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地盤と災害の関係

第2回  風景は地盤なり ~災害に強い土地の見分け方~

執筆者

若松 加寿江
関東学院大学理工学部 教授 博士(工学)
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三保の松原と鳥取砂丘 ―生い立ちが異なる二つの砂地盤―

私たちが何気なく見ている風景からも地盤条件を推測することができます。日本の外洋に面した海岸地帯には、砂丘が連なっています。観光地として有名な鳥取砂丘は、見ての通り砂山です【写真1a】。鳥取砂丘以外にも砂丘は各地に存在しますが、大部分は防風林で覆われています。

砂丘は海からの強い風によって海岸の砂が舞い上げられて、小高い場所に吹きだまりのように堆積し、少しずつ高さを増していった地形です。飛ばされた砂がタンポポの綿毛のように軟着陸して堆積するために、極めて緩い状態(砂の場合は「軟弱」ではなく「緩い」と表現します)で堆積します。また、砂の粒径がそろっているのが特徴です。粘土やシルト(*1)のように、ネバネバの土や粒径が大きく重い礫(れき)は風に吹き飛ばされないためです。

一方、世界文化遺産への登録で注目を浴びた静岡県の三保の松原は、「砂嘴(さし)」「砂州」と呼ばれる強い沿岸流が造った地形である三保半島にある松林です【写真1b】。厳密には半島状の地形を「砂嘴」といい、これが延びて、反対側の陸地の先に達してつながってしまったものが「砂州」です。沿岸流が海岸の岩場を削ったり、河川から海へ掃き出された土砂を運んで形作った地形で、一般に沿岸流が強いと砂だけでなく大きな礫も含まれています。

砂や礫が堆積するそばから、沿岸流や打ち寄せる波が地表面を締め固めていくため、比較的締まった砂地盤が形成されます。このように、観光地や日常の風景にも「地盤の生い立ち」が潜んでおり、それを反映した地盤条件が形成されています。砂と関係が深い液状化現象のリスクは、砂丘の地下水位が浅い場所では、「危険性が極めて高い」、「砂州」では「比較的低い」と予想されます。

黒い砂浜の謎

日本人が好む白砂青松(はくしゃせいしょう)。しかし日本の海岸には白浜は少なく、ねずみ色の砂浜ばかりです。これは海岸の砂に砂鉄が多く含まれているためです。前の段落で述べたように、滅多に液状化が起こらないはずの「砂州」の海岸地帯で、ひどい液状化被害がありました。1987年千葉県東方沖を震源とする地震の際の、房総半島九十九里海岸での出来事です。

調べていくうちに、一帯では1970年代まで、大規模な砂鉄の採掘が盛んだったことが判明しました。ある期間、休耕田や空き地を砂鉄の採掘企業が借り上げて、ビルの地下室を作るときのような大きな穴を掘り、掘り上げた砂の中から砂鉄だけを取り出して、残りの砂は掘った穴に埋め戻します。海岸近くは元々地下水位が浅いので、穴を掘ると池のようになってしまいます。そこに「砂を戻す」ということは、海辺の埋め立て地と原理的には同じです。

九十九里海岸では、2011年の東日本大震災でも大規模な液状化が発生し、多くの住宅が被災しました。砂鉄の採掘は日本各地で大昔から行われてきました【図1】。液状化は砂鉄の名産地がもたらした地盤災害といえます。残念ながら砂鉄を採掘した場所の記録はほとんど残されておらず、地元情報に頼らざるを得ません。海辺の砂が黒ずんでいたら要注意です。

釧路湿原と珊瑚礁

日本列島は、狭いといっても北と南の端では地盤条件が随分違います。釧路湿原は北海道の自然を象徴する風景の一つです【写真2a】。一方、珊瑚礁(さんごしょう)は南国の沖縄県を代表する海の風景です【写真2b】。この二つの風景が、日本の北と南の代表的な地盤条件を形成してきました。

釧路湿原はどうして湿地になったのでしょうか? 釧路湿原も前回述べた「縄文海進」があった地域です。海退後に川から流れ出てきた土砂などがたまり、平らな低地が出来ました。この低地があまりに平らだったために、川は低地の中をあちこちさまよいながら太平洋に流れ出ていきました。川は地表面の傾斜が大きいほど、低い方に向かってまっすぐ流れます。平らだと、どちらに流れていったらよいか分からず蛇行するのです。この「蛇行」によって起こるのが洪水です。繰り返される洪水によって、一帯は水はけが悪い土地、すなわち湿地が形成されます。これが釧路湿原の生い立ちです。

湿地が景色を楽しむためだけのものならよいのですが、その上に土が自然に積もったり、人為的に盛り土が施されて人が住むようになると大問題です。かつて湿地だった所には、腐植土とか泥炭・ピートと呼ばれる土が堆積しています。葦(アシ)などの水生植物の有機物が混ざった土で、大量の水を含んでいることが特徴です。軟弱な沖積層の6~10倍の水分量が含まれており、6~10倍沈下しやすいと考えてよいでしょう。ゼリーのような地盤ですから、地震のときに揺れやすいだけでなく、そこに盛り土をしたり、家を建てると、その重みでどんどん沈下していきます。腐植土や泥炭は、微生物による有機物の分解速度が遅い寒い地方ほど多く見られます。

腐植土は広大な湿地帯だけでなく、台地の間に入り込んだ、水はけの悪い谷にも堆積しています。例えば、東京の赤坂溜池交差点付近もその一例です。一方、南の海の珊瑚礁、これが地殻変動などによって長い間に隆起すると、珊瑚礁の主成分である石灰分が固まり石灰岩の台地が出来ます。沖縄本島の南部は隆起珊瑚礁の台地です。宮古列島などは、まるごと隆起珊瑚礁で出来ています。そう考えただけでも、ぜいたくな気分になりますね。

ニッポンの原風景 ―田んぼ―

私たち日本人は稲作民族で、農村の風景が各地に見られます【写真3】。青々と育つ稲や金色に輝く稲穂の向こうに、小高い鎮守の森や屋敷林に囲まれた農家があり、その周囲には野菜畑が広がる、こんな「日本の原風景」にも地盤の生い立ちがあります。実は、このような風景は洪水の繰り返しによって形成されたのです。川が氾濫すると、川の水だけでなく川が運んできた土砂が押し出されます。土砂のうち、砂などの重い土粒子は川に近い場所に早く沈殿します。粘土のような小さくて軽い土粒子は、洪水と共に川から離れた遠くまで運ばれます。

洪水が繰り返されると、川沿いには周囲よりわずかに高い「自然堤防」と呼ばれる砂地の地形が出来ます。洪水の度に自然堤防が高さを増していくと、その背後には、水はけが悪い粘土質の土地が出来ます。これは「後背湿地(こうはいしっち)」と呼ばれています。昔は、自然堤防の中でも一番高い土地に、村を守る神社を建立し、次に高い場所に集落が出来ました。自然堤防の低い部分は野菜畑として利用してきました。水はけの悪い粘土地盤の「後背湿地」は、稲作に最適でした。このように地形や地盤の特徴に即した土地利用形態が「日本の原風景」です。

地盤災害から見ると、自然堤防は砂地盤のため「液状化現象が起こりやすく」、「後背湿地」は粘土地盤のために「起こりにくい」とみなされます。しかし、最近では「後背湿地」に盛り土をして宅地や工場が建ち並ぶようになりました。盛り土は、一般的には砂が使われます。水はけの悪い「後背湿地」の上の砂盛り土は、液状化しやすい地盤を生み出すことにほかなりません。

(*1)土は土の粒子の直径(粒径)の大きさによって、細かい方から粘土(直径0.005mm以下)、シルト(0.005~0.075mm)、砂(0.075~2mm)、礫(れき)(2~75mm)に分類される。

(2014年10月31日 更新)