示が出されても大半の住民が避難しないことが指摘されますが、有珠山周辺の自治体では完璧な避難が行われたのです。

その理由の一つに、激しい地震が断続的に生じ、住民が本当に不安に駆られていたことがありますが、もう一つ重要なことがあります。1977年の噴火直後から、北海道大学の有珠火山観測所が中心になって、周辺自治体の住民を対象に火山防災教育を熱心に行いました。この教育を受けた世代が自治体の職員に成長していたのです。住民と自治体職員が火山についての知識を身に着けていて、噴火の怖さを理解していたことが完璧な事前避難につながり、犠牲者がゼロとなったのです。


〈参考〉
(*1)岩屑なだれ:第3回コラム「火山噴火と災害」/藤井敏嗣

(*2)第1回「土砂災害ハザードマップで人命を守ろう」/池谷 浩

(2015年3月31日 更新)