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津波と防災

第3回  減災をベースとした防災 ~津波に備える~

執筆者

佐藤 慎司
東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻教授
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海岸構造物の「粘り強さ」

設計条件をはるかに超える津波によって、多くの海岸堤防が破壊された2011年東北津波の調査事例などから、ハード対策の効能と限界が定量的に解明されつつあります。第2回で説明したように、津波対策としての海岸堤防は、レベル1津波がその高さを越えないように設計します(*1)。したがって現状の堤防設計では、堤防を津波が大きく越える条件での安全性までは十分に検討されていません。

一方で、津波が堤防を越えた場合でも、堤防が全壊まで至らずに、部分的に壊れながらも持ちこたえた場合には、その堤防には津波の越流量を低減させ、被害を小さくする機能があることも分かってきています。これらの事例分析をもとに、二段階の津波規模設定の考え方に加えて、堤防や海岸構造物の「粘り強さ」の概念が導入されることになりました。

つまり堤防などの防護構造物は、レベル1津波を対象として、その高さまでの津波に対して浸水を阻止する目的で設計されます。さらに、レベル1津波を越える規模の津波に対しても、全壊するまでの時間を少しでも遅らせるなど、粘り強く機能を発揮できれば、津波被害を低減するのに役立つと考えられるのです。「粘り強さ」の概念を含めて表した、津波対策の概念図が【図1】です。赤く塗りつぶした部分が粘り強い構造物によって被害が軽減される部分です。

粘り強い海岸堤防の具体例

越流する(堤防を越える)津波に対して、粘り強く機能を発揮する海岸堤防を開発するためには、粘り強い堤防の具体的な構造や、粘り強い海岸堤防の津波被害軽減機能などを定量的に明らかにする必要があります。しかし、海岸堤防の構造は、堤防を越えない波を対象として設計されてきたものであり、堤防を大きく越える津波に対する堤防の機能は、これまでの設計では具体的な検討対象とされていなかったため、研究例がほとんどありません。

2011年東北津波で破壊された堤防の詳細な調査などから、堤防を越える津波による被害は、堤防の陸側に集中することが明らかになったため、陸側斜面の補強や地盤改良が効果的であることが分かってきました。また、海側斜面の勾配が緩い堤防ほど、越流する津波に対して壊れにくい性質があることも分かってきました。さらに、構造の工夫となるヒントもいくつか報告されています。例えば、福島県楢葉 (ならは)の倒壊を免れた海岸堤防の現地調査では、堤体内の土砂がほとんど流出しているにもかかわらず、隔壁の存在により自立する構造となっており、粘り強い堤防構造の一例を示唆していると考えられます【写真1】。

また、堤防陸側の背後にしっかりした樹林帯があると、津波の流れが弱められることにより、堤防と保安林を一体化させた、いわゆる「緑の防潮堤」になります。これにも「粘り強さ」が備わっていると期待されています。粘り強い堤防の具体的な構造については、ヒントとなる諸事例を現地調査から抽出するとともに、模型実験や数値解析による分析などを組み合わせて、具体的な検討を進めることが急務と思われます。さらには粘り強くなった堤防が、越流する津波による被害をどの程度低減できるかについても、減災設計に使うことができる、定量的で実務的な評価法を確立する必要があります。

海岸の保全と災害対策の関係

海岸を襲う波浪・高潮・津波の規模を推定するためには、数十kmスケール以上の空間スケールで波の発達や変形を検討することが必要になります。そのため、海岸の管理は、海岸法のもとで都道府県知事が国と連携しながら推進することとされています。例えば、ハード対策の一つである海岸堤防は、海岸管理者である都道府県知事がその高さや構造を決定します。その際には、潮汐・高潮・高波による水位の変動とレベル1津波による水位の変動の両者を検討し、陸域への海水の浸入が防げるように、堤防の高さが決定されます。

これに対し、地震や火災を含めた防災対策は、集落や市町村ごとに固有の自然・社会的条件のもとで検討することが実効的なため、法制度である災害対策基本法は、海岸管理の枠組みよりは小さな市町村レベルを対象としています(*1)【図2】。津波災害に関しては、市町村長が策定する地域防災計画の一部として、堤防では防ぎきれない規模の津波に襲われた際の避難計画が策定されます。堤防で守られた陸側の地域を「堤内地」と呼びます。レベル1津波までは堤防で浸水を防げますが、これを超える規模の津波では、「堤内地」に浸水し、家屋などに被害が生じるため、被害を完全に防ぐことはできません。

一方、津波に関しては、地震の発生から到達までに時間的な余裕がある場合が多いため、迅速な避難をすれば人命の損失は防ぐことができます。これらのことから、防災や防護が目標となるハード対策とは異なり、ソフト対策では、人命の損失を防ぎ資産への被害を軽減する、いわゆる減災が目標となります。円滑な避難をベースとする減災を実現するためには、住民それぞれの防災意識やコミュニティーとしての相互扶助が重要となります。「公助」として認識される海岸堤防の役割と限界を認識したうえで、「共助」や「自助」の概念を地域の財産として継承していく仕組みが重要となります。

堤防への過信を生まない防災

二段階の津波レベルを設定し、粘り強い構造物を開発することにより、津波に対する防災・減災対策が進められることになります。しかし、減災を実現するためには、住民の迅速な行動を支援する仕組みが重要であり、そのためには、堤防の機能と限界を地域住民に正しく浸透させ、これを地域の共有財産として、数百年以上の長期にわたって継承することが重要になります。

例えば津波対策としての海岸堤防は、地域の安全度を高め、安心な社会を実現するために必要で、浸水リスクを低減して一定レベルの安全度を効率的に実現するものです。しかし、堤防の設計対象であるレベル1津波を超える規模の津波に対して、被害の低減を保証する万能の構造物ではありません。また、発災の現場では、これから襲ってくる津波がレベル1津波以下なのか、それを超える規模なのかを判断する情報は十分ではなく、不確実な情報のもとでも迅速に行動することが重要となります。

できれば避難しないで済ませたいとする心理や、大きな津波に襲われることを考えたくないと思う心理(正常性バイアス)などが作用することも考慮したうえで、住民の迅速な行動を促すことが最優先となります。施設整備を計画する際には、「防災レベルを超えたら減災」という考え方が自然ですが、これが施設への過信を生まないように注意することも重要な観点となります。

そのためには、防災を考える前にまず減災をベースとして迅速な避難体制を構築し、これを、専門家・技術者・住民が共有することが重要です。そのうえで、レベル1津波以下の津波に対しては、結果として防災が実現されることを、防災の現場で自然に受け入れられる防災概念として整理しておく必要があります。堤防機能の誤った理解が堤防への過信を生み、その後の不信につながることのないよう、防災の先にあるものとして減災をとらえるのではなく、減災をベースとした枠組みの上に防災概念を再構築することが重要です【図3】。

(*1)第2回「防災と減災の違い ~津波に備える~」/佐藤慎司

(2014年10月31日 更新)