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PM2.5、黄砂、酸性雨

第5回  酸性雨はどんな影響を与えるの?

執筆者

小島 知子
熊本大学自然科学研究科 准教授
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生き物へのダメージ

「酸性雨」の影響が最も顕著に表れるのは森林です。「酸性雨」が環境問題として大きく取り上げられるようになったのも、ヨーロッパの森林に枯死が目立ち始めたことに端を発しています。地面に根を張った植物は、「酸性雨」が降ってきても、それを避けて移動することができません。酸性が特に強い場合は、雨に当たった葉の部分が枯れてしまうこともあります。そのような直接的な被害だけでなく、森林の土壌が「酸性雨」によって変質し、そのために木々が枯れてしまうという間接的な影響も深刻な問題です。土壌の変化がなぜ、どのようにして樹木に影響を及ぼすのかについては、後で詳しく述べることにしましょう。

陸上で生活する私たちは気付きにくいのですが、河川や湖沼の生態系にも「酸性雨」の影響が現れます。周囲を水に囲まれて生活する水辺の生物は、水のpH(*1)の変化に敏感です。プランクトンや小さな昆虫、エビの仲間や貝類の中には、酸性化した水中から姿を消してしまうものもあります。そうすると、これらを餌としている魚なども、その場所には住みにくくなってしまいます。また、ヒメマスなどは、水がわずかに酸性に傾いただけで産卵行動をやめてしまうことが知られています。次世代が生まれなくなれば、その種はその場所から消えることになるでしょう。

建造物にも被害が及ぶ

前回のコラムで、「酸性の水は水素イオン(H)の濃度が高い」と説明しました(*1)。この水素イオン(H)が、水と固体との間で起こる化学反応を促進し、生命のない無機物にも影響を及ぼします。理科の授業で、塩酸の中に亜鉛やアルミニウムの金属片を入れて溶かす実験をした覚えのある人もいるでしょう。

これは、酸の中の水素イオン(H)が金属の原子から電子を奪い取り、陽イオン(この実験の場合には亜鉛イオン(Zn2+)やアルミニウムイオン(Al 3+)に変える働きを持つためです。出来た金属の陽イオンは、多くの場合水に溶け出します。「酸性雨」にさらされた銅像や鉄筋などでも、ゆっくりとではありますが、同じような反応が起こります。その結果、表面が腐蝕したり、さびやすく(酸化しやすく)なったりします。

「酸性雨」は、岩石の浸食やコンクリートの劣化も促進します。これらを構成する鉱物類は、カルシウムイオン(Ca2+)やアルミニウムイオン(Al3+)など金属の陽イオンが、酸化物イオン(O2-)などの陰イオンと結合して出来ています。「酸性雨」に含まれる水素イオン(H)は、その金属イオンと陰イオンの結合を切り、金属イオンの代わりに陰イオンと結び付こうとします。

その結果、はじき出された金属イオンは水に溶けて運び出され、固い岩石も次第にもろくなって風化が進むのです。風化の早さは岩石(鉱物)の種類によって異なりますが、炭酸カルシウム(CaCO3)を主成分とする石灰岩や大理石は、酸性の水に特に溶解しやすいことで知られています。欧米では石碑や彫像に大理石が使われていることが多く、それらの劣化が大きな問題となっています。

地中での反応

地上に降り注いだ雨の大部分は、土壌に染み込んでいきます。土壌も、岩石と同じく主に鉱物で出来ていますが、水分のほか、落ち葉などに由来する有機物や、それらを分解する微生物類(バクテリアやかび類)も含んでいます。微生物によって作り出された物質は少しずつ水に溶け、そこに根づいた植物に吸い上げられて、その栄養分として成長に使われるのです。

ここに酸性の水が染み込んでくると、先に述べた鉱物の反応が起こり、金属の陽イオンが溶け出してきます。そこには、植物に有害なアルミニウムイオン(Al3+)なども含まれます。植物の栄養となる成分もまた、酸性の水には溶け出しやすいものです。「酸性雨」が降り続くと、土壌中に保たれていた栄養分は、植物の根が届かないところに洗い出されてしまいます。さらに、土壌中に住む微生物類の種類も変化し、酸性に強いものばかりが繁殖するようになります。こうした複数の要因が重なり合って樹木を次第に弱らせ、枯らしてしまうのです。

土壌の下には固い岩盤がありますが、酸性の水はその浸食も促し、地盤を弱くします。岩盤が石灰岩である場合は、岩盤が溶けて空洞ができ、上の重みで陥没が起きることもあります。土壌に染み込んだ雨水は最終的に地下水となりますが、その時にはほぼ中性か、弱アルカリ性になっています。これは、土壌や岩石中での反応過程で水素イオン(H)がほかの陽イオンに置き換わり、水から取り除かれていくためです。

目に見えないところで進む被害

岩石や土壌の中の鉱物、そして金属に「酸性雨」が及ぼす影響は、すべて、水素イオン(H)濃度の高さがもたらすものです。中性の水でも風化や腐蝕は起こりますが、酸性が強いほど、つまり水素イオン(H)が多いほど、反応は早く進みます。ただし、雨のpHが同じであれば、どこでも同じ被害を受けるというわけではありません。被害の程度は、各地域の生態系を構成する動植物の種類、土壌や岩盤に含まれる鉱物の種類、建造物の材質などによって異なります。

人間が直接被害を受けるような強い酸性の雨が降ることは、非常にまれです。「酸性雨」が降ったからといって「濡れてはいけない」と慌てる必要はありません。しかし、継続的に弱い酸性の雨が降ることによって、私たちの目に触れることのない地中や水中で、気付かないほどゆっくりと変化が進行していきます。

いつの間にか森の木々の多くが枯れていた、昔はたくさんいた水辺の生き物がいなくなった、強固だと思っていた地盤が緩んでいた、というようなことが起こるかもしれません。急激で直接的な被害はなくとも、「酸性雨」の影響は時間をおいて現れることを認識し、その進行を少しでも遅らせるように、抑制する努力が必要です。

(*1)pHについては、前回のコラムで説明しています
第4回 「どういう仕組みで酸性雨になるの?」/小島知子

(2014年10月31日 更新)