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PM2.5、黄砂、酸性雨

第6回  大気汚染と酸性雨はどう関係するの?

執筆者

小島 知子
熊本大学自然科学研究科 准教授
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酸性雨問題の始まりは?

19世紀の半ば、英国の工業地帯で「雨が酸性を示す」という現象が起こっていることが報告されました。この報告を行った化学者ロバート・アンガス・スミスが、1872年の著作の中で「acid rain」(*1)を使ったのが、「酸性雨」という言葉の始まりとされています。ヨーロッパで急速に近代化が進み、スモッグ(この言葉はまだ存在しませんでしたが)をはじめとする大気汚染の問題が起こりつつあったころでした。ただし、当時の「酸性雨」はまだ、ある種の工場や鉱山の周辺など、特定地域の環境問題でしかなかったのです。日本を含めた多くの国で降水が分析され、「酸性雨」の発生メカニズムと影響に関して研究が進みましたが、それは、限られた範囲で起こる問題を解決するためのものでした。

「酸性雨」が次に大きな注目を集めたのは、この言葉の誕生から1世紀近くたった1960年代です。スウェーデンを中心に設置された観測ネットワークで得られたデータは、工業化が進んだ英国やドイツから排出される汚染物質が原因となって、スカンジナビアの降雨や湖沼の水が酸性化していることを示唆していました。これを受け、1970年代に西ヨーロッパ全域で、さらに米国やカナダでも、観測ネットワークが整備され、コンピューターシミュレーションも用いた調査研究が実施されました。その結果、酸性雨問題は決して地域的なものではなく、国境を越えて広域に影響することが裏付けられたのです【図1】。グローバルな環境問題としての「酸性雨」の幕開けでした。

舞台は欧米からアジアへ

酸性雨問題の解決には、国際協力が不可欠です。欧米諸国では、1980年代から90年代初めにかけて、「酸性雨」をもたらす硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)の排出量を取り決めた協約が国家間で交わされ、その実現に向けた取り組みが始まりました。これで、ヨーロッパ諸国間、カナダと米国間の国際論争も一段落となったのです。酸性雨問題そのものが解決したわけではありませんが、その後の調査研究において、改善されつつある様子がうかがえます。

越境する「酸性雨」の問題が提起された1960~70年代、日本は、自国の経済成長がもたらす大気汚染に悩まされていました。1970年代前半には、関東地方で強い酸性の雨が降り、目やのどの痛みを訴える人が出たり、農作物に斑点ができたりという事例も起こっています。しかし、経済成長が緩やかになり、大気汚染防止法への対応も進んだ1980年代以降には、日本国内の大気汚染の問題はほとんど聞かれなくなりました。

一方で、それまで開発途上国とみなされていたアジアの国々、特に広大な国土とばく大な人口を擁する中国が、経済発展の時代を迎えました。エネルギー源として石炭の占める割合が高い中国は、多くの硫黄酸化物(SOx)を排出します。窒素酸化物(NOx)を発生する自動車数の増加は、中国に限ったことではありません。「酸性雨」の舞台は、アジアに移ったのです。欧米の前例にならい、日本が中心となって東アジア地域をカバーする観測ネットワーク(東アジア酸性雨モニタリングネットワーク:EANET)が組織されました。1998年の試行稼働開始以来、参加国を増やしながら、現在13か国の各観測地点でデータを記録しています。日本国内では、年度によって上下しますが、日本海側で降水のpHが低い傾向があります【図2】。

粒子状物質(PM)との関連

「酸性雨」という言葉について、少し補足しておきます。過去のコラムで雨水が酸性となるメカニズムを説明しましたが、これは文字通りの「酸性雨」です。しかし、「酸性雨」は雨となって降ってくるものだけではありません。まず、霧粒や雪が酸性となる「酸性霧」「酸性雪」があります。これらのように、大気中の水分が雨や霧、雪の形で関与するものは「湿性沈着」と呼びます。これに対し、酸性のガスあるいは粒子状物質(PM)が、植物や建造物、湖沼・河川水などの対象物に直接吸着・付着して酸性化するのが「乾性沈着」です【図3】。文献などで「酸性雨」とある場合、一般に「湿性沈着」「乾性沈着」全体を含みますのでご注意ください。

「PM2.5・黄砂」のコラムを以前からお読みいただいている方は、PM2.5とスモッグ、「酸性雨」の間には共通点が多いことにお気付きでしょう。いずれも、化石燃料の燃焼に由来する硫黄酸化物(SOx)と窒素酸化物(NOx)を主要な原因物質としますので、これらが大気中に多く排出されたときにはPM2.5が増え、スモッグの状態になり、「酸性雨」となる条件が整うわけです。さらに、光化学スモッグの場合にはオキシダントの濃度も上がり、人の目やのどを刺激したり、植物を枯らしたりという被害ももたらします。PM2.5も「酸性雨」も光化学オキシダントも、お互い密接に関連し合う一つの問題なのです。ただし、PMの一つである黄砂は、「酸性雨」に対して異なる動きを示します。黄砂発生の仕組みは硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)とは無縁ですし、黄砂中の成分が酸を中和する働きを持つ(*2)ため、黄砂が飛来しているときには「酸性雨」はむしろ緩和されます。

酸性雨にどう対応するか?

ここ数年の日本国内の降水は、pH が4.5前後から5.0の間で推移している所が多くなっています【図2】。汚染のない雨水のpHが5.6ですから、「酸性雨」が続いている状況だといえます。PM2.5についていわれているように、大陸からの移流が影響しているかもしれません。しかし、国内にも多数の活火山、自動車や工場などといった硫黄酸化物(SOx)・窒素酸化物(NOx)の発生源が存在します。政治的な交渉には、科学的なデータに基づく国家間の共通認識が必要です。EANETや各自治体が記録している「酸性雨」や大気質のデータは、「何が原因でどれだけ酸性化しているのか」のよりよい理解を目指す役割を担っています。

「酸性雨が続いている」といっても、その酸性度は、雨にぬれた人間の身体に被害を及ぼすほど強いものではありません(*3)。ただし、雨の酸性度が高いときはPM2.5やオキシダントの濃度も上昇していることがしばしばあります。PM2.5の成分は雨の中にも溶け込んでいますが、雨が身体や洗濯物、農作物にかかってしまったとしても、洗えば大丈夫です。汚れた雨にぬれることがないように、大気質が低下し、天気もよくないときの外出には雨具の携行をお勧めします。飲料水への影響を心配する人もいますが、各家庭に供給される水道水は、水質基準に適合するよう管理されています。上水道を使用する限りは心配ないでしょう。

人間が自然に反して快適な生活を送ろうとすれば、エネルギーが消費されます。そのエネルギー源を化石燃料に求めるなら、副産物として硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)が環境中に加わります。地球温暖化の原因といわれる二酸化炭素(CO2)も同様です。「誰のせいか」と言い争う前に、自分が率先して、エネルギーの無駄遣いを少しでも減らすようにしたいものです。


(*1)これを直訳すれば「酸の雨」ですが、日本では「酸性雨」という言葉を用いています。

(*2)第3回 「黄砂の仕組みとその正体 地球環境への影響は?」/小島知子の中でも説明しています。

(*3)現在の日本の「酸性雨」は、かなり酸性が強い場合でもpHが3.5以下になることは滅多になく、私たちが何気なく摂取する飲食物に比べて酸性度が低いものです。
第4回 「どういう仕組みで酸性雨になるの?」小島知子 図1参照
Q&A「PM2.5・黄砂」 参照

参考文献:「酸性雨から越境大気汚染へ」藤田慎一 著/成山堂書店
参考ホームページ:環境省「酸性雨対策」
http://www.env.go.jp/air/acidrain/acidrain.html ※NHKサイトを離れます

(2014年12月26日 更新)